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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第三章:交差する意志と揺らぐ心

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033話『SideStory クラウディア=ノクティア・ブラッドヴェイン ― 孤月の城』

私は、どれほど長くこの場所にいたのだろう。


94階層──

ここは、私にとって墓標であり、檻であり、そして罰だった。


空は暗く、風も冷たく、凍てついた石造りの空間。

石造りの廊下に響くのは、私ひとりの足音だけ。


その音さえ、いつからか“ただの証明”になった。

ああ、まだ私はここにいるのだ、と。


“ボス”という存在らしい。

滑稽な話だ。この檻に縛られた存在が、何を統べるというのか。


どうして私はここにいるのか。

戦いの果てか、誰かに封じられたのか。

はたまた、自ら望んだ孤独なのか──今となっては曖昧だ。


ただひとつだけ、確信できることがあった。


「私は……一人だった」


誰も来ない。

誰も呼ばない。

永遠にも似た時間が、静かに積もっていく。


孤独は、心を侵す。

怒りも期待も消え、感情の形すら霞んでいく。


そうして私は、“存在のための存在”になった。

何も求めず、何も待たず。

ただ立ち、ただ息をし、ただ時に沈むだけ。


──その静寂が破られたのは、本当に唐突だった。


微かな波紋。

魔力の揺らぎ。

それが“人のもの”だと気づいた瞬間、胸の奥が震えた。


「……人間?」


ああ、懐かしい響き。

私が忘れたと思っていた“興味”のかたち。


私は本体ごと階層を出ることはできない。

けれど影だけなら飛ばせるかもしれない。

意識を混ぜ、分体のようにして下層へ降りる。


その先で──私は彼を見た。


黒髪で、どこか疲れたような目。

それなのに、奥に確かな光を宿した人間。


見た瞬間、胸の奥で、ほんの小さな波が立った。


(……何、この感じ……?)


それは興味とも違う。

懐かしさとも違う。

ただ、忘れていた部分がわずかに動いた——そんな感覚。


私はその揺らぎに戸惑い、思わず“試してみたくなった”。


高慢に振る舞う。

恐れられるように。

嘲るように。


怯えると思った。

逃げると思った。


けれど──彼は違った。

驚きながらも、すぐに冷静さを取り戻していた。


(……ほんと、珍しいわね)


その瞬間、小さく、心が笑った。


次に会いたい──

その感情が湧いたとき、私はもう決めていた。


彼を、こちらに呼ぶと。

──その想いを魔力に乗せ、私は外界への干渉を試みた。


本来なら不可能だ。

ダンジョンの構造を内部から操作し、外へ通路を開くなど、いかなる魔術体系にも存在しない禁忌。


けれど、私は始祖。

血と魔力を限界まで削れば、わずかな隙をこじ開けられる。


何時間も集中し続け、血で紡いだ魔力の糸を空間へ通す。

抵抗を感じるたびに編み直し、境界の薄皮を少しずつ裂いていく。


やがて――

空間が“ひとつ”音を立てた。


「……繋がった」



地上の一点と94階層を繋ぐ“サブゲート”が開いた。


「来てくれる……よね?」


期待なんて、何百年ぶりだろう。


私の血と魔力で、ひとつのモンスターを創った。

狼型。灰色の毛並みで、牙も控えめ。

瞳はどこか臆病そうで──どう見ても“弱いモンスター”。


ただ、少し驚かせて、ちょっと困らせて、私という存在を印象づけるための、小さないたずら。


「……だって、その方が楽しいでしょ」


自分で言いながら、思わず小さく笑った。


そして──ゲートが開く。


あの人間が、赤黒い門を抜けて、この94階へ足を踏み入れた。


私は影の中からそっと姿を現し、創ったモンスターを放つ。


彼は、一瞬だけ目を見開いたけれど、

すぐに状況を読み取り、冷静に対処して撃退した。


(……もう少し強くしておけばよかったかしら)


そんなふうに思ったけれど──すぐに、胸の奥がふわりと温かくなった。


驚かすのが目的だったし、彼がちゃんと対処できる強さを持っていると分かって、ほっとしたのだ。


そのあと、城へたどり着いた彼の前で、私は静かに立ち、名乗った。


「私はクラウディア=ノクティア・ブラッドヴェイン。——この世界における“始祖のヴァンパイア”よ」


高貴に、堂々と。

そして──ほんの少しの“遊び心”も混ぜて。


わざと、死を連想させるほどの威圧を、一瞬だけ彼に向けて放った。

反応を見たかった。私という存在を、強く刻みたかった。

そんな小悪魔めいた試しの一手。


けれど、彼は怯えず、逃げず、ただ冷静にこちらを見ていた。


眷属の提案を断られたとき、胸の奥がちくりと痛んだ。

何百年ぶりかに覚える、小さな感情だった。


でも──彼は続けて言った。


「友達にならないか?」


眷属でも、従者でもない。

対等で、寄り添って、支え合う関係──“友達”。


どうしてか、その言葉は、胸の奥に静かに響いた。

驚くほど、嬉しかった。


それからの日々、私は彼の世界を知った。


コンビニの灯り、街のざわめき、テレビの音。

全てが、初めて触れる世界みたいに新鮮で。


私は、毎日、彼のそばにいた。

仕事の姿も、ゲート探索も、家での他愛ない時間も──


楽しかった。

本当に、楽しかった。


まるで、何百年ぶりかに“春”が訪れたみたいだった。



記憶の底──

夢のようでいて、確かに存在していた昔日の光景。


私は“始祖”だ。

この世界に最初に姿を現した三体のヴァンパイアのうちのひとり。


他のふたりは眷属を増やし、勢力を広げていった。

けれど私は違った。


私は、自分の血が“あまりにも完成されすぎている”ことを知っていた。


私の血は、完全だった。


だから私は、誰にも血を与えず、ひとりを選んだ。


それでも人は集まってきた。

畏れ、敬い、寄り添おうとした。

居城の周りには街ができ、人々が働き、笑い合い、私の暮らす空間は、いつしかひとつの国のようになっていた。


……あの頃、私は少しだけ満たされていた。


そんなときだった。

もう一体の始祖が、私のもとを訪れるようになったのは。


優雅で、礼儀正しく、知識と魔力をたずさえた吸血鬼。

そして毎度のように求婚してきた。


「君の血を、君の心を、私にくれないか」


私は毎回断った。

心が動く理由もなかった。


だが、断るたびに彼の瞳の色は変わっていった。

哀しみなのか、執着なのか──それとももっと別の何かへ。


そしてある日、言葉もなく彼は来た。

数えきれないほどの眷属を従えて。


告げられたのは、戦いの開始。


街は燃え、人々は逃げ惑い、

かつて私を慕っていた者たちでさえ、彼の眷属となり牙を剥いた。


私は戦った。

押し寄せる眷属を、そして彼自身を──

自らの手で葬り去った。


……そして気づいた。


生き残った者など、どこにもいないということに。


「……どうして、こうなったの……」


焼け落ちた城の前で、私はひとり立ち尽くした。

血も、力も、思いも、すべてが崩れ落ちていった。


あの日、私は決めた。


誰とも繋がらない。

誰にも心を寄せない。

ひとりでいれば、壊れることはないから。


それからどれほどの時が過ぎたのか分からない。

何者かに封じられたのか、自らここへ閉じこもったのかすら曖昧になり、記憶の断片だけが風化していった。


永遠にも似た静寂の中、私は“ひとり”に慣れ、孤独を選び続けた。


──孤独だけが、私の隣にあると思っていた。


秀人に出会うまでは。



一ノ瀬透花。


彼女の存在は、私の中にさざ波を立てた。


彼女は聡く、落ち着いていて、真っ直ぐで──

秀人と話す姿を見て、胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


(……なんで、胸が痛むの?)


感情の名前がわからなかった。

ただの興味でも、苛立ちでもない。

でも、心の奥がぎゅっと縮むように痛い。


苦しくて、寂しくて──そして、悔しかった。


その名も知らない“反応”に蓋をしたまま、私は無意識に訓練モンスターを強くしてしまった。


そして──彼を傷つけた。


ほんのわずかな傷。

それなのに、秀人の右肩に赤い線が走ったのを見た瞬間、心臓が、ひどく冷たくなった。


(私……何をしてるの……?)


同じ場所にいられなくて、逃げるように背を向けた。

けれど──彼は追いかけてきた。


静かな廊下で足を止めた私に、秀人はいつもの声で、けれどどこか優しく言ってくれた。


あの夜。


私が自分でもうまく言葉にできない気持ちを、彼は急かさず、揺らさず、ただ、ゆっくり受け止めてくれた。


そして──


「……もう少しだけ、そばにいても……いい?」


震えるように問うと、秀人は迷いなく言った。


「もちろん」


その瞬間、胸の奥で固く絡まっていた何かが、ふっと解けていくのを感じた。


夜の城の一室。

月光とランタンの灯りだけが揺れ、静けさが布のようにふたりを包んでいた。


失った過去は戻らない。

あの日の街も、人々も、もう帰ってこない。


──でも。


今の私は、ひとりではない。


たったひとつの“友としての契約”が、長い孤独を破り、心をつなぎ、未来へと道を開いた。


私はヴァンパイア。

始祖であり、怪物であり──


そして今は。

あの人の隣にいる、自分を好きになりつつある。


そんな“私”になり始めている。


第三章、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。


この章は、僕の中では――

秀人が42歳の理性だけでは抑えきれない「情」で、隣にいる者たちの未来を選び取った章でした。

仲間との絆も、感情の爆発も、ようやく“ここまで積み上げたもの”が報われた感覚があります。


そして次の第四章からは、世界がさらに広がっていきます。

ただ派手になるだけじゃなく、秀人の内面や、選択の重さもじわっと深くなっていく章です。

特に終盤は、第三章とは違う種類の“エモさ”が残る終わり方になっていますので、よければそのまま見届けてもらえると嬉しいです。


もし「続き、読んでやるか」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると励みになります。

ここから先も、どうぞよろしくお願いします!

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