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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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044話『静かな週明け、動き出す世界』

「ふあ〜……」


月曜の朝。

目覚ましが鳴る前に目が覚めて、しばらく布団の中で天井を見上げる。


昨日の疲れは、思っていたほど残っていない。

むしろ身体の芯が軽いくらいだ。


(……再生(リジェネ)、やっぱり反則気味だよな)


疲れにくく、疲れが抜けやすい。

おかげで、“ダンジョン翌日の月曜”という最悪コンボでも、こうして普通に動けている。


──さて。今日から一週間スタートだ。


のそのそ起き出して顔を洗い、キッチンでコーヒーを淹れる。


「……おはよ、秀人。今日は現実デーだね」


テーブルの上、タブレットの横でコユキが前足をそろえて座っていた。

いつもの、ちょっと眠そうで、でも機嫌は悪くなさそうな顔。


「おはよう。今日は在宅勤務デー。……だから邪魔すんなよ?」


「分かってるって。ちゃんと“空気読む猫”しますー」


軽口をひとつ交わしてから、カップを片手に書斎で仕事用ノートPCの電源を入れた。


今日は在宅勤務。

そして金曜には、ベトナム行き。


出発は木曜の午後──つまり、木曜の午前中までに仕事を片付けておく必要がある。


「ってことで……金曜は有休、確定っと」


勤怠システムを開いて、カレンダーに有休マークをぽちぽち入力。

ついでに残日数もチェックする。


「……まだ20日以上残ってるのか」


ゲート発生前は、完全に“備蓄型会社員”だった。

法定の5日だけ、最低限消化。それ以外はひたすら貯め込み。


4月になれば、また20日が付与される。


「ってことは、来月には40日に逆戻り……」


しばらくは、この“午前仕事・午後ゲート”生活でもなんとか回せそうだ。


コーヒーを飲み干し、午前のタスクを淡々とこなしていく。

メール返信、資料の微修正、チャットでの状況共有──


気づけば、画面右下の時計は正午を少し回っていた。


と、そのタイミングでスマホの通知が鳴る。


──柊さんからだ。


画面を開く。


【時任様

ベトナムでの面会について、現地時間・金曜15時にて調整が完了いたしました。

なお、ご宿泊予定のホテルが決まりましたらご連絡ください。当日、こちらでお迎えに上がります。

また、担当割り当てが確定しましたので位置情報を添付いたします。大阪南方面の小型ゲート3か所です。

現地に立つ隊員には顔写真とご氏名を共有済みですので、お名前をお伝えいただければ入場可能です。】


「……仕事が早いな」


スマホをスクロールしながら、小さく息を吐く。


ホテルが決まったら伝えてくれれば、“当日そこまで迎えに行きます”──と。


単なる親切というより、仕事としての段取りの綺麗さ。

こういうところが、やっぱり柊さんは信頼できる。


ハノイでの待ち合わせ時間は、現地金曜の15時。

空港から市街方面へ向かう途中の公共施設近辺が候補らしい。


「……じゃあ、木曜の午後に関空発、が本命か」


PCを開き、フライトをさくっと検索する。

関空15時発の便なら、午前中に仕事を切り上げて、そのまま空港へ向かえる。


帰りは土曜の昼発にしておけば、その日の夜には日本着。

日曜は丸々“調整日”として使える。


「Grabも、入れ直しとくか」


ベトナムといえば、配車アプリのGrab。

何度か仕事で行っているので勝手は分かっている。

とはいえ、スマホ入れ替えでアプリが消えていたので、再インストールしてログイン情報も確認。


(うん。だいたいの段取りは見えたな)


あとは──木曜の午前までに仕事を終わらせて、心置きなく飛ぶだけだ。


「よし。午後は……詰めるか」


簡単に昼食とおかわりコーヒーを済ませ、僕とコユキは物置部屋へ向かう。

扉を開けると、床の上に、いつもの赤黒いサブゲートが静かに揺れていた。


軽くストレッチをしてから、ひとつ深呼吸。


足を踏み入れると、視界が赤黒い渦に飲み込まれ、身体がふわりと浮く。

次の瞬間、世界は夜色に塗り替えられていた。


「いらっしゃい、秀人」


紅い月の光の下、古城の中庭でディア本体が出迎える。

相変わらず、月光とドレスが似合いすぎる始祖の姫だ。


ここは、僕にとっての“もうひとつの日常”になりつつある。


「今日は、レベル50手前の調整ね。新しいスキルの応用も、がっつりやるわよ」


「了解。コユキ、支援は任せた」


「オッケー。今日はバフ三枚重ねでいくから、ちゃんと受け止めてね」


ディアは訓練用モンスターの生成。

コユキは支援と状況分析。

僕は影移動(シャドウ・シフト)空間斬糸(スペース・スレッド)を軸に、実戦形式でひたすら反復。


影から飛び出して、斬糸を展開して、すぐさま別の影へ逃げ込む。


「よし、今のは……だいぶ様になってきたな」


「うん。斬糸の角度も、前より安定してる。絡め取り方も綺麗」


「斬ってから離脱までの“間”もいいわ。もう一段、応用もきかせていきましょ」


そんなやり取りを繰り返しているうちに、時間はあっという間に過ぎ──


【レベルアップ! 現在レベル:49】


──と言っても、表示されるのは自分でステータスウインドウを呼び出した時だけ。


だが、この瞬間は分かるようになってきた。


身体の芯が一段階、静かに“噛み合う”ような感覚。


「あ……今、上がったな」


自分でも驚くほど自然に、そう言葉が漏れた。


「ふふ、順調ね。明日か明後日には、50に届きそうね」


ディアは椅子に腰かけ、紅茶カップを軽く揺らしながら上機嫌。

僕はその隣に、へたり込むように座り込んだ。


「はぁ……今日も、だいぶ詰めたな……」


「じゃあ、ご褒美として──次のおやつ、少し増量でお願いしようかしら?」


「……何で僕じゃなくて、そっちがご褒美もらう側なんだよ」


「当然でしょ?こっちもモンスター生成と制御、けっこう大変なんだから」


「……はいはい。ケーキ、ホールで考えときます」


「やった」


癒やしと若干の圧が、絶妙なバランスで降ってくる。


シャワーで汗を流し、パジャマに着替えてソファに沈む。

ペットボトルの麦茶片手に、スマホを開くと、タイムラインは今日も“帰還者ワード”で埋まっていた。


その中で、ひときわ目を引いた見出し。


《アメリカ、帰還者によるドリームチームを編成》


「……また派手にいくな、アメリカ」


記事を読むと、14階層を単独攻略した帰還者を中心に、複数名の帰還者で構成された精鋭チームを編成。

「大型ゲート深層の踏破を目指す」として、軍と連携した国家プロジェクトが動き始めているらしい。


「14階……」


『たしか、物理と魔法を同時に纏う《融合刃(フュージョンブレード)持ってるって噂の人だよね』


ミニチュアのディアの声がふわりと響く。


「……名前からして強そうだもんな」


さらにスクロールしていくと、別の記事が目に入った。


《アメリカ、小型ゲートでの“計画的スキル取得”を実用化へ》


軍関係者に武器を持たせ、意図的に“一階ボスを討伐させる”ことでスキル発現を促す──

そんなプログラムが、すでに複数の州で動き始めているらしい。


表向きの説明は「スタンピード防止のため、小型ゲートのコアを計画的に破壊する部隊の育成」。

だが実際には、“スキル保有者を国家的に量産する政策”と言っていい。


──アメリカが、国家単位で“スキル前提の社会”に踏み込んだ。


「……日本は、どう動くかな」


今はまだ、“慎重派”を貫いている。

けれど、世界の速度がこれだけ上がれば、離されるか巻き込まれるか、そのどちらかだ。


「ま、僕は僕で、やれることを積み重ねるしかないけどな」


スマホを閉じ、天井を見上げる。


明日も、午前は仕事。

午後は……小型ゲートの本格攻略予定。


そしてその先には、ベトナムでの“出会い”が控えている。


日々の積み上げが、いつか確かな成果へ変わる──そんな確信めいた感覚がこれまでの経験から胸に残った。


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