039話『静かな快進撃』
目の前には転送陣と帰還ゲート。
ゆらゆら揺れる転送陣の光が、洞窟の壁を淡く照らしていた。
「……ふー」
バットを肩にかつぎ直して、その場にしゃがみ込む。
今日だけで何度も戦ってきたせいで、脚にじわっと疲労が乗ってくる。
コユキが、僕の隣にちょこんと座った。
「おつかれさま、秀人」
尻尾が小さく揺れている。
この距離感になると、不思議なくらい気持ちが落ち着いた。
「一日で9階層って、働きすぎよ」
ディアが肩へふわりと降りてくる。
ミニチュアでも存在感は変わらず、静かに空気の流れを変える。
「でも……まぁ、ずっとレベル上げしてたのが、ようやく“前に進んだ”って感じはある」
「ええ。あなたがそう思うなら、それが一番よ」
ただの周回じゃない。
ゲームで言うところの“メインが動き出した”手応えに近い。
ふと思い出す。
「そういえば……途中で一回休憩したよな。9階クリア直後の転送陣の前で」
あそこで座ったときの湿気や苔の匂い、やっぱり思い出せる。
あの休憩が、今日の区切りみたいなものだった。
その“休憩時間”──
9階でモンスターの気配が途切れ、転送陣だけが静かに光を放っていた。
湿った石の匂いと、やわらかいランタンの灯り。
こういう時だけは、ゲートの中だって忘れてしまいそうになる。
「今のうちに休憩しましょ。ここはもう安全圏よ」
ディアが影から手をかざすと、次々と物資が並ぶ。
保存食。水筒。折り畳みランタン。
見慣れた湯沸かし器まで出てきた。
「……ディア、それもう趣味の領域だぞ」
「ふふ。準備を怠らないだけよ」
淡々と紅茶を淹れ始めるのだから、タチが悪い。
(ネットショップで購入した物が消える理由、やっと理解した……)
コユキは渡された食料を丁寧に並べ、なぜかカトラリーまで影から出して並べていく。
「……僕の影、絶対非常食倉庫になってるだろ」
「え? 置いておくと便利だから……だめ?」
わざとらしくしゅん、とする感じ。
ランタンの光の中で、石の天井が近く見えた。
思っていたよりも、この静けさが心地よかった。
「……こういう時間が一番落ち着くの、なんでだろう」
「戦いながら気を張ってたからだよ。今は“素”に戻れるからじゃない?」
コユキのその一言に、なんとなく納得した。
たしかに……ずっと静かな場所にいると、それが当たり前になって、ありがたみも薄れていく。
でも、頑張ったあとに訪れる静けさは、まるで別物だ。
緊張の残り香が抜けていくあの瞬間──その“落ち着き”こそ、たぶん人間にとってご褒美みたいなものなんだろう。
ミニチュアのディアが紅茶を差し出しつつ、優しく微笑む。
「このあと、すぐだったものね。あれが出てきたのは」
──10階。
空気が変わり、通路を抜けた瞬間──地鳴り。
ズン……ッ。
重い震えが足元から響き、巨大な影が揺れた。
姿を現したのは、全身が岩の装甲に覆われた巨獣。
「岩獣王グロマスよ」
「名前からして脳筋だな……」
「動きは遅いが一撃が重い。油断は禁物よ」
僕は深く息を吸い、バットを握り直す。
「正面から殴り合いはしない。誘導、分断、背後」
「了解。影で動線切る。影移動」
影の中へ滑り込み、瞬時に真横へワープ。
が──
グロマスは振り返りざま拳を打ち下ろす。
その拳が地面を叩くと、衝撃波が走る。
「っ……これ、振り下ろしで地形ごと揺らしてくるのかよ!」
「魔力感知で追ってる。位置、読まれてるね」
“視界”じゃなく“魔力の流れ”を追うタイプか。
「なら、魔力そのものを乱す!」
コユキが指を鳴らす。
「煙幕顕現!」
白い魔力煙が一気に広がり、視界も魔力感知も乱す。
「よし……!」
すぐに僕は瞳に魔力を集中させる。
「時間視界」
視界の動きがスローに変わる。
グロマスの体重移動、腕の軌道、呼吸の間隔。
すべてが読める。
「行く!」
影から跳び出し、背後へ──
拳の振り下ろしをひらりとかわし、空中で反転。
「勇刻励起アンド風流操作!」
「今!」
全身が加速する。
一点に狙いを絞り、風をバットへ──
「喰らえっ!!」
ズガァンッ!!!
後頭部の合わせ目に叩き込んだ瞬間、グロマスの動きが止まり、崩れた。
光の粒が舞い上がる。
《スキル獲得:空間斬糸〈スペース・スレッド〉》
「よし……!」
バットを地面につき、息を吐く。
嬉しさが静かに胸へ染み込んでくる。
(二つ目の“固有”スキルか……)
「完勝ね。少しは手こずったけれど」
「コユキ、さらっと辛口だな……」
軽く受け流しながらも、頭の中ではすでに別のことを考えていた。
(空間に糸……不可視の切断・拘束。影移動と組み合わせれば、誘導ルートを作れるし、分断にも使える。範囲の広さ、持続時間、糸の強度、張り方……帰ったら全部試しておく必要があるな)
小さな達成感。
その下で、次の段取りを淡々と並べていく自分がいる。
(……こういうの、嫌いじゃないな)
自然と口元が緩んだ。
──そして今日の総収穫。
コユキが指を折りながら言う。
「……今回で模写したスキル、五つ」
「五つ、か」
脳内でひとつずつ回想する。
◆7階層──帯電虫
見た目は地味なのに、触れた瞬間に容赦なく感電させてくるタイプ。
ただ、動きのパターンは単純で模写しやすかった。
【スキル取得:帯電衝】
→ 近接攻撃に電撃を付与するスキル。
「……で、それを使って僕の袖に触れてきたのは、どういうつもりなんだ?」
「誤差だよ。たぶん──」
「誤差で感電とか聞いたことない……」
コユキは悪びれず尻尾を揺らすだけ。
怒る気にもならず、軽くため息をついた。
■8階層──煙狐型
姿を消して逃げ回ることに全振りしたタイプ。
【スキル取得:煙幕顕現】
→ 魔力煙を展開して視界を遮断。奇襲・撤退・陽動に有効。
「……それにしても、この煙。僕が食事してるときにだけ使うのは、やめてもらえると助かる」
「たまたまタイミングが重なっただけだよ」
「“たまたま”が三回続くと、もう偶然じゃない気がしてくるんだが」
コユキは尻尾だけ軽く揺らし、全く悪びれる様子がない。
苦情として言ったつもりが、軽く流されてしまった。
◆11階層──回転爬虫類
回転しながら突っ込んでくる、分かりやすい物理特化タイプ。
攻撃自体は単純だが、目が回るのが難点だった。
【スキル取得:竜転轟】
→ 高速回転で突進し、敵を巻き込む突破スキル。
「……回転系は、正直ちょっと酔う」
コユキが小さく肩を揺らした。
「回ってる姿、ちょっと可愛いところもあったけど」
「それは言わなくていい」
思わず目をそらした。
◆13階層──音波ネコ型
かわいい見た目をして、音波で脳を直接揺らしてくる厄介な敵。
属性として対処しにくい分、スキルの取得は大きい。
【スキル取得:鳴破喚】
→ 高音波による混乱・錯乱の妨害スキル。
「……脳に響くタイプの攻撃は苦手なんだよな」
「でも、自分で対処できない属性を補えるのは貴重だよ」
確かに、それは大きい。
ただ──
「僕がこのスキル使ったら、仲間の精神まで削られる未来しか見えない」
「うん、事実だから困る」
そこは否定してほしかった。
◆14階層──ミミック型
古典的と言えば古典的だが、開けたくなる気持ちは止められない。
……そして案の定だった。
【スキル取得:偽映結界】
→ 事前設定した“偽のステータス”で常時情報を偽装する補助スキル。
「……結果論だけど、やっぱ開けるんだな、こういうの」
「ミミックだった時点で、もう避けられない運命だよ」
その時、肩の上でディアがふっと微笑む。
「ふふ……“仮面を使い分ける男”になったのね」
「ほんと、収穫としては悪くなかったわ。“秀人:一般人(戦闘力1)”みたいな顔もできる」
「いや、ツッコミどころ多すぎて整理が追いついてないんだが……」
結局、僕が対応に追われる構図は変わらないらしい。
一日で本当に駆け抜けたんだな、と我ながら思う。
コユキのボケにツッコミ入れたり、スキル検証で右往左往したり、ディアが静かにドヤ顔したり……
見返せば騒がしい一日だったけど、それでも確かに前に進めていた。
帰還ゲートが淡く揺れている。
「……よし。今日はここまで、だな。あとは報告して帰るだけ」
コユキが大きく伸びをしながら呟く。
「うん。今日はほんとよく頑張ったと思うよ」
「影で荷物出したりしまったり、こっちも忙しかったのよ?」
ディアが肩の上で腕を組む。
確かに、影の倉庫化も、補助も、彼女が支えてくれた。
「……まあ、ディアから借りてる再生がなかったら、途中で息切れしてたし、状態異常耐性なかったら、絶対どっかで倒れてたわ」
「そうね。“支えられてた”自覚があるなら及第点よ」
「ほんと素直じゃないよな……」
「ふふ。あなたが頼ってくれるなら、それで十分よ?」
さらりと甘いのに、どこか艶っぽい。
最近、こういう温度差があるから調子が狂う。
「……ディアさまさまだな、今日は」
ディアが小さく顎を上げて、意味ありげに微笑んだ。
「もっと言ってもいいのよ?──今夜、その“続き”を聞かせてもらえるなら」
「……いや、それ普通に意味深すぎない?」
「気のせいじゃなくて?」
「それぐらいにしなさい……二人とも」
コユキが呆れた声で割り込む。
それでも──温かい。
この二人がいてくれるから、僕はこうして長時間ゲートに潜れている。
「よし。じゃあ──帰るか」
帰還ゲートの黒い光が、ゆらりと揺らめく。
その中へ、静かに踏み入れた。




