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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第四章:月は静かに見ていた

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038話『不可侵領域の確約』

案内された会議室に入ると、そこには柊さんだけでなく、九条さんの姿もあった。


(……今日は二人セットか)


「お世話になります」


「お疲れさまです、時任さん」


柊さんはいつも通り、隙のないスーツ姿。

対して九条さんは──ネクタイが微妙に曲がっていて、目の下にははっきりとしたクマ。


「お疲れさまです。九条さんまでご同席とは、珍しいですね」


そう声をかけると、九条さんは額をぐっと押さえた。


「……珍しくもなるだろ。だいたいお前のせいだ、時任」


「え?」


「名古屋ゲートの山田玲央のメディア対応。お前の“無茶な条件”の整理。それに伴う報告書、記者会見用の草案、内閣側との調整──それに加えての協力条件……」


一つひとつ指を折りながら、恨み節のように並べていく。


「俺のスケジュールは、綺麗に崩壊した」


想像以上に生々しいダメージ報告だった。


「……それは、本当にすみません」


素直に頭を下げる。

昨日、自分が出した要求が、相当な“面倒コース”だったことは分かっている。


隣で、柊さんが小さく会釈する。


「……申し訳ありません。私からも、フォローが足りず」


九条さんは、しばらく天井を仰いでから、大きく息を吐いた。


「……で。昨日の件だ」


空気が切り替わる。

さっきまでの愚痴混じりのトーンが、仕事モードへと戻った。


「小型ゲートを3階層ではなく、8階層まで一気に攻略する。報酬は3階層クリア時点の基準でいい。ただし、クリアした階層数は政府だけが把握し、他の帰還者には伏せる」


一つひとつ確認するように言葉が並ぶ。


「そして、もう一つ。新大阪ゲートには、政府関係者を含めて誰一人として立ち入らせない。誰かが勝手に入れば、その時点で君は今後一切の協力をやめる」


「はい。間違いありません」


短く答えると、数秒だけ沈黙が落ちた。

そのあとで、九条さんは、ぽつりと呟く。


「……しぶしぶだが、了承する」


静かに、胸の奥でガッツポーズを取る。

ここが通らなければ、また別の面倒な選択を考えなければならなかった。


「ありがとうございます」


素直に頭を下げると、九条さんは肩を回しながら、にじむような声で続けた。


「ただし、ルールは守れ。勝手な拡大解釈はなしだ。そっちが誠実に動くなら、こちらも必要以上の干渉はしない」


「承知しています。約束は守ります」


「……なら、いい」


そのやり取りを聞きながら、柊さんがふっと目元を緩めた。

わずかに表情が柔らかくなっている。


「小型ゲートの割り振りについては、現在調整中です」


九条さんが資料を閉じ、こめかみを押さえる。


「君の希望どおり、“電車で片道2時間以内・日帰り圏内”という条件をつけたせいで、候補がかなり絞られていてな」


「……ご迷惑をおかけします」


「まあいい。そのぶん、他とのバランスも取りやすい。いずれにせよ、数日中には割り振りを確定させる。それまでの間──」


そこで一度、僕をまっすぐに見る。


「新大阪ゲートを進めておいてくれ」


(……よし)


胸の奥で、小さくガッツポーズを取る。


「承知しました」


自然と背筋が伸びる。


「で……実際のところ、君はどこまで進めるつもりなんだ?」


強さの“踏み込み確認”。

質問自体はシンプルだが、答え方ひとつで、今後の扱いが変わる類の問いだ。


一拍置いて、息を整える。


「最終的には、90階層を目指します」


空気が、わずかに重くなる。


「ただ……現時点で“確実にクリアできる”と言い切れるのは、40階層までだと考えています」


九条さんの視線が、さらに鋭くなった。


「……なぜ、そう判断した」


「一ノ瀬さんを助けたときの戦闘で、“自分の限界”と“まだ余裕があるライン”が、ある程度見えました」


「……あの時の“41階層のデビル”か」


「はい。ご存知の通り、あれは通常なら辿り着けない階層のモンスターでした。けど──実際に戦って、“どこまで通用するのか”を自分の体で理解できたんです」


九条さんの視線が、ほんのわずかに鋭さを和らげた。


「なるほど……契約モンスターやスキルとの相性もか?」


「それも要素のひとつですが……」


言葉を選び、少しだけ視線を伏せる。


「詳しい内容については、できれば詮索しないでいただきたいです」


沈黙。

数秒後、九条さんは静かに息を吐いた。


「……こちらを信用しているからこそ、そこまでは正直に言った。そう理解していいな?」


「はい」


「なら、こちらも“それ以上”は踏み込まない。その代わり──」


九条さんは指先で机を軽く叩き、言い方を改める。


「クリアした階層や、その時の状況だけは正直に報告してくれ。できれば……各階層の“特徴”や“変化点”も分かる範囲で教えてほしい」


「……というと?」


「大型ゲートは、まだまだ未知が多い。上層に行くほど情報がない。政府としても、“階層ごとのデータ”を少しでも蓄積したいんだ」


たしかに、九条さんの言う通りだった。

上の階層ほど、まだ到達した帰還者が存在しない。


「もちろん、危険を冒してまで詳細を調べろ、とは言わない。君が進む予定の40階層あたりまでは、何か気づいた点があれば、でいい」


「……分かりました。報告内容は整理してお伝えします」


「助かる」


短く頷き合う。

ほんの少しだけ、信頼のラインが深まった気がした。


「ちなみに──」


念のため、もうひとつ確認しておく。


「今日、このあと……新大阪ゲートに入っても問題ありませんか?」


九条さんは、わずかに目を細め、それから小さくうなずいた。


「許可する。ただし、くれぐれも無茶はするな」


「はい。今日はこのあと、そのまま新大阪へ向かいます。中で丸一日使うつもりなので、明日の夕方に、いったん報告に戻ります」


「……明日の仕事は?」


「有給を出しておきます」


柊さんが、半ば呆れたように口を開く。


「そんなに長時間ゲートにこもる人、他にいませんよ?テントでも持ち込むおつもりですか」


「いえ、寝袋です。携帯食と水も一通り」


「真面目なんだか、ふざけているのか分かりませんね。無茶をするなと言われたばかりなのに……」


「すみません……」


苦笑しながら、カバンの中身を思い浮かべる。

ディアの影の中には、すでに“ゲート用の一式”が詰め込まれているはずだ。


政府施設を出て、そのまま電車で新大阪方面へ向かう。


揺れる車内でスマホを取り出し、会社の勤怠システムにアクセス。


「……よし。有給申請、送信っと」


今日の会議で、プロジェクトは、どのみち“外部状況の様子見”で一時停止気味だ。

明日一日いなくても、致命的な支障は出ないだろう。


(何かあっても、サブマネが何とかしてくれる……はず)


夕方、新大阪駅に到着。

そこから“新大阪ゲート管理施設”に立ち寄り、手続きを済ませる。


受付の隊員たちとも、もうすっかり顔見知りだ。


「本日は、入場ですか?」


「はい」


最低限の確認だけ済ませ、ジャージ姿に着替える。

荷物の重さを、改めて肩で確認する。


ゲート前に立ち、ゆっくりと息を吸い込んだ。


『──コユキ、ディア。準備はいいか』


『うん。いつでもいけるよ』


『ええ。あなたが行くというなら、どこへでも付き合うわ』


影が静かに揺らぎ、ブレスレットが淡くきらめく。


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