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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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050話『静けさの中で交わした約束』

機内は、静かで、どこか心地よい。

朝から観光していたハノイの街の喧騒や活気が、まだ体に余韻として残っている。


窓の外には薄い雲が流れ、青い空がのびやかに広がっている。

安定飛行に入り、僕はシートを少し倒して息をついた。


(……無事に終わったな)


昨日のグエンさんとの面会は、事前の想定を超える成果だった。


「機内食です。ビーフ or フィッシュ?」


「ビーフでお願いします」


甘いソースが絡んだ牛肉と乾き気味のパン。

特別美味しいわけじゃないのに、不思議と安心する味だ。

海外帰りの“らしさ”がある。


『お肉……見てるだけでお腹すくんだけど』


影の中からコユキがぼやく。


『だめよ。匂いにつられて姿を見せたら秀人が困るでしょう』


ディアの小言が聞こえた気がして、僕は小さく笑った。


数時間後、関西空港に到着。


ゲートを抜けた瞬間、ひんやりした春の空気が肺に入り込んだ。

ほんの数時間前までいたハノイの、湿気を含んだ“初夏の気配”とはまるで違う。


匂いも、音も、風の冷たさも──

どこか懐かしい。


「……ただいま、日本」


無意識に漏れた言葉に、すぐ返ってくる。


『ねぇ秀人、ベトナム……思ったより楽しかったね』


『ええ、活気もあったし。歩いてるだけで刺激になったわ。また機会があれば、他の国も行ってみたいくらい』


二人の声を聞きながら、僕は自然と笑みがこぼれた。


旅の疲れよりも、その余韻のほうがみんな残っている。


電車に揺られて自宅へ向かう。

行きと同じ景色のはずなのに、どこか少し違って見えた。


(……そういえば)


ハノイのノイバイ国際空港で、搭乗を待ちながら日本のニュースを確認したとき──外出規制が緩和された、という速報が流れていたのを思い出す。


日本も、少しずつ変化している。

それを横目に、僕は家へ着いた。


「……帰ってきた」


靴を脱ぎながら、ふっと肩の力が抜ける。

荷物をリビングに置き、スーツケースを開けて洗濯物とお土産をざっくり仕分ける。


「うん……やっぱり自分の家って落ち着くな」


旅の疲れというより、安心感がじわっと広がる。


スマホを取り出し、柊さんへ連絡を送った。


【無事帰国しました。ありがとうございました。】


数分も経たずに返信が届いた。


【おかえりなさい。明後日、東京で“ベトナム面会の報告会”があります。九条さんをはじめ、政府の上層部へ共有する予定です】


(……やっぱり。今回の件、国としても大きく扱ってるんだな。ということは、柊さんは成田かな)


「……とりあえず夕飯にしよっか」


「さんせー。冷凍食品で済ませよう」


ミニサイズのディアは、肩のちょこんと乗りながら腕を組んで頷き、コユキは電子レンジの前で猫らしからぬ真剣な目をして待機している。


食後、皿を流しに置いて手を拭いたところで、僕はゆっくりと立ち上がった。


「さて……そろそろ行くか」


物置部屋へ向かう足取りは、さっきまでの疲れとは別の意味で少しだけ高鳴っていた。


ベトナムまで行って手に入れた“道”──その答え合わせを、これから実行する。


胸の奥で、緊張と期待がゆっくり混ざり合う。


(……よし。ここからが本番だ)


そこには、赤黒く揺らいで待っているゲート──現実と異世界をつなぐ、僕たちだけの入口。


新大阪ゲート94階層、ディア本体がいる古城。


赤い月が空に浮かび、静かで幻想的な夜が広がっている。


「おかえりなさい、秀人」


赤い月の光が差し込むテラスの欄干の上に、ふわりと影が揺れた。

そこから軽やかに降り立ったのは──ミニチュアではない“本体”のディア。


夜風に揺れる金髪が、月光を受けて静かにきらめいていた。


「ただいま。それで、今日はひとつ、話したいことがあって……」


僕がそう切り出すと、ディアは小さく瞬き、ふわりと微笑んだ。


「……魂縛契約(ソウル・バインド)のことでしょ?」


「……やっぱり気づいてたか」


「当然よ。あなたが何のためにベトナムで行ったのか……そんなの、私もコユキも分からないわけないじゃない」


言い切る声は柔らかいのに、どこか誇らしげだ。


「──あの旅は“私のため”だったんでしょう?」


照れを隠すように息を吐くと、ディアはさらに一歩近づいてきて、ゆっくりと両手を広げた。


「なら、遠慮する必要なんてないわ。ほら……触れて。私の“魂”に」


誘われるように、僕はそっと手を伸ばし、彼女の胸元──魔力の核が宿る中心へと意識を集中させる。


淡い青白い光が揺れ、二人を結ぶ糸のように広がり──


《魂縛契約(仮) 成立》


同時に、静かな情報が頭の奥へ流れ込む。


──相手が弱ければ即本契約。

──強い相手とは、まず“仮契約”から始まり、信頼と時間を積み重ねることで結びつきが強まり本契約となる。


(なるほど……こういう仕組みか)


見えない糸が、確かに僕たちを繋いでいた。


「……これが、“魂の繋がり”ってやつか」


「ええ。優しくて……あなたらしいあたたかさ」


ディアは胸元に手を当て、少し照れたように微笑む。


「私はね、あなたのこと、もう十分信じてるつもりよ。でも……ごめん。私、たぶん“強すぎる”の」


「うん、そこは最初からわかってる」


「だから、本契約までは少し時間がかかるかもしれないわ」


「構わないよ。……僕も、もっと強くなるだけだしな」


ディアはほんの少し目を細め、柔らかな笑みを浮かべた。


「ええ。あなたと“完全に繋がる日”を、楽しみにしてるわ」


赤い月光が、二人の間を静かに照らす。

それはまるで、“約束”をそっと見守る光のようだった。


こうして──僕たちの絆は、新しい段階へと踏み出した。


少しだけ緊張が解けたタイミングで、コユキが尻尾をくるんと巻きながら口を開く。


「で、残り二体の契約枠はどうすんの?」


「……え?」


「三体まで契約できるんでしょ?一枠はディアで決まり。じゃあ残り二つの“指名枠”をどんなモンスターにするのか、って話」


「ああ……それか」


コユキの問いに、僕はゆっくりと立ち位置を変え、

ディアとコユキの方へ向き直った。


「……そうだな」


短く息を整えながら、二人の顔を順に見つめる。


「グエンの雷鱗竜(ライリンリュウ)みたいに、見た目も強さも“相棒”って感じの存在には憧れるよ。一緒に戦って、一緒に成長できるような……そんなモンスター」


ディアが静かにこちらを見守り、

コユキは尻尾を左右に揺らしながら耳を傾けていた。


「……正直、戦う力だけなら、もう困ってないんだよな」


自分でも自然と、そんな言葉が口をつく。


「一緒に成長でき瞬発力も判断も抜群のコユキがいて、“強さ”って意味では、ディアは十分すぎるくらい頼もしい」


コユキの尻尾が得意げにふわっと膨らんだ。


「けど、これからの世の中って……戦力だけじゃ立ち行かない気がしてる。帰還者も増えて、情報も錯綜して、世界全体が一段階ギアを上げ始めてる。だからこそ──次に迎えるなら、情報処理や収集に特化したモンスターもアリだと思ってる」


「なるほどね。確かに“次に迎えるなら”という視点では、すごく理にかなってるわ」


ディアが静かに頷き──ふいに、何かを思い出したように目を細めた。


「そういえば……情報処理と言えばね。新大阪ゲートの92階、あそこ、近未来の都市みたいな階層だったわ」


「近未来……?」


「あの階層、ロボットが大量に動いていたの。で──最奥に“指揮するボス”がいたのよ。私が影だけ飛ばして全階層を通過した時、一番“異質”で、“知能”を感じたのが92階だった」


「大量のロボット……まさに情報処理系って雰囲気だな」


「直接行くことはできないけど……影で“挨拶だけする”くらいなら、多分できるわ。返事が返ってくるかどうかは分からないけどね」


「……頼んでもいいか?」


「もちろん。すぐには無理だけど、時間をかければ偵察くらいはできるはずよ」


92階──その数字だけ見れば、20階までしか攻略していない僕にとって、完全に“雲の上”の階層だ。


ただ──


(92階のボスがどれだけ強くても……以前、格上と豪語していたディアがいれば、最終的にはなんとかなる)


だからこそ、“近未来の知性を持つボス”という存在が、恐怖よりも興味を引いた。


(もし、意思疎通ができて……仲間にできる可能性まであるなら)


それは、戦わずに道を切り開けるという、新しい選択肢になる。


「倒さずに仲間にできたら……最高なんだけどな」


僕が漏らすと、ディアはふっと微笑んだ。


「でしょ?だから今回の旅で、“契約でも階を進める”って分かったの、本当に嬉しかったのよ。秀人が私を倒さずに94階を越える道──ちゃんとあるって証明されたんだから」


「……うん。だいぶ希望が持てた」


ディアを失わずに94階を越える方法。

そして、新たな仲間を迎える可能性。


どちらも、確かな形になり始めていた。


赤い月の光の下、冷たい夜風がそっと流れ込んでくる。


僕とコユキ、そしてディアは言葉もなく月を眺めた。

静かで、穏やかで、どこか未来の匂いがする夜。


「仮だけど……ディアと魂縛契約が成立して」


「新しい仲間候補の方向性も見えてきて」


「そして……その先に繋がる未来も、少しずつ形になってきた」


思わず、息をゆっくり吐いた。


赤い月は、相変わらず静かに、優しく僕たちの頭上で輝いていた。


「……少しずつ、進めてる気がするよ」


「そだね。で、次はレベル上げ?それとも階層突破?」


「どっちも、だな。欲張りにいこう」


僕たちは月を仰ぎながら、静かに笑い合った。


赤い月が──見守ってくれているような夜だった。


次話で、第三章はひと区切りです。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。


続く第四章は、世界が広がりつつも、秀人たちの“内側”がより深く掘られていく章になりました。

そして第四章のラストは、第三章とはまた違う「いい感じのエモさ」と余韻が出せたと思っています。


読み終わったあと、ふっと静かに浸れるような終わり方になっていますので、ぜひ最後まで見届けてください。

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