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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第五章:共に在る戦場と日常

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053話『英雄の誕生、有給の更新』

家のPC前に座り、いつものログイン音を聞く。

今日の“出社”はこれで完了だ。


オンライン会議に入ると、画面の向こう側には、ちらほらスーツ姿の顔も混じっていた。


「あれ?今日、出社してるんですか?」


「はい、規制もだいぶ緩んできたので。出勤再開してるメンバーが数名います」


サブマネージャーが、いつもの落ち着いた声で答える。


(そろそろ、会社も“通常運転”に戻りつつあるってことか)


特に「出社しろ」という指示は出ていない。

それでも、じわじわと“元の形”に寄っていく空気が、画面越しにも伝わってくる。


「……じゃあ、明日は様子見がてら、僕も行ってみるかな」


気分転換も兼ねて、現場の空気を一度、肌で感じておきたいところだ。


ふと、画面右上の時計に目がいく。

表示されている日付は──4月3日。


(あー……そうか。今日から新年度か……)


念のため、有給残を確認。

クリックすると堂々の “40日”。


「……引き続き、午後は休みにするか」


こればかりは、法律がくれた正当な権利である。

誰に文句を言われる筋合いもない──と、自分に言い聞かせる。


午後は、案件整理とゲート関連のタスク洗い出しから始まった。


ソファではコユキがタブレットを覗き込み、ディアはミニチュア姿でテレビで動画を見ている。


「小型ゲート、あと二つ。早めに片付けて……新大阪と94階での特訓に集中したい」


僕が独り言のように言うと、コユキが画面から目を離して頷いた。


「うん、その予定でいいと思うよ」


ベトナム遠征もひと区切りついて、頭の中のタスクボードを一度リセットしやすくなった。


電車で45分。

向かったのは、割り振られている担当ゲートのうちの1つ。


ゲートに入り、今回は4階から再開。


「……ん?」


最初の数戦で、すぐに違和感に気づいた。


「なんか、前よりも手応えが軽いな」


横で構えたコユキが、頷く。


「秀人、身体の反応が前と全然違うよ」


言われるまでもなかった。

レベル50に届いたことで、筋力も感覚も底上げされているのが分かる。

加えて──昨日の自在操作フレックス・マニピュレートが、細かな動きの精度を自然に引き上げている気もする。


階層を進むほど、身体が“勝手に最適化していく”ような感覚があった。


淡々と進んでいるうちに、気づけば11階。


取得したスキルは三つ。


【スキル取得】

跳躍強化(ジャンプブースト)

足腰の筋力が強化され、跳躍距離・空中制御力が大幅アップ。


視界連結(リンクサイト)

一定距離内の仲間の視界を“共有”できる。探索や監視に最適。


印象遮断(ミス・リメンバー)

相手の記憶から“自分という存在の印象”を曖昧にする認識妨害スキル。偵察・接触回避などに有用。


「……ふふん、今回は当たりだな」


思わずにやける。


視界連結(リンクサイト)はコユキやディアとの連携強化に使えるし、印象遮断(ミス・リメンバー)は“顔バレ防止フィルター”として優秀だ。跳躍強化(ジャンプブースト)も、立体機動の幅が一気に広がるし……うん、全部便利」


収穫に満足しながらゲートを出ると、ポケットの中のスマホが震えた。

通知は三件。

そのうち一つに見慣れた名前がある。


【九条:明日、可能なら政府施設に来てほしい】


「……これは、ベトナムの続きだな」


あの対談の結果報告か、今後の方針か。

どちらにしても、無視できる相手じゃない。


【承知しました。明日、業務終了後に伺います。14時頃には到着できるかと】


送信ボタンを押したところで、今日の“ノルマ”はひとまず完了だ。


シャワーを浴び、部屋着に着替えてソファに腰を沈めた。

小型ゲートの踏破は思った以上に集中力を要したが、悪くない疲れだった。


コユキと適当に晩飯をつつき、今は食後のニュースタイム。


テレビ画面には、見慣れたキャスターの顔。

ただ、その背後に映し出されているテロップは、見慣れないものだった。


《政府、ゲート対処特務班を正式発足──新たな戦力編成へ》


「……お?」


リモコンを握り直し、思わず姿勢を正す。


見出しの大きさからして、政府の本気度が伝わってくる。


「責任者は国家戦略局出身の女性官僚、50代後半。行政畑ど真ん中のキャリア組、か」


「現場の実戦指揮官は、元自衛隊の帰還者。格闘系か、防御寄りタンクか……“いかにも”って感じだね」


丸くなっていたコユキが、解説を挟んでくる。


(まあ、“見た目の説得力”って大事だよな……)


そんなことをぼんやり考えていた、その時だ。


画面右側に、別の人物が映し出された。


──制服姿の女性。

──柔らかな表情。

──けれど瞳だけは、どこかまっすぐで。


「……え」


一瞬で、思考が固まる。


「…………って、ええええええええっ!?」


条件反射で声が裏返った。

同時に、口に含んでいた麦茶が見事な放物線を描く。


「わっ、水飛んできた!」


テーブルの近くにいたコユキがひらりと避け、ミニチュアサイズのディアが無言でティッシュを差し出してくれた。


「……ありがとうございます……」


機械的に礼を言いながら、僕は改めて画面を見る。


そこには──


《一ノ瀬透花》


テロップには、しっかりそう表示されていた。


『“特務班のエース”として、最前線に立つ──』


アナウンサーの紹介が続いていく。


(……いやいやいやいや)


頭のどこかで、「まあ、あの人ならやりかねないな」という冷静な声と、「国の特務班のエースって何、肩書き持ちかよ!?」というツッコミが同時に渦巻いている。


制服姿の一ノ瀬は、わずかに緊張した面持ちながらも、カメラに向かってきちんと微笑んでいた。


(完全に“表舞台側の人”だな……)


僕は、ため息を一つ、ゆっくり吐き出した。


嬉しいような、悔しいような。

どこか誇らしいような、少しだけ置いていかれたような。


でも、それでも。


「……やるな、一ノ瀬」


その一言だけは、素直に出てきた。


そのあと、テンションのやり場に困った僕は、スマホで配信動画を開いた。


おすすめ欄に並ぶのは、モンスターと暮らす帰還者たちの日常チャンネル。

検索履歴の影響がモロに出ているラインナップだ。


(完全に“モフモフ推し”ってバレてるな、これ)


人気急上昇中という「みみモン日記」をタップする。


画面の中では、ウサギ型の小さなモンスターが、少女の膝の上でまん丸になっていた。

淡いピンク色の体毛に、ビー玉みたいなつぶらな瞳。

ときどき、ばね仕掛けみたいなジャンプ力でぴょんと跳ねては、少女の手のひらに頭をすり寄せる。


髪をツインテールにまとめた小柄な女の子が、そのモンスターの耳の付け根を優しく撫でながら名前を呼ぶ。

その声も、笑顔も、仕草も、全部が“ほっこり属性”に全振りされていた。


(……こういうのも、いいな)


モンスターのふわふわと、少女の無邪気さ。

このワンセットだけで、一瞬だけ世界が平和になったような錯覚を覚える。


──そのとき、背後からじっとした視線を感じた。


振り返る。


そう思ったタイミングで──背後から、静かな視線を感じる。


振り返ると、ソファの背にディアが座り、こちらをじっと見ていた。

その横で、コユキが肘掛けに前足を置いている。


沈黙が痛い。


「癒やし枠に浮気する余裕があるとは、さすが余裕のある大人だね」


コユキが、さらっと刺してくる。


「違う違う違う。これはその……精神衛生上の必要経費というか……」


「言い訳の質が雑だよ。あと、再生履歴はちゃんと整理しといたほうがいい」


「……監視、厳しいな」


思わず頭を抱える僕を横目に、ディアが小さく肩をすくめた。


「まあ、可愛いものは、見ていて悪いものではありませんけれど」


「フォローになってるようで、なってないんだよな……」


二人のじと目コンボに撃ち抜かれ、僕はおとなしく配信動画アプリを閉じた。


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