036話『世界は仕組みでできている』
政府施設を出て、電車に揺られながら家の近くまで戻った。
途中のコンビニで簡単な夕飯を買い込んで、そのまま家へ向かう。
玄関をくぐった瞬間、ふぅ、と息が漏れた。
気持ちが沈んでるわけじゃない。
ただ、いろいろ詰め込んだ一日だった。
シャワーを浴びて、着替えて、いつものようにリビングへ。
いつの間にか戻っていたコユキが、クッションの上で丸まっていた。
「おつかれさま。……ご飯、食べよっか」
夕食をテーブルに並べると、コユキが僕の隣にちょこんと座る。
ミニチュアのディアも、ブレスレットからひょいと現れて、まるで一緒に食べているように“ふり”だけしていた。
可愛い......
テレビをつけ、リモコンでチャンネルを変える。
別の局に切り替えたとき、画面のテロップが目に入った。
《本日発表──政府、“スタンピード”に関する正式説明を公開》
やっぱりか、と胸の奥が静かに動く。
流れてくる映像は、昼間に行われた記者会見の再放送だった。
内閣官房長官らしき人物が壇上で、ゆっくりと読み上げている。
《スタンピードとは、異世界ゲート内部に一定期間放置された魔物が──》
背筋が、ごく自然に伸びた。
説明は淡々と続く。
《ゲートには階層が存在し、最上階層数に応じて“暴走までの日数”が規則的に定まっており、これは素数の末尾が7の数字で構成され──》
(あの法則も、普通に開示するんだな)
あえて全部出してきている。
画面を静かに見つめていると、コユキが膝の上に乗ってきた。
「見事に言ってるね。昨日までは黙ってたのに」
「……なんで急にここまで出したんだ?」
「じゃ、調べてみよっか」
コユキは自分のタブレットを前足でスワイプする。
慣れすぎだろ、それ。
海外の報道や政府声明、専門家の分析動画が一気に流れ込んできた。
どれも“今日”の日付で、日本とほぼ同時刻の公開だ。
「……アメリカ、フランス、カナダ、インド……主要国は一斉に出してるな」
「うん。たぶん水面下で調整してたんだと思う。“これ以上は隠せない”って判断が世界共通で揃ったんじゃない?」
「なるほど。バラバラに公表したんじゃなく、足並みをそろえた、と」
「“混乱を最小限にするための同時開示”って体裁ね。実際には、相当ぎりぎりまで裏で揉んだはずだけど」
テレビ画面には、複数国の首脳が並んで行ったオンライン共同会見の映像が映っていた。
確かにこれは、情報統制というより“国際的な合意”そのものだ。
「……いよいよだな。世界が本当に連動して動き始めた感じがある」
「うん。スタンピードが、そのきっかけになったんだよ」
「……それで、日本も流れに合わせざるを得なかった、か」
SNSをスクロールしていくと、帰還者の証言動画が次々に流れてきた。
各国の現状を語るもの、ジャーナリストが独自に分析するもの、さらには契約モンスターが喋って説明している動画まである。
……もう、完全に“情報の大洪水”だ。
スタンピードは、局所の異常じゃない。
世界中の誰もが共有する“現実”として広がりつつある。
「……これも、始まりのひとつなんだろうな。なんか、何度も始まりって言ってる気がするけど」
「うん。“次のフェーズ”って言い方のほうが近いかもね」
コユキが膝の上で丸くなりながら言う。
最後のひとくちを飲み込んで、僕は軽く息を吐いた。
「……結局、隠しきれなかったってことか」
「まあね。世界中で同じ日に起きてるし、どこか一国だけ隠し通すのは無理だよ」
コユキが半開きの目で、淡々と言った。
「……なあ、ひとつ聞いていいか?」
「ん、どうぞ」
「昼に柊さんが言ってた“階層のリポップ”ってやつ、あれってさ……」
「うん、あの仕組みね。スタンピードと同じで、“素数で末尾が7”の日数で再出現するの」
「つまり?」
「1階層なら7日ごと、2階層なら17日、3階層なら37日……そんな感じ」
「……ってことは、1階層の敵が週ごとに復活する前提なら、スキル獲得者も“ゲートひとつにつき週1人”ってことか。海外では、軍や政府が育成を始めてるって話もあったし……」
「……管理されて、量産されていくスキル保持者、ね」
言葉にしてみると、少し背筋が冷えた。
でも、たしかに世の流れはそこへ向かっている。
「ってことは……ディアもリポップするのか?」
僕が軽く冗談を混ぜて言うと──
「しないわよ、当然でしょ?」
肩の上のミニチュアディアが、ふんわり胸を張った。
顎を少し上げ、その表情は“高貴さと自信”の中間みたいだ。
「……なんでそんな自信満々なんだ」
「だって私は、“唯一無二”よ?量産される魔物と同じ枠で扱われるはずないじゃない」
言い切る声に、妙な説得力がある。
たしかに、この始祖の姫は何かと“普通の枠外”だ。
と、横でコユキが前足を上げた。
「補足するとね──ディアの階層は、そもそもリポップの計算式に入らないの」
「どういうことだ?」
「スタンピードの発生周期より“もっと上位”の階層だよ。だから、復活より先に世界の方が先に壊れる。簡単にいうと……“再出現する暇すらない場所”なんだ」
コユキも続けるように頷く。
「ボクもディアの階層は見たけど……上の階層は、普通のルールが通用しない場所だよ」
「……なるほど。確かに、そういう雰囲気あるよな」
「そういうこと。私は“再出現する存在”じゃなくて“そこに君臨していた存在”なの」
自慢げというより、事実を静かに述べている感じだった。
「そういえばさ……」
テレビを見ながら、ふと気になっていたことを口にする。
「リィナって、あんなにいろんなスキル持ってたろ。あれって全部“最初から”持ってたのかな?」
僕がそう訊ねると、コユキが小さく首をかしげた。
「うーん……最初からかどうかは、模写捕食でも正直わかんないんだよね。でも──“モンスターは成長とともにスキルが増える”っていうのは確かだよ」
「成長で……増える?」
「うん。レベルが上がったり、戦闘経験を積んだりすると、自然と“扱える力”が増えるんだと思う」
「なるほど……最初から全部じゃなくて、リィナも後で“開花した”可能性もあるってことか。じゃあ……人間でもスキルって、後から増えるのかな?」
「うん、増えるよ」
コユキが即答する。
「うん。ゲートには“節目階層”があるからね。1階、10階、40階、90階。そこでボスを倒すとスキル獲得のチャンスがある」
「じゃあ次、10階層か」
声に出した瞬間、胸の奥がふっと熱を帯びた。
レベルが上がったとき、「あと3で魔法を覚える」とか「次のスキル取得まで残り○○経験値──そういう目標が見えているゲームほど、人は不思議とやる気が出る。
(……この世界も、似たような構造になったんだよな)
数字で示される節目があるだけで、“次の自分”が少し近づいたように思える。
やる気で気持ちが澄んでいく。
そのタイミングで、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえばさ、コユキ。お前のその知識……前にも聞いたけど、どこまでが元々で、どこから“更新された”やつなんだ?」
僕がそう切り出すと、コユキは前足で鼻先をちょんと掻いた。
「んー……ボクも全部覚えてるわけじゃないけどね。でも、質問されると“答えが勝手に出てくる”ことがあるのは確か」
「勝手に、ね。……相変わらずAIみたいだな」
「アップデートされてるんだと思う。世界の仕組みそのものがね」
「世界がアップデート……?」
「九条さん言ってたじゃん。うんちくフクロウとか、そういう“知識だだ漏れモンスター”の話。ああいうのが何か話すと、世界の裏側のデータが更新される……そんな感じ」
「……情報のネットワークみたいなもんか」
「うん、そういう言い方なら近いかも」
コユキが尻尾をゆらりと揺らしながら答える。
僕はその姿を眺めつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「いろいろ教わったけどさ……ひとつだけ、前から思ってたことがある」
コユキとディアが同時にこちらを見る。
「将来、僕がどれだけ強くなったとしても……ディアに勝てるイメージが全然湧かないんだが」
ぽつりと言った僕に、ミニチュアのディアが、そっと近づいてくる。
膝の上で丸くなっていたコユキのすぐそば──僕の“指の甲”に、軽く腰を預けるように触れた。
「……自覚があるだけ、いいことよ」
その声音は淡々としているのに、どこか嬉しそうだ。
ディアは小さく足を組み替え、視線だけこちらへ向けて続ける。
「ディア、近いよ……?」
「……別にいいでしょう?こうして秀人に触れるくらい」
言葉とは裏腹に、触れた指先へ体重をほんの少し預けてくる。
小さな温度が伝わり、空気がふわりと甘くなる。
コユキが膝の上でちょこんと体勢を整え、真面目な声になる。
「念のため補足しておくとね? 大型ゲートの最下層──91階層から112階層までは“最高難易度帯”。でも、階層の強さは完全にランダム」
「ランダム?」
聞き返すと、コユキは前足をちょんと上げて説明を続ける。
「うん。91階層より、112階層の方が簡単なことも普通にあるよ。あそこは“深さ=強さ”って構造じゃない」
「乱数調整でもあるのかこの世界……」
自分で言って苦笑する。
ディアは肩をすくめるようにして言った。
「ちなみに私、2階まで影を飛ばすとき、途中の91〜93階層を通過してるけれど……そこにいたボスたち? 明確に“私より格下”だったわ」
「……サラッと言うけど怖いなディア」
「事実よ。それ以上でも以下でもないわ」
得意げに微笑むディアを見て、僕は静かに息を吐いた。
(……やっぱりこの姫、スケールが違いすぎる)
そのまましばらく、三人でニュースを眺めて過ごした。
世界はざわつき、騒がしく動き始めているのに──部屋の空気だけは妙に落ち着いていた。
「……そろそろ寝ようか」
コユキが小さくあくびをしながら、僕の膝に頭を落とした。




