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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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039話『静かな快進撃』

目の前には転送陣と帰還ゲート。

ゆらゆら揺れる転送陣の光が、洞窟の壁を淡く照らしていた。


「……ふー」


バットを肩にかつぎ直して、その場にしゃがみ込む。

今日だけで何度も戦ってきたせいで、脚にじわっと疲労が乗ってくる。


コユキが、僕の隣にちょこんと座った。


「おつかれさま、秀人」


尻尾が小さく揺れている。

この距離感になると、不思議なくらい気持ちが落ち着いた。


「一日で9階層って、働きすぎよ」


ディアが肩へふわりと降りてくる。

ミニチュアでも存在感は変わらず、静かに空気の流れを変える。


「でも……まぁ、ずっとレベル上げしてたのが、ようやく“前に進んだ”って感じはある」


「ええ。あなたがそう思うなら、それが一番よ」


ただの周回じゃない。

ゲームで言うところの“メインが動き出した”手応えに近い。


ふと思い出す。


「そういえば……途中で一回休憩したよな。9階クリア直後の転送陣の前で」


あそこで座ったときの湿気や苔の匂い、やっぱり思い出せる。

あの休憩が、今日の区切りみたいなものだった。


その“休憩時間”──


9階でモンスターの気配が途切れ、転送陣だけが静かに光を放っていた。

湿った石の匂いと、やわらかいランタンの灯り。

こういう時だけは、ゲートの中だって忘れてしまいそうになる。


「今のうちに休憩しましょ。ここはもう安全圏よ」


ディアが影から手をかざすと、次々と物資が並ぶ。


保存食。水筒。折り畳みランタン。

見慣れた湯沸かし器まで出てきた。


「……ディア、それもう趣味の領域だぞ」


「ふふ。準備を怠らないだけよ」


淡々と紅茶を淹れ始めるのだから、タチが悪い。


(ネットショップで購入した物が消える理由、やっと理解した……)


コユキは渡された食料を丁寧に並べ、なぜかカトラリーまで影から出して並べていく。


「……僕の影、絶対非常食倉庫になってるだろ」


「え? 置いておくと便利だから……だめ?」


わざとらしくしゅん、とする感じ。


ランタンの光の中で、石の天井が近く見えた。

思っていたよりも、この静けさが心地よかった。


「……こういう時間が一番落ち着くの、なんでだろう」


「戦いながら気を張ってたからだよ。今は“素”に戻れるからじゃない?」


コユキのその一言に、なんとなく納得した。


たしかに……ずっと静かな場所にいると、それが当たり前になって、ありがたみも薄れていく。

でも、頑張ったあとに訪れる静けさは、まるで別物だ。

緊張の残り香が抜けていくあの瞬間──その“落ち着き”こそ、たぶん人間にとってご褒美みたいなものなんだろう。


ミニチュアのディアが紅茶を差し出しつつ、優しく微笑む。


「このあと、すぐだったものね。あれが出てきたのは」



──10階。


空気が変わり、通路を抜けた瞬間──地鳴り。


ズン……ッ。


重い震えが足元から響き、巨大な影が揺れた。


姿を現したのは、全身が岩の装甲に覆われた巨獣。


「岩獣王グロマスよ」


「名前からして脳筋だな……」


「動きは遅いが一撃が重い。油断は禁物よ」


僕は深く息を吸い、バットを握り直す。


「正面から殴り合いはしない。誘導、分断、背後」


「了解。影で動線切る。影移動(シャドウ・シフト)


影の中へ滑り込み、瞬時に真横へワープ。


が──


グロマスは振り返りざま拳を打ち下ろす。

その拳が地面を叩くと、衝撃波が走る。


「っ……これ、振り下ろしで地形ごと揺らしてくるのかよ!」


「魔力感知で追ってる。位置、読まれてるね」


“視界”じゃなく“魔力の流れ”を追うタイプか。


「なら、魔力そのものを乱す!」


コユキが指を鳴らす。


煙幕顕現(スモークジェネレート)!」


白い魔力煙が一気に広がり、視界も魔力感知も乱す。


「よし……!」


すぐに僕は瞳に魔力を集中させる。


時間視界(クロノサイト)


視界の動きがスローに変わる。


グロマスの体重移動、腕の軌道、呼吸の間隔。

すべてが読める。


「行く!」


影から跳び出し、背後へ──

拳の振り下ろしをひらりとかわし、空中で反転。


勇刻励起(ブレイヴ・インパルス)アンド風流操作(エア・ルーメ)!」


「今!」


全身が加速する。

一点に狙いを絞り、風をバットへ──


「喰らえっ!!」


ズガァンッ!!!


後頭部の合わせ目に叩き込んだ瞬間、グロマスの動きが止まり、崩れた。


光の粒が舞い上がる。


《スキル獲得:空間斬糸〈スペース・スレッド〉》


「よし……!」


バットを地面につき、息を吐く。

嬉しさが静かに胸へ染み込んでくる。


(二つ目の“固有”スキルか……)


「完勝ね。少しは手こずったけれど」


「コユキ、さらっと辛口だな……」


軽く受け流しながらも、頭の中ではすでに別のことを考えていた。


(空間に糸……不可視の切断・拘束。影移動と組み合わせれば、誘導ルートを作れるし、分断にも使える。範囲の広さ、持続時間、糸の強度、張り方……帰ったら全部試しておく必要があるな)


小さな達成感。

その下で、次の段取りを淡々と並べていく自分がいる。


(……こういうの、嫌いじゃないな)


自然と口元が緩んだ。



──そして今日の総収穫。


コユキが指を折りながら言う。


「……今回で模写したスキル、五つ」


「五つ、か」


脳内でひとつずつ回想する。



◆7階層──帯電虫


見た目は地味なのに、触れた瞬間に容赦なく感電させてくるタイプ。

ただ、動きのパターンは単純で模写しやすかった。


【スキル取得:帯電衝(スタティックチャージ)

→ 近接攻撃に電撃を付与するスキル。


「……で、それを使って僕の袖に触れてきたのは、どういうつもりなんだ?」


「誤差だよ。たぶん──」


「誤差で感電とか聞いたことない……」


コユキは悪びれず尻尾を揺らすだけ。

怒る気にもならず、軽くため息をついた。



■8階層──煙狐型


姿を消して逃げ回ることに全振りしたタイプ。


【スキル取得:煙幕顕現(スモークジェネレート)

→ 魔力煙を展開して視界を遮断。奇襲・撤退・陽動に有効。


「……それにしても、この煙。僕が食事してるときにだけ使うのは、やめてもらえると助かる」


「たまたまタイミングが重なっただけだよ」


「“たまたま”が三回続くと、もう偶然じゃない気がしてくるんだが」


コユキは尻尾だけ軽く揺らし、全く悪びれる様子がない。

苦情として言ったつもりが、軽く流されてしまった。



◆11階層──回転爬虫類


回転しながら突っ込んでくる、分かりやすい物理特化タイプ。

攻撃自体は単純だが、目が回るのが難点だった。


【スキル取得:竜転轟(デスロール)

→ 高速回転で突進し、敵を巻き込む突破スキル。


「……回転系は、正直ちょっと酔う」


コユキが小さく肩を揺らした。


「回ってる姿、ちょっと可愛いところもあったけど」


「それは言わなくていい」


思わず目をそらした。



◆13階層──音波ネコ型


かわいい見た目をして、音波で脳を直接揺らしてくる厄介な敵。

属性として対処しにくい分、スキルの取得は大きい。


【スキル取得:鳴破喚(ソニックミャウ)

→ 高音波による混乱・錯乱の妨害スキル。


「……脳に響くタイプの攻撃は苦手なんだよな」


「でも、自分で対処できない属性を補えるのは貴重だよ」


確かに、それは大きい。

ただ──


「僕がこのスキル使ったら、仲間の精神まで削られる未来しか見えない」


「うん、事実だから困る」


そこは否定してほしかった。



◆14階層──ミミック型


古典的と言えば古典的だが、開けたくなる気持ちは止められない。

……そして案の定だった。


【スキル取得:偽映結界(ミラーシェード)

→ 事前設定した“偽のステータス”で常時情報を偽装する補助スキル。


「……結果論だけど、やっぱ開けるんだな、こういうの」


「ミミックだった時点で、もう避けられない運命だよ」


その時、肩の上でディアがふっと微笑む。


「ふふ……“仮面を使い分ける男”になったのね」


「ほんと、収穫としては悪くなかったわ。“秀人:一般人(戦闘力1)”みたいな顔もできる」


「いや、ツッコミどころ多すぎて整理が追いついてないんだが……」


結局、僕が対応に追われる構図は変わらないらしい。



一日で本当に駆け抜けたんだな、と我ながら思う。

コユキのボケにツッコミ入れたり、スキル検証で右往左往したり、ディアが静かにドヤ顔したり……

見返せば騒がしい一日だったけど、それでも確かに前に進めていた。


帰還ゲートが淡く揺れている。


「……よし。今日はここまで、だな。あとは報告して帰るだけ」


コユキが大きく伸びをしながら呟く。


「うん。今日はほんとよく頑張ったと思うよ」


「影で荷物出したりしまったり、こっちも忙しかったのよ?」


ディアが肩の上で腕を組む。

確かに、影の倉庫化も、補助も、彼女が支えてくれた。


「……まあ、ディアから借りてる再生(リジェネ)がなかったら、途中で息切れしてたし、状態異常耐性(アブノーマルシールド)なかったら、絶対どっかで倒れてたわ」


「そうね。“支えられてた”自覚があるなら及第点よ」


「ほんと素直じゃないよな……」


「ふふ。あなたが頼ってくれるなら、それで十分よ?」


さらりと甘いのに、どこか艶っぽい。

最近、こういう温度差があるから調子が狂う。


「……ディアさまさまだな、今日は」


ディアが小さく顎を上げて、意味ありげに微笑んだ。


「もっと言ってもいいのよ?──今夜、その“続き”を聞かせてもらえるなら」


「……いや、それ普通に意味深すぎない?」


「気のせいじゃなくて?」


「それぐらいにしなさい……二人とも」


コユキが呆れた声で割り込む。


それでも──温かい。

この二人がいてくれるから、僕はこうして長時間ゲートに潜れている。


「よし。じゃあ──帰るか」


帰還ゲートの黒い光が、ゆらりと揺らめく。


その中へ、静かに踏み入れた。


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