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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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043話『備え終えて、歩みは止めず』

新大阪駅のホームに降り立った瞬間、春の空気がひやりと肌を撫でた。

ひんやりしてるけれど、どこか緩んだ温かみも混じっている。


ゲート管理施設への道も、今ではすっかり“日常ルート”になった。

入り口で隊員に軽く会釈を返し、更衣室でいつものジャージに着替えて、黒い揺らぎのゲート前へ向かう。


そこでふと、思い出す。


(……そうだ。結界の件、先に確認しておこう)


左手首のブレスレットへ意識を向け、念話を送る。


『ディア。結界の準備、どう?』


返ってきた声は、ほんの少し弾んでいた。


『ふふ。聞いてくれると思ってた。問題ないわ、もう展開できる』


(待ってたのか……)


『じゃあ、頼んでいいか? 新大阪ゲートに結界を張ってほしい』


『もちろん。まずは──ゲートに向かって左手をかざして。私の魔力をつなぐ“鍵”になるから』


『了解──……いや、ちょっと待って』


ディアがきょとんとする気配が、ブレスレット越しに伝わる。


僕は周囲をさりげなく見回した。


ゲート管理隊員が二人。

そのうち一人はこちらをちらっと視界に入れている。


(……ここで直接“左手をかざす”なんて、あまりにも不自然だ)


使えるスキルがないか考える。


光幻身(イメージエコー)……これならいけるんじゃないか)


僕は自然な呼吸のままスキルを発動した。


光幻身(イメージエコー)──。


遠目には、ただの光の加減のようにしか見えない。

だが、視線はそちらに引かれやすい。


実際、隊員の一人が「ん?」と一度だけ僕を見て、すぐ残像の揺らぎへと注意を奪われた。


(よし、今なら……自然に“姿勢を直してるだけ”に見える)


『秀人……?』


ディアが小さく囁く。


『大丈夫。今のうちに、左手を向ける』


左手をかざすと、ブレスレットが淡い赤紫の光を帯び、鼓動のように脈打つ。


手の甲がじんわり熱くなる。


「……おお」


ゲート表面の黒い揺らぎが、一瞬だけ波紋のように広がった。


『うん、いいわ。そのまま……。仕上げは本体側でやるから、今日はミニの私は出られないわよ? サポートは期待しないでね』


(……え?)


一瞬だけ、胸の奥がひゅっと冷える。


(ミニディアなし……?いや、それ普通に困るんだが……)


ディアのサポートに助けられてきた場面は多い。

だからこそ、反射的に不安がよぎる。


けれどすぐに、冷静な“分析”が頭の中で動き出した。


(……でも今日は16〜18階。レベルは十分、スキルも揃ってる。コユキもいるし──安全マージンは、まだ大きい)


つまり、問題なし。

ほんの一秒で気持ちを切り替えて、短く息を吐く。


『了解。任せた、ディア』


ブレスレットの光が静かに収まり、ディアの念話も、ふっと途切れた。


(……よし。あとは僕とコユキで、きっちりやるだけだ)


ゲートの暗闇へ、一歩踏み出す。



──16階。


視界が開けた瞬間、熱風が頬を刺した。


赤茶けた大地。遠くで何かが爆ぜる音。

地面は無数のトラップで穴だらけという、いかにも“地雷原”な階層だ。


「……地雷パズル。こういう罠だらけ嫌いなんだよな」


でも、精霊導読スピリット・リーディング、気配を読み取るスキル。

罠の位置、起動の予兆、その後の安全地帯まで、おおよその“導線”が何となく思い浮かび上がる。


その結果──


「よっと」


ほぼノーダメで突破した。


ボスは地熱を操る二足歩行の火蜥蜴(ヒートトルク)

派手な火力型だったけれど、影からの奇襲に加え、新スキルの空間斬糸(スペース・スレッド)で一閃、短時間で撃破した。


「派手なだけで意外と薄いな、こいつ」


「火力バカって、だいたいああいう感じだよね」



──17階。


空気は一転して“静寂”。


洞窟全体が淡い光を放つ水晶に覆われ、反響が不自然なほどよく響く。


「わぁ……ここ、落ち着く……いや油断すると死ぬやつだな」


この階層は、光と音で幻覚を誘発するギミックが多く、壁の位置や敵の影がコロコロ変わる。


だが、鳴破喚(ソニックミャウ)の音波で音の幻覚を“上書き”すれば、乱れた空間がいったんリセットされた。


「コユキ、いける?」


「もちろん!」


ボスの幻影甲虫も、煙幕顕現(スモークジェネレート)で魔力を乱し、幻覚の余地を完全に封じる。

無防備になった本体を一撃で撃破。


「今日のコユキ、冴えてるな」


「いつも通りだよ。……これで幻覚系は抑え込み完了だね」



──18階。


常に霧雨が降り注ぐ石造りの遺跡。

足元は水路と石畳が入り混じり、滑るわ冷たいわで非常に面倒。


敵は水幻獣(ミルダイン)

うさぎっぽい見た目なのに、水球を高速連射し、水圧で押し潰す一撃まで織り交ぜてくる曲者だ。


「動きづらい……あとあいつの水弾、地味に痛いんだよな」


「でもスキルは良さげ。もらうね」


影から滑り込んだコユキが模写。


【スキル取得:水撃弾(アクアボルト)水圧弾(ハイドロバースト)


「よし、水系ふたつ確保。とくに後者……破壊力がすごいよ」


水圧弾(ハイドロバースト)って……山田の《ブレイズ・キャノン》と対になりそうだな」


「やめて。絶対に比較されたくない」


こうして僕たちは、16から18階を一気に踏破した。



「──ふぅ……帰還っと」


管理施設での着替えと最低限の挨拶を済ませホームに行くと、外気がひんやりと肌に触れた。

時刻は八時過ぎ。


(今日はさすがに訓練はしない。ディアに結界張ってもらったし……)


帰宅途中、ふと視界に入ったのは、街角のケーキ屋。

ショーケースの中、ひとつだけ残っていた──


限定の苺ショート。


(……お。これは、喜ぶやつだな)


迷わず購入したあと、家に戻る足取りは自然と穏やかになっていた。


玄関を開ける。


「ただいまー……」


荷物を置いてすぐ、物置部屋へ向かう。

今日は、このまま差し入れを渡した方がいい。


赤黒い楕円──サブゲートに一歩踏み入れる。


空気が切り替わる。

夜の香り、赤い月、魔力の流れ。


「ディアー、来たよー。差し入れー」


中庭から、ひょこっと顔を出す本体ディア。


「……秀人。どうしたの?ちょうど結界の仕上げに入るところだったのだけど」


「邪魔したか?」


「ううん。あと数分で終わるし、来てくれて嬉しいわ」


ディアが近づくたび、周りの空気がほんのり温かくなる気がする。

──仕事中の人に差し入れを持ってきた部下みたいな気分だ。


「じゃあ……これ。がんばってくれたお礼」


そう言って苺ショートの箱を掲げると、ディアの銀色の瞳が、ぱっと花が咲くように輝いた。


「……えっ、苺ショートケーキ? 嬉しいっ!」


(……姫の威厳、完全に消えてるぞ)


「はむ……幸せ……魔力が満たされる……」


「それ絶対気のせいだろ」


だが、満足そうにしている姿を見ると、こちらまで肩の力が抜けていく。


「結界、本当に助かった。ありがとう」


「ふふ……あなたのためだもの。当たり前よ?」


素直すぎる言葉に、思わず目を逸らした。


94階から戻り、シャワーを浴びたあと。ソファに沈み込み、小さく息を吐く。


「……今日も、本当に濃かったな」


ボステイムの情報、結界、三階層突破、ディアへのお礼。

充実した一日だった。


明日は月曜日。

また会社とゲートの両立の日々が始まる。


「まあ……今はそれも悪くない、か」


スマホのアラームをセットし、丸くなったミニコユキと、ブレスレット越しのディアへ声をかける。


「おやすみ。今日もありがとう」


照明を落とし、ベッドに潜り込む。


(……明日も、良い一日でありますように)


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