040話『世界が、ひとつ段階を上げた音がした』
ジャージを脱いでスーツに着替え、また淀屋橋の政府施設へ向かった。
新大阪ゲートに入ってから、まだ二十四時間も経っていない。
体は重い。正直、今日は一日休んでも罰は当たらないと思う。
……けれど、報告は報告だ。これは仕事でも同じだし、僕の性分でもある。
案内されたのは、昨日と同じ会議室。
今日は九条の姿はなく、柊さんが一人で資料をまとめていた。
「どうぞ」
「失礼します」
軽く会釈を交わし、僕はスマホから報告データを送る。
15階層までの進捗、遭遇した敵、確認できたスキルの概要──必要な情報は一通り揃っている。
今はAIアプリに向かって話すだけで、文書が自動で整う。便利と言えば便利だ。
「確認します」
タブレットを操作する柊さんの眉が、ゆっくりと動き──
あるポイントで、手が止まった。
「……15階層まで?」
「はい。そうなりました」
「昨日、“今日から一日こもる”と……確か、そう言ってましたよね?……一日で9階層、ですか」
「まあ、流れが良かったので」
柊さんは数秒、言葉を探すように黙った。
「……確認ですが、国内最高到達階層は現在“7階”です」
「一ノ瀬さんの記録ですね」
「海外だと、中国が12階。アメリカが11階。そしてあなたが、15階」
「……そうなんですね」
柊さんは、困ったような笑みを漏らした。
「……一応、聞きます。時任さん、何者なんですか?」
「会社員です」
「ですよね……」
タブレットを閉じると、柊さんは深く息を吐いた。
「内容は九条にも共有します。扱いには細心の注意を払います」
「ありがとうございます」
「……普通じゃないとは思っていましたが、“ここまで”とは」
「僕も正直、驚いてます。半分くらいは、流れに押された結果です」
軽く笑って返したけれど、心のどこかでは構えていた。
柊さんや九条さんは信用できる人だ。
人を見る目には、それなりに自信がある。
仕事で多くの担当者と向き合ってきた経験は、伊達じゃない。
けれど──
担当者がどれだけ筋を通してくれても、その上の決裁で急にひっくり返ることは珍しくない。
「昨日はOKと言っていたのに、上から“別案で”と言われて……」
「社内で調整した結果、そちらで追加負担をお願いします」
そんな“あるある”を、僕は何度も経験してきた。
まとまりかけた話が、次の会議で急に別物になる。
担当者が悪いわけじゃなく、“会社の事情”ひとつで状況は簡単に変わる。
だから──
柊さんや九条さんを信頼していても、組織全体まで無条件に信用するのは、違う。
僕は、油断しない。
社会っていうのは、そういうふうにできている。
帰宅するころには、外はもう完全に夜だった。
夕飯を作る気力はなく、冷蔵庫の残り物を温めて済ませた。
特訓は今日はなし。
コユキは丸くなり、尻尾だけがテーブルの端からひょこっと出ている。
ディアはブレスレットの中。
気配はあるが沈黙している。
……たぶん寝てる。微かな魔力の揺れが、呼吸のように見えた。
僕はソファに腰を落とし、スマホを開く。
まず目に飛び込んできたのは──#爆光男子。
「……山田、まだバズってるのか」
画面には爆光を背負う山田玲央。
スロー、エフェクト、火花。
もはや戦闘というよりMVだ。
「どこの戦隊ヒーローだよ……」
とはいえ、目立つのも才能だ。
“わかりやすい強さ”は扱いやすいだろうし、象徴としての価値もある。
僕には真似できない。
いや、そもそも方向性が違う。
スクロールした指が、ある動画で止まった。
荒野。砂塵。亀裂。
四本腕の熊型モンスターと、黒い戦闘服の兵士。
(……海外か)
再生する。
音がない。固定カメラで揺れもしない。
兵士の動きは訓練されたものだが、それでも押されていた。
モンスターの突進、銃撃、裂ける地面。
数分後、モンスターの巨体が崩れる。
画面には、英語の文字が浮かび上がった。
【|Skill Acquired《スキル獲得》】
【|Non-Gate-Guided Individual Detected《ゲートに選ばれし者ではない個体を検知》】
【|Condition Met: Solo Defeat of Boss-Class Entity《条件達成:ボスクラス個体の単独撃破》】
「……今の、本物か」
言葉が漏れた。
コユキの尾がゆっくり動いて、顔を出す。
「導かれた者じゃなくても、スキルは手に入る。……その証拠だね」
「ゲートに選ばれてなくても、ってことか」
「うん。“選ばれた枠”じゃなくても、条件次第で発現する。その映像を“意図的に記録した”ってこと」
「……これは、社会が静かでいられなくなるタイプのやつだな」
「強烈というより、“揺さぶりが大きすぎる”ね。見てよ──再生数、秒ごとに跳ね上がってる」
コユキが画面を覗き込む。
1021万、1022万……止まらない。
「……これは、もう誰も止められないな」
そのとき、テレビ画面が突然切り替わった。
「緊急速報です──」
テロップが走る。
【各国政府、スキル発現に関する国際声明を準備】
画面右下には──さっき僕が見た、あの荒野の動画のサムネイル。
僕は、小さく息を吐いた。
「……各国も“もう隠せない”って判断したか」
コユキは僕の横に腰を落として、画面をじっと見つめる。
「“事実”が一度ネットに流れたら、あとから隠すのは無理だよ。だから、いまは“整えて出す”段階。形だけでも情報を握っているように見せないと、国が持たない」
(……芸能スキャンダルも、だいたい同じだ)
最初の一枚の写真、
週刊誌の一報。
それだけで火がつく。
どれだけ事務所が隠そうとしても、いったん走り始めた噂は止まらない。
情報を開示して「把握しています。落ち着いて対処しています」という姿勢を見せるのも、沈静化のためには必要な“手順”。
その理由が、画面越しにひしひしと伝わってくる。
僕は画面を見たまま、静かに息を整えた。
……世界が、またひとつ段階を上げる音がした。
その段差は、もう誰が見ても無視できないほど大きい。
扱い方を間違えれば、簡単に踏み外す高さだ。
-----◆これまで出てきたスキルの説明◆-----
名前:時任 秀人
スキル:
■技能共有結 [初出:001話]
契約モンスターのスキルを借り受け、使用可能にする共鳴型リンクスキル。
※発動には集中力と魔力の維持が必要。リンク切れに注意。
■空間斬糸 [初出:039話]
空間に極細の魔力糸を張り巡らせ、見えない“斬撃網”を展開。触れた敵に切断+拘束。
持続系スキルで、トラップや牽制に向いている。
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※共有不可のスキル以外は、すべて技能共有結により秀人と共有可。
契約モンスター:コユキ
スキル:
■模写捕食 ※共有不可 [初出:002話]
対象(モンスターや人)の噛み摂取することでスキルを模写・吸収する能力。
■時間視界 [初出:003話]
一時的に周囲の動きをスローに感じ取り、敵の攻撃・行動の予兆を視認できるスキル。
回避やカウンター判断に有効。
■影移動 [初出:003話]
自身または周囲の影を通じて、短距離瞬間移動を行う空間跳躍系スキル。
■風景擬態 ※共有不可 [初出:007話]
背景に溶け込む迷彩能力。
■暗闇耐性・弱(常時発動) [初出:010話]
暗所での視覚を上昇させる常時発動型の感覚補正スキル。
■地形適応(常時発動) [初出:021話]
泥濘、砂地、瓦礫などの足場が不安定な場所でも安定して行動可能になる。
火球術 ※共有可 [初出:022話]
火属性の魔力を一点に集中させ、小型火球として射出する攻撃スキル。
爆風よりも「命中精度」と「即応性」に優れるため、乱戦の牽制にも適している。
■精霊導読(常時発動) [初出:022話]
周囲に漂う“魔力の揺らぎ”や“気配の粒”を読み取り、人には聞こえない微細な情報を感知するスキル。
気配探知・危険・地形の変化などを察する。
■勇刻励起 ※共有可 [初出:023話]
対象者の身体能力を短時間だけ底上げする活性化スキル。
負荷を最小限に抑えつつ“ここぞ”の瞬間を支える、瞬間強化系の補助。
■護環結界 ※共有可 [初出:023話]
淡い霧状の防御膜を展開し、物理・魔法双方の衝撃を軽減する防御スキル。
衝撃吸収と視線遮断の二役を担うため、後退・体勢立て直しにも有効。
■癒光循環 ※共有可 [初出:023話]
淡い光を身体に巡らせ、表層の傷・疲労・出血を速やかに安定化させる治癒スキル。
“戦闘継続のための応急回復”として優秀で、長期戦の支えとなる。
■風流操作 ※共有可 [初出:023話]
局所的な気流の“流れ”を操作するスキル。
味方の移動補助や敵の軌道乱しに加え、気流を一点へ圧縮することで切断めいた風圧攻撃や、小規模の突風衝撃として扱うこともできる。
細かな調整が可能なため、サポートと攻撃を両立する器用型スキル。
■水環創生 ※共有可 [初出:023話]
水分子を局所的に集束させ、使用者の周囲または指定位置に“水環”を形成するスキル。
主用途は、冷却・浄化・拘束・足止めなどの補助だが、水環を高速回転させれば刃のような水圧斬撃、圧縮すれば打撃性の水球衝撃として扱うこともできる。
■連撃魔弾 [初出:030話]
短時間で複数の魔力弾を連射する高DPS攻撃魔弾。
■光幻身 [初出:024話]
自分の動きを追うような残像を発生させる撹乱スキル。
■重圧跳躍 [初出:024話]
魔力を用いて足下に押し込み、圧縮跳躍によって高く跳ぶスキル。
■結界防壁 [初出:027話]
半球状の魔力の盾を展開し、魔法や飛び道具から味方を守る防御スキル。
敵との間に壁を生むような戦術使用も可能。
■威圧[初出:027話]
精神的・魔力的プレッシャーを放ち、周囲の敵に萎縮・硬直を与えるスキル。
戦意喪失、怯み誘発、足止めなどに効果的。
■氷牙凍結[初出:027話]
対象に触れた部位を局所凍結させる敵の動きを鈍らせるデバフスキル。
■帯電衝 [初出:039話]
近接攻撃時に敵を麻痺させる電撃付与系スキル
■煙幕顕現 [初出:039話]
魔力煙を発生させて視界を遮断するスキル。撤退・奇襲・陽動に有用。
■竜転轟 ※共有不可 [初出:039話]
高速回転で敵を巻き込む突進スキル。
■鳴破喚 [初出:039話]
高音波で混乱・錯乱を誘発する妨害スキル。
■偽映結界(常時発動) [初出:039話]
事前設定した“偽のステータス”で常時情報を偽装する補助スキル。
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血の契約&魂魄契約(仮):クラウディア=ノクティア・ブラッドヴェイン
愛称:ディア
種族:始祖ヴァンパイア
レベル:不明
スキル:
■状態異常耐性(常時発動) [初出:018話]
毒・麻痺・暗闇・混乱などの状態異常を無効化する完全耐性スキル。
■再生(常時発動) [初出:015話]
肉体および魔力構造の微細な損傷を、常時ゆるやかに修復し続ける再生能力。
出血・打撲・筋繊維の断裂などは短時間で自然治癒方向へ傾き、深い傷などの回復速度も通常個体より大幅に向上する。
■不老幻姿(常時発動) [初出:015話]
年齢の見た目を自在に保ちつつ、老化を拒むスキル。
■影縫い ※上限により共有不可 [初出:015話]
対象の影を拘束し、数秒間の行動不能を与えるスキル。




