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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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051話『SideStory 九条司 ― 水面下の盾』

霞が関の会議室。

窓の外には、東京の空が青く広がっていた。


だが──

九条 司の背中を伝う汗は、春の日差しとは無関係だった。


「……それは、彼の独断行動だったのでは?」


ある議員が、わずかに口角を歪めながら言う。

それに対し、九条は穏やかな表情を崩さぬまま、低く、しかし明瞭に応じた。


「いいえ。帰還者・時任秀人の行動は、すべて帰還者管理庁の管理下にあります。新大阪ゲート内での行動も、事前に確認され、許可を得た上でのものです」


内閣調整室、ゲート災害対策局、情報統括室──

複数の利害と主張が入り乱れる“帰還者”関連の会議では、たった一つの言葉選びが、政策を変え、予算を動かし、人を潰す。


九条はそのすべてを把握し、必要な部分だけを丁寧に“削り”、時に議事録の主語を曖昧にし、時に語尾をわずかに丸める。


──ただ一つの目的のために。


時任秀人を、政府という巨大な渦から守るため。



「時任は……帰還者の中でも、異質だ」


かつて柊にそう告げたとき、彼女は意味を掴みかねていた。

無理もない。

あの男は、自分を“見せない”。


他の帰還者たちが力を誇示し、レベルを掲げ、まるでゲームのランキングのように序列を語る中──


いや、その実態はもっと雑多で、もっと不安定だ。


力を得たのを機に“私利私欲に走る者”もいれば、逆に“正義感だけで危険地帯へ飛び込む者”もいる。

支援を申し出る帰還者もいれば、力を社会に向けて振るおうとする者もいる。


同じ「帰還者」という枠に収まっていても、何を守り、何を望むのかは千差万別だ。

その雑音の中で、均衡を崩す火種はいくらでも転がっている。


そんな混沌の中──

ただ一人、「時任秀人」という男だけが、背中を見せず、無用な競争にも加わらない。


それなのに気がつけば、誰よりも先にいる。


(……隠している。だが、それでも滲み出る)


九条は理解していた。

時任秀人は、政府が想定する“帰還者像”の外側にいる。


本気を出せば、おそらく──

国家が望むペースよりも速く強く、どこまでも進んでしまう。


それを時任自身が、最もよく分かっている。

だからこそ、力を見せない。

必要以上に踏み込まない。

ただ、“必要な分だけ”強さを使う。


それがどれほど恐ろしいか、分かる官僚は少ない。


だからこそ──守らねばならなかった。


「もし彼を“国のための道具”として扱おうとする者が現れるなら……私は、絶対に止める」


そう小さく呟いた九条の横顔は、静かだがはっきりとした意志を帯びていた。


柊 真理恵を時任の監督官に据えたのは、単なる人事ではない。

“監視”ではなく、“支え、向き合える者”を彼の隣に置く必要があったからだ。


力を持つ者を「国家の利益のために使え」という声は、いつだって政治の陰に潜んでいる。

だが、もし本当に時任を利用しようとすれば──

結果は誰にも制御できない。


(時任秀人は、力を誇示しない。だが……彼の本質を理解せずに利用しようとすれば……)


九条がもっとも恐れている未来だった。



会議が終わり、資料を胸に抱えたまま、九条は静かに息を吐いた。


今日もまた、時任に関する発言をいくつか修正し、資料に注釈を挟み、何食わぬ顔で政治家たちを納得させた。


そのたびに、肩に乗る重みは増す。


“時任秀人”という個の重さ。

そして、“帰還者”という新たな社会層の重さ。


(守らねば……彼も、他の帰還者たちも)


一部の帰還者の暴走が世論を乱せば、規制は強化される。

それは、いずれ正当防衛すら批判される社会につながる。


だからこそ、制度を整え、秩序を形にし、不安を煽られる前に“正しい理解”へ誘導する。


(誰か一人の突出は、世界の目を引きつける……標的にされる)


時任は異質だ。

だが、決して“異常”にしてはならない。


「……さて。次は、どこに“筋道”をつけるべきか」


窓の外を見やりながら呟くと、

自嘲めいた笑みが、自然に浮かんだ。


(どうせ、また時任は……あの柔らかい笑顔で、こちらの予測を超えてくるのだろう)


力を見せず、しかし譲らず。

それでいて、誰よりも周囲の変化を察し、次に備えている男だ。


本気で国と渡り合う気も、世界と競う気もないのに──

気づけばいつも、誰よりも早く“次の地点”に立っている。

まるで、彼だけ別の地図を持っているかのように。


九条は小さく笑った。


「……本当に。扱いづらい男だよ、君は」


だがその声は、どこか誇らしげでもあった。


第四章、最後までお読みいただきありがとうございました。


この章は、世界が広がっていく一方で――

秀人の“内側”がゆっくり形になっていく章でもありました。

特にディアとのやり取りは、戦いの強さじゃ測れない部分を少しずつ埋めてくれたのだと思います。


また、ベトナムは、僕自身も本業で出張することがあり、現地の空気感や活気はできるだけ“実体験の温度”で描くようにしていました。

画面越しの情報だけじゃなく、街の熱や人の勢いを肌で感じると、判断の解像度って一段上がるんですよね。


続く第五章は、少しだけ呼吸を整える準備期間に入ります。

日常の温度を取り戻しつつ、鍛錬や整理を重ねて、次の「本番」に備える章です。

そして――第六章で、また本気の盛り上がりが待っています。


もし「この先も追ってみよう」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると本当に励みになります。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いします!

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