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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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045話『雨音とタイムアタック』

火曜日の朝。

今日は、窓を打つ細かな雨音が、書斎に静かなリズムを刻んでいた。


「よし……今日も午前中だけ、ちゃんと働きますか」


椅子に座り、ノートPCを起動。

今日のタスクは、午前のオンライン会議がひとつと、その後のフォローアップ


昨日のうちに準備は終わっているので、難易度は低めだ。


「コユキ、会議入ったら静かにしとけよ。マイク、わりと拾うからな」


「りょーかい。今日はタブレットで読書タイムにしとく」


『私は大人しくしてるわ。……昨日の“ケーキホール”の約束もあるしね?』


ブレスレット越しのディアの声は、妙に機嫌がいい。

甘味パワーの効果は絶大だ。


集中して作業しているうちに、時計はあっという間に11時55分。

ラストの報告を流し、社内チャットに「午後半休入ります」と送信して、午前の部は終了。


「さて……午後は、昨日もらった小型ゲート、一本目だな」


大阪南方面の小型ゲートが三つ。

今日は、そのうちひとつ──自宅から電車で35分ほどの現場に向かう。


外はしっとりと濡れていた。

細かい雨が途切れなく降り続き、アスファルトに薄い光の膜がかかっている。


(……仕事もゲートも、“午後半休”で両立か。ほんと、変な生活だよな)


そう思いながらも、雨に薄く煙る景色のせいか、足取りは妙に落ち着いていた。

最寄り駅へ向かう道は、しんと冷えて、それでもどこか柔らかい“雨の春”の空気だった。


小型ゲート周辺には、簡易フェンスと臨時の詰め所。

制服姿の若い隊員が、門のところで立っている。


「こんにちは。時任秀人です。柊さんから話が通っていると思います」


「あ、時任さんですね。確認しております。こちらへどうぞ」


スムーズな案内に、少しだけ肩の力が抜ける。

政府側との連携も、回数を重ねるほど“お互い慣れてくる”のが分かる。


軽く注意事項の説明を受け、ゲート前まで歩を進める。


「では、行ってきます」


「ご無事をお祈りしています」


軽く会釈を交わし、僕は一歩、ゲートに足を踏み入れた。


空気が変わる。

景色が反転する。


一度担当として入り、先々週に三階層まで踏破したことがある小型ゲート。

今回は、その続き──4階から。


上記を始めて入るゲートだけど、誰かが3階層までクリアしているので4階層からみたいな表現に帰れますか


「ねぇ秀人、せっかくだから今日は、ちょっと遊ぼ?」


「遊ぶ、の定義によるな」


影からひょこっと顔を出したコユキが、いたずらっぽく笑う。


「今日のテーマは“タイムアタック”。今から5時間で、どこまで行けるか試してみない?」


「いいじゃない。今の実力を測るにはちょうどいいわ」


ミニディアの賛成も、すぐ飛んでくる。


「……まあ、今日は余裕もあるし。やってみるか」


こうして、“5時間タイムアタック”が緩いノリでスタートした。

4階からの、コンパクトな冒険が始まる。


「やっぱり……低層は難易度が低いな」


5階層のボス部屋を抜けたところで、思わずそんな感想が漏れた。


小型ゲートだから、というより──

単純に“低層”ゆえに、罠も少なく、敵の動きも直線的に思える。

新大阪の十数階層帯とは、そもそもの難易度が段違いだ。


「ライトなダンジョンって感じ。これはこれで悪くないね」


「ええ。テンポがいい分、スキル調整には向いているわ」


コユキとディアの声が、背中越しに続く。


道中の雑魚も程よい強さで、空間斬糸(スペース・スレッド)の使いどころを試すにはちょうどいい。

他のスキルも組み合わせ、気持ちよくコンボを回しているうちに、時間感覚がどんどん薄くなっていって──


「──10階層、クリアっと」


気づけば、予定していた“8階層まで”を軽くオーバーしていた。


「5時間で10階……。思ったより進んだな」


「秀人のレベルも以前より上がってるしね」


我ながら、ちょっとだけ驚く。

ちゃんと強くなっている実感があるのは、悪くない。


今回の小型ゲート攻略で、コユキが新たに覚えたスキルは二つ。


圧壊掌握(クラッシュグリップ)

陽光遮断(シャドウシェード)


どちらも地味めだが、実際に使うとかなりえげつない。


圧壊掌握(クラッシュグリップ)は、掴んだ対象一点に圧力を集中させて粉砕する近接スキル。

武器を掴めば破壊、腕や足なら、簡単に骨を折れるレベルのダメージ。


「おおー、“掴んでブチッ”って感じのやつだね。ロマンある」


「語彙が怖い。黙っときなさい」


陽光遮断(シャドウシェード)は、周囲の光を僅かに遮り、影を濃くするスキル。

“自分の存在を目立たなくする”効果が強く、ステルス系との相性がいい。


「影が濃いと、潜り込みやすいしね。奇襲の成功率も上がりそう」


「戦闘だけじゃなく、日常でも使えそうね。視線から外れるって、案外重要よ」


どちらも、今後の立ち回りの幅を広げてくれる“いいカード”だった。

その場で、何度か発動テストをして、感覚を調整しておく。


ゲートから出た時には、空はすでにオレンジを通り越して群青に近かった。

昼まで降っていた雨はちょうど上がったところらしく、地面には薄く残った水たまりが街灯をぼんやり映している。


隊員に軽く会釈して現場を後にし、家に着いたのは夜の八時前。

十階まで踏破しただけあって、程よく身体が重い。


「秀人。お風呂、わかしておいたよ」


「お、助かる……って、コユキ、毎度のことながらどうやって?」


振り向くと、コユキがなぜか誇らしげに胸を張っていた。


「自動給湯とタイマー設定と、この繊細な前足さばきがあれば余裕だよ」


「……人類の限界越えてない?お前が一番ファンタジーだわ」


「褒めてる?もっと褒めて」


「褒めてない。むしろ怖い」


苦笑しながら風呂に入り、汗と疲れを流す。

簡単に夕食を済ませたあと、スマホを手に取り、メッセージを一本。


──柊さんへ

【こんばんは。小型ゲート攻略の結果報告を兼ねて、明日14時頃、政府施設に伺えればと思います。

もしご不在の場合は、改めて日程調整のうえ別日に伺いますので、お手すきの時にご確認いただければ幸いです。】


送信を確認し、画面を閉じる。


「ふぅ……今日も、だいぶ進んだな」


ゲートの攻略。

新スキルの獲得。

5時間タイムアタックで10階踏破。


ひとつひとつは小さな積み重ねだけど──こういう“地味な前進”が、きっといつか、ディアがいる深層へも繋がる。はず……


「……明日は報告して、その次の日には、もうベトナム行きか」


ソファに身を預け、ゆっくりと目を閉じる。


ほんの少しの疲労感と、確かな充実感。

それらを抱えたまま、意識を静かに明日へ向けて整えていった。


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