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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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041話『選ばれた日常と、選ぶ力』

──朝。

……なんで僕は、ニュースの音量で目を覚まさないといけないのだろうか。


寝室のドア越しに、テレビの音声がけっこうなボリュームで流れていた。

重い腰を上げてリビングに出る。


「……ほら、起きた。今ちょうどいいところよ」



ソファの背もたれにちょこんと座ったミニサイズのディアが、空のカップを片手にニュースを凝視していた。


その横では、白いモフモフ──コユキが、朝から無言でトーストをかじっている。


……うん、完全に“いつもの光景”だ。


(帰還者の家って、こういうもんなのか?)


画面の中では、スーツ姿のキャスターが神妙な顔で語っていた。


《本日未明、国連加盟国を中心とした共同声明が発表されました。テーマは、“スキル発現と階層リスク”──》


「……昨日の続きか」


僕は伸びをひとつしてから、ソファに腰を落ち着けた。


映像が切り替わり、各国代表が並ぶオンライン会見へ。

淡々とした口調で、とんでもない中身がさらりと読み上げられていく。


《各国で確認された“ゲート”には、共通の構造があることが判明しています》


《1階層には“ボス”と呼ばれる存在がおり、それを倒すことで、一般市民であってもスキルとステータスウィンドウ、レベル概念が発現します》


《ただし、1階層に入れるのは、ボスが生存している限り“一人のみ”です。侵入後は、2階層奥の“帰還ゲート”にたどり着くまでは帰還不能──辿り着けなければ、命を失う可能性が非常に高くなります》


ぞわり、と背中を撫でられたような感覚が走る。


テレビのテロップは容赦なく続く。


《なお、1階層のモンスターの再出現までの期間は7日。2階層は17日です》


「……ついに、“裏ルール”の一つを正面から出してきたか」


「うん。夜中のうちに声明が出て、そのまま一斉解禁。タイミングも合わせてあるね」


コユキが、前足でタブレットをつつきながら答える。


「SNSもすごいよ。ざっくり拾うと──こんな感じ」


《スキル手に入るってマジ!?》

《リアル転生チャンスきた》

《いやいや、死ぬリスク高すぎでしょ……》

《これ、ゲート行けば誰でも異能者なれるってこと?》


「……きれいに割れてるな」


不安と興奮、現実感と夢見がち、臆病とチャレンジ精神。

感情のベクトルが、きれいなくらい真逆に振り分けられている。


「夢と現実の狭間で揺れる人類、ってところかしら」


ディアが頬杖をつきながら、少し楽しそうに笑った。


そのタイミングで、キャスターが真顔で警告を挟む。


《現在、日本国内のゲートは政府が厳格に管理しています。一般市民が自由に接触できる状況ではありません。ですが、“憧れ”だけで無断に挑む行為は、極めて危険です──命に関わる行動は、くれぐれも慎んでください》


──まあ、そう言うしかないよな。


「……あー、面倒ごとがまた一段階、進んだ感じだな」


カップの底に残っていた冷えたコーヒーを飲み干しながら、僕は小さくため息をついた。


一度立ち上がってキッチンへ向かった。

ドリッパーに粉をセットして、お湯をゆっくり注ぐ。

ふわっと立ち上がる香りに、ようやく頭が覚醒してきた気がする。


マグに落ちきったコーヒーを手に戻り、ひと口。


「……はぁ。こういう朝には、苦いのがちょうどいい」


ソファに腰を落ち着けながらつぶやくと、コユキがぽつりと続けた。


「でも、正確な情報が出ること自体は、悪いことじゃないよ」


「……だな。混乱するにしても、“見えない不安”より、“見えてる混乱”のほうが、対処のしようはある」


例えば──担当のクライアントから連絡が途絶えたとき。

何も言われていないのに、急に会議がキャンセルされたとき。

理由の説明がないまま稟議が止まり、誰が反対しているのか分からないまま数日だけ過ぎていく、あのじわじわしたストレス。


“状況が見えない”だけで、人間は勝手に最悪を想像する。


一方で、無茶な要求が来たり、方針変更を押し付けられたり──そういう“見えてる混乱”なら、まだやりようがある。

嫌でも対策に頭を振って、必要なら会社に相談して、動けるだけマシだ。


そう思うと、今世界が迎えている混乱も、まだ“扱える”部類なのかもしれない。


外の世界は、どんどん加速していく。

なら、こっちはこっちで、静かに準備を積み上げるしかない。


「はぁ〜……今日は土曜日だし、午前中くらいはゆっくりしても、バチは当たらないよな」


「いつも午前中から動きすぎなのよ、あなた」


ディアがくすっと笑ってから、少しだけ間を置いてこちらを見る。


「ねえ秀人。今日は……94階に来てほしいわ。本体、ここ数日ずっと暇を持て余しているもの」


「……ああ、なるほど。つまり“自分が城で寂しくて退屈してるから、早く遊びに来い”ってわけね?」


コユキが、半眼のままツッコミを入れる。


「べ、別に“寂しい”なんて一言も……そ、そんなこと一言も言ってないでしょ!ちゃんと訓練しないと、感覚が鈍るって話よ」


「言い訳の仕方が完全に私欲混じりなんだよね、姫」


「う、うるさいっ……!」


ぷいっとそっぽを向いてふわりと浮かび上がるミニチュアのディアを見て、思わず笑ってしまう。


「まあでも、新大阪ゲートをガッツリ進めるより、今日は確かに94階での特訓の方がいいかもな。昨日の空間斬糸(スペース・スレッド)も、まだ慣れてないし」


「というわけで、午後から94階行きね。ふふっ、そう言ってくれると思ったわ」


ディアが、わかりやすく上機嫌になる。


僕は天井を見上げて、もう一度ため息を落とした。


(……はいはい。うちの姫様は今日も可愛さMAXだ)


ちょうどコーヒーを淹れ直してソファに戻ってきた、そのタイミングだった。


スマホが振動する。画面に表示された名前は──


『九条 誠吾』


「お?」


タップして内容を開く。


【明日、少し話をさせてください。10時に政府施設まで来られますか?】


「……おっと」


横でニュースを見ていた二人が、同時にぴくりと反応する。


「明日って日曜日だよな。九条さん、働きすぎじゃない?」


「逆に、日曜だからこそ調整しやすいのかもしれないわね」


たしかに、その線はある。


もともと明日の予定は空けていたし、問題はない。

僕はすぐに返信を打ち込んだ。


【承知しました。10時に伺います】


送信を確認してから、スマホをテーブルに置く。


「さて。明日がそういう話なら──今日は遠慮なく全力で特訓かな」


「うん。空間斬糸(スペース・スレッド)の“実際の使いどころ”と昨日手に入ったスキルも試さないとね」


「うむ。実戦形式でがっつり、ね」


「だから、僕が言う前に勝手にメニュー決めないで?」


ツッコミを入れながらも、頭の中はすでにダンジョン側のモードに切り替わっていく。


13時。

リビングの時計がカチ、と小さく鳴ったのを合図に、僕は立ち上がる。


「じゃあ、行こうか」


自宅の物置部屋へ移動し、扉を開ける。


床の上には、見慣れた赤黒い楕円──《サブゲート・94階層》へと繋がる入口が、静かに浮かんでいた。


「よし……じゃあ、行くか」


一歩踏み出した瞬間、視界がぐにゃりと歪み──次の瞬間、満天の夜空と赤い月、ディアの古城の冷たい空気に包まれていた。


「おかえりなさい、秀人」


本体ディアが微笑む。

シンプルなドレスの裾が月光を受けて揺れ、背後の赤い月と相まって、現実感のない美しさを放っていた。


「本当に……待っていたわ」


「ただいま」


自然と、口元が緩む。


(……完全にここも、“帰ってくる場所”のひとつになってるな)


「さて。今日は特訓でいいのよね?」


ディアがふわりと近づき、僕の腕にそっと触れようとする──その瞬間。


「はいはい、いちゃいちゃは後。まず訓練ね、訓練」


コユキが尻尾をパシッと鳴らしながら割って入る。


「ちょ、ちょっとコユキ!? べ、別にいちゃいちゃなんて……!」


「はいはい。言い訳はそのへんにして。ほら秀人、準備しよ」


「……お前、仕切るの早くない?」


「誰かが暴走止めないと、先に進まないからね」


ディアはむくれたように頬をふくらませながらも、すぐにパチンと指を鳴らす。


空間に細かなひび割れのような線が走り、そこから淡い光をまとったモンスターが数体、するりと姿を現した。


(……今の出現演出、ちょっとカッコいいな)


「今日はレベル50くらいで調整してあるわ。安全圏のギリギリ少し上、ってところね」


「助かる。……コユキ、支援お願い」


「オッケー」


コユキが、腰を落として構える。

小さな体に宿る、猛猫のような気配。


コユキがいるから、僕は前に出ていける。


「じゃあ──始めようか」


どれくらい時間が経った頃だろうか。


バットを握る手に、程よい疲労感が溜まっている。

呼吸を整え、影の気配を一点に集中させる。


影移動(シャドウ・シフト)──」


空間を滑るように、訓練用モンスターの背後へとワープ。

同時に、横合いからコユキの声。


煙幕顕現(スモークジェネレート)


白い魔力煙が一気に広がり、視界が霞む。

敵の動きが一瞬だけ鈍った、そのタイミングで距離を詰める。


(……ここで、新スキル)


空間斬糸(スペース・スレッド)


足元から放たれた魔力が、目に見えない“糸”となって空間に展開する。

敵が一歩踏み込んだ瞬間、その足が止まった。


動きが、縫いとめられたみたいに。


「……よし」


一瞬の硬直。その隙にバットを振り抜く。

鈍い手応えのあと、モンスターは粒子となって霧散した。


「ふふ。さっきよりずっと滑らかだったわね」


息を整えながら、“糸”を放つ感覚をもう一度、指先でなぞる。

──空間斬糸(スペース・スレッド)


(……昔、ディアから借りてた影縫い(シャドウ・バインド)に、少し似てるんだよな)


影が相手の足元をつかんで動きを止めた、あの独特の“縫いとめる感じ”。


今回のスキルは影じゃなくて空間そのものを“糸状”にして拘束しているけど……


(借りてた影響……なんてあるのかな)


思いつきみたいな疑問だけど、ダンジョンは僕の思考や経験に沿ったスキルを寄越してる気がしてならない。

そんなことを考えていると、ディアが小さく微笑んだ。


「秀人。次、いくわよ?」


「……おう、頼む」


雑念を一度切り替えて、僕は再びバットを握り直した。


気づけば、かなりの時間が経っていた。


最後の訓練用モンスターが消えたあと、視界の端でステータスウィンドウが淡く光る。


──【レベルアップ:Lv48】


「……やっと上がった。そうだ、ディア。前から考えてたんだけどさ」


「なにかしら?」


「……新大阪ゲート。今は九条さんたちと“立ち入り禁止”の約束をしてるけど、あそこに誰も入れなくする結界って、張れないかな?」


「結界、ね……」


ディアが視線を斜め下に落とし、少しだけ考えるような間を取る。


「可能よ。ただ、結界にも種類があるの。“物理的に押し返す”タイプと、“意識そのものをそらす”タイプ。他にも細かい分類はいくつかあるわ」


「意識をそらす……?」


コユキが、軽く尾を揺らしながら口を挟む。


「たとえば、『なんとなく近寄りたくない』『ここに入ろうとすると、別の場所に用事を思い出す』みたいなやつだね。無意識レベルで“やめておこうかな”って思わせる結界。心理操作型の一種」


「……それは確かに、物理バリアより自然でバレにくいな。侵入しようとする意欲自体を削るわけだし」


「ただし、維持するには、結界の中心点に“魔力供給の核”が必要になるわ。本体がいる場所──つまり、新大阪ゲート以外のゲートでもとなると難しいわ」


「新大阪ゲートだけで十分だよ。新大阪ゲートも九条さんのおかげで“誰も入れないようにする約束”は取れてる。けど……」


国際声明が出て、世界の温度が一段上がった今。

スキルを得るために法律や警備だけで止まらない“誰か”は、必ず出てくる。


「現実的な対策として、結界はありだと思うよ」


「私も賛成ね。どうせやるなら、“本能的に近づきたくなくなる領域”に仕上げましょう」


「言い方がちょっとホラーなんだよな……」


ディアの横顔を見ながら、小さく息をついた。


「よし。じゃあ今度、新大阪ゲートに行くときに、あそこに“結界”を作る準備しよう」


「ふふっ、いいわよ。世界にひとつだけの、“誰も近づきたくないゲート”を作ってあげる」


「その表現、本当にやめて……?」


苦笑しながら、僕はバットを握り直す。


訓練を切り上げて、物置部屋のサブゲートから現実世界に戻る。

シャワーで汗を流し、リビングのソファに沈み込む。


「……文明、最高」


思わず口から出た本音に、足元のラグでコユキの尻尾がぴこぴこと揺れた。

その横では、ミニチュアのディアがちょこんと座って、どこか満足げな顔をしている。


「今日のモンスター、なかなか良かったでしょう?結構こだわって調整したのよ?」


「……ああ。特にあの跳躍多めのやつ、間合い管理の練習になった。ああいういやらしい動き、ありがたい。そして出現仕方もかっこよかった」


「でしょ?だから──明日のおやつ、少し増量でお願いね?」


隣でコユキが、ラグに顔を半分埋めたまま、じとっとした目だけこちらに向けてくる。


「……交渉上手だよね、ディアって」


「当然でしょう?」


僕はスマホを手に取り、SNSや動画サイトをざっと流し見していく。


「契約モンスターお披露目会」

「俺の火魔法見てくれ!」

「ダンジョン3階クリアしてみた」


スキル自慢、実演動画、日常の切り抜き。

帰還者界隈の“見世物化”は、もう完全に始まっていた。


その一覧の中に、見覚えのある名前を見つける。


「……山田。チャンネルまで作ってるのか」


タップすると、派手なテロップとともに《ブレイズ・キャノン!!》の文字。

夜空を裂く爆光、カメラワーク、スロー再生、BGM。


(……演出盛りすぎでは?)


「はしゃいでるわね。帰還者ってだけで、アイドル扱い」


ディアが少しだけ呆れたように言う。


僕はそっと山田動画から離脱し、うさぎ系の契約モンスターと女の子がじゃれ合っている、平和な動画を再生した。


見ているだけで、なんか疲れが抜けていく。


……と、その瞬間。

横から、じっとした視線が刺さった。


「秀人……そういう趣味?」


「ち、違うって!単純に“癒し成分”を補充してるだけだから!ほら、お前たちも充分かわいいし!」


「言い訳はいいから、黙って撫でて。あと、必要な情報はちゃんと拾って」


コユキが冷静に突っ込む横で──ディアが、カップを置きながらちらりと僕を見る。


「……ふん。どうせ撫でるなら、あとで“私のほう”を優先しなさい……?」


わずかに拗ねた声音。

けれど、その奥に甘えがほんのり混じっている。


コユキがため息まじりに尻尾を揺らした。


(……うん。結局いちばん扱いが難しいのはディアだな)


世界のほうがどれだけ騒ごうと──この二人(?)がいる限り、僕は何とかやっていける気がした。


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