037話『作られたヒーロー、背負った静寂』
翌朝。
外の空気を確かめたくて、この日は在宅ではなく出社を選んだ。
通勤電車は、いつも以上に静かだった。
昨日までの“ガラガラな日常”に、目に見えない緊張が一枚、薄く重なった感じだ。
車内モニターでは、同じニュースが何度も流れている。
《政府、“スタンピード”に関する正式声明を発表──》
《ゲートの階層構造と暴走周期を説明。“日数パターン”を公表──》
《帰還者の証言では、コアの破壊によりスタンピードは停止──》
アナウンサーの声は落ち着いているのに、内容だけは完全に“戦時モード”だ。
スマホを開けば、タイムラインは昨日の政府発表と、岐阜のスタンピードの話題で埋まっていた。
《ゲートって、もはや爆弾じゃん……》
《17日放置したら街ごとアウトってこと?》
《帰還者の存在、もっと早く公表してよ……命かかってるのに》
《国、どこまで隠してたんだ?》
(……まあ、こうなるよな)
情報を知ることは、本来なら安心につながるはずだ。
ただ今回ばかりは、理屈を知ったことで“現実としての怖さ”が立ち上がってしまった。
街のどこにゲートがあるかなんて、俺たち帰還者でさえ知らされないケースがある。
一般の感覚からすれば、“どこの真下にタイマー付きの爆弾が埋まっているか分からない”に近いだろう。
スタンピードの理論が整っているぶん、その「確実性」が、余計に神経を削る起爆タイマーみたいに見える。
同じ画面を指でスクロールすると、別の声も目に入った。
《やっぱスキル持ちチートすぎ!》
《契約モンスターとかズルい。俺も欲しい》
《冒険者になって一発逆転したい》
不安と羨望、怒りと熱狂。
感情のベクトルは、綺麗なぐらい真逆に割れている。
(スタンピードそのものより、“受け止める側”の方が揺れてるな……)
常識が崩れ、ルールが書き換わり、立場が入れ替わる。
今起きているのは、その“揺れ始め”だ。
もし、自分が帰還者じゃなかったとしたら──どう感じていただろう。
こんなニュースが流れても「まぁ仕事あるし」と淡々と日常を続けていた気もするし、一方で、帰還者やスキルに対して、どこかで憧れを抱いていたかもしれない。
冷めた視線が七割。
それでも、残り三割くらいは「もし自分にも何か起きたら」と夢を見る。
そんな気がする。
ただ、今大事なのは“もしもの僕”じゃなく、いまここにいる“帰還者としての僕”だ。
僕は、自分の足元を見失わないようにしておきたい。
世間が騒ぎ、ぶつかり合っている間に、静かに準備を進める。
そうしておかないと、気づいたときには波にのまれて、立ち位置を失っている。
午前中は会議を二本。
どちらも、昨日の政府発表を受けた上での「今後の事業の見通し」が議題に組み込まれていた。
みんな、平静を装ってはいるけれど、根っこのところではざわついている。
“世界がおかしくなったとき、自分の会社や仕事はどうなるのか”。
その不安は、程度の差こそあれ共有されていた。
昼。
自席でコンビニ弁当をつつきながら、スマホでニュース動画を流す。
ちょうど、見覚えのあるテロップが映った。
《速報! 岐阜県の小型ゲートで“スタンピードを止めた男”が話題に!》
「あー……」
思わず、声が漏れる。
画面いっぱいに、派手な火炎エフェクト。
その中心から、スーツ姿の若い男がキメ顔で飛び出してくる。
《山田玲央さん、28歳。名古屋ゲートの帰還者。“爆光投射”の使い手として注目されています!》
昨日、岐阜のスタンピードでコアを破壊し、“スタンピードを止めた男”として持ち上げられている人物だ。
ワックスで無理やり立ち上げた髪。
慣れていないのが丸分かりな、胸元を少し開けたシャツ。
番組スタッフと一緒に鏡の前で、何度も“良さげな角度”を確認したんだろうなと想像できる、ぎこちない斜めポーズ。
その横には、背中から炎をまき散らす鳥型モンスター──フレアホークが、これでもかとド派手に舞っていた。
演出だけ見れば、完璧だ。
《山田さんは、スタンピード発生中のゲート近くに偶然居合わせ、単身で突入。そして、コアを破壊して暴走を食い止めたとのことです!》
「“偶然”ね……帰還者管理局が絵コンテ切ったろ、これ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、缶コーヒーのプルトップを引く。
スタジオではアナウンサーがテンション高めに持ち上げ、
解説員も「冷静な判断と行動力」「期待の若手帰還者」といったフレーズを連発。
その合間にも、爆光投射のシーンが何度もリプレイされる。
斜面から飛び出し、爆炎と爆風を巻き上げながら“コアの模型”に向かって一撃。
爆煙の中から、キメ顔で着地してカメラへウィンク。
“テレビのヒーロー像”としては、満点だ。
スマホでSNSを開くと、案の定トレンドが埋まっている。
《#スタンピードブレイカー》
《#爆光男子》
《#フレアホーク無双》
(……完全に、お祭りコースだな)
「ヒーローってのは、やっぱ“見せ方”がすべてなんだな……」
『演出8割だよ』
いきなり返事が返ってきて、箸が止まった。
『……コユキ。今どこにいる』
『ちゃんと影の中。声だけ参加モード』
(影の中なら、防犯カメラにも映らないから助かる)
『で、どう見える? あの山田って人』
『“映像映え”って意味では優秀だね。スキルも派手だし、ノリも分かりやすい。でも、実力は……“自信を持つには十分”ぐらい。舞台用の顔と、実戦の顔に差が出そうなタイプ』
そこに、ブレスレットからもうひとつの声が重なった。
『ええ。ずいぶん“盛って”いたわね』
『……ディアまで聞いてたか』
『最近は、こっちの世界の勉強もしているの。ニュースも確認しておいた方がいいでしょう?』
『なるほど……で、ディアさんの評価は?』
『聞きたい?』
どこか楽しげな声色。
ただ、その奥にうっすらと冷たいものが混じっているのは、気のせいじゃない。
『──薄いわね。“中身”じゃなくて、ただ“光っているだけ”のスキルと同じ』
『辛辣だな……』
『比べる対象が悪いのよ。あなたと比べれば、“背負ってきたもの”が違うもの』
比べる対象が悪いのよ。
その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。
(……背負ってきたもの、か)
クライアントと納期の板挟みになった日々。
トラブルで炎上しかけた案件を、深夜まで関係者を束ねて沈めたこと。
責任を負う立場だからこそ、誰より先に動いて、誰より遅くまで現場に残ったこともあった。
派手に称賛されるわけじゃない。
大げさな表彰もない。
でも──積み重ねた実績は、着実に評価に変わっていき、給料にも反映された。
「誰かが見てくれていたから」ではなく、“やるべきことをやった結果として数字がついてきた”そんな感覚に近い。
ただ、関係者全員を無事にゴールまで運ぶ。
そのために動いてきた、淡々とした年月がある。
『秀人と比べたら分かるわ。“見せる力”じゃなくて、経験や責任感……そういう積み重ねが違うの』
ディアの声が、いつもより少しだけ柔らかい。
『……そんなに背負ってきたように見えるか?』
『ええ、背負ってきたと思うわ。だからこそ、あなたは“見せる必要がない”。あの子と違ってね』
静かに甘やかすような声音に、少しだけむず痒さが残った。
『中身がない人ってね、持ち上げられるほど不安定になるんだよ。上に行けば行くほど、壊れやすくなる』
コユキが、小さな声でぽそっと付け足した。
(……それは、よく知っている)
能力が追いついていないのに役職だけが先に上がる人がいる。
肩書きに押しつぶされて、メンタルを壊していった先輩や同僚を、僕は何人も見てきた。
(立場が上に行くほど、実力がなければ足場が脆くなる人は多い……)
缶コーヒーをひと口飲み、もう一度画面の山田玲央を見る。
画面の中の“ヒーロー”を眺めながら、そんな静かな記憶が胸の奥でふっと揺れた。
派手で、分かりやすくて、“物語にしやすい”男。
ただ、それがそのまま“本物”を意味するわけじゃない。
『……どこかで、一度は会うことになりそうな気がするな。正直、あんまり関わりたくないけど』
『そのときは、舞台の上じゃない場所がいいわね』
『うん、その方が本性が見える』
モンスター?たちにそう言われると、不思議と説得力があった。
14時までの仕事を片付け、僕はそのまま淀屋橋の政府施設へ向かった。




