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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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120話『先生が増える家』

訓練エリア。

僕は少し離れて立つ。見守る役に徹する。


早見さんのレベルは、15。

午前のうちにひとつ上がったと、ディアから聞いている。


ディアが出したのは、小型の魔物が数体。


「いきます」


早見さんが呼びかけると、ルミエルが淡く発光した。

空間そのものが白くきらめき、細い光の刃が“降る”気配が満ちていく。


距離を取る。足運びが速い。逃げではなく、間合いの管理だ。


「縛って、お願い」


光の糸が、前衛を拘束する。

そこへ光刃雨(ルミナ・シャワー)。細い光刃が束になって落ち、連打のように敵を削る。正確で、無駄がない。

拘束が解ける前に、倒し切る。


次。

また距離を取る。

輝跡拘束(グリント・バインド)で拘束。

光刃雨(ルミナ・シャワー)で光の雨。

攻撃は通る。連携も成立している。

ただ――接近された瞬間の動きがない。

避ける、離れる、拘束に頼る。

一度だけ、鏡界反射(ミラー・リバウンド)で返した。――でも連続では使えない。

“自分の近接”が存在しない。


数戦終えたところで、ディアが僕を見る。


「どうだった?」


僕は率直に言う。


「通じる階層はある。遠距離で削れる相手には強い。……でも、接近できないなら、距離を取るにもどこかで壁が来る」


早見さんは息を整えながら、頷いた。

自分でも分かっていた顔だ。


「私も……ルミエルの力だけに頼らず、強くなりたいです」


その言葉は、誰かに言わされたものじゃない。

逃げたい気持ちを抱えたまま、それでも前へ進みたい人の声だった。


僕は一歩だけ近づいて、提案を“命令”にならない形に整える。


「じゃあ、二つに分けよう。一つは“接近された時の逃げ道”じゃなくて、“接近された時の返し”。もう一つは、ルミエルの拘束が通らない相手を想定したプラン」


早見さんが、少しだけ目を見開く。


「返し……」


「うん。怖くなる前に、身体が勝手に動く型を作る。最初は小さくていい。短い動きでいい」


ディアが満足そうに頷いた。


「うん。秀人、そこは間違えない」


コユキが、僕の足元で欠伸をした。


「台本じゃなくて、練習台本」


「言い方」


早見さんが、少しだけ笑った。

“作った笑顔”じゃなくて、ちゃんと息が混じった笑い方。


ディアが満足そうに頷いたあと、しばらくは小さな話し合いになった。


「……じゃあ、次は“近接の怖さ”を、少しずつほどいていきましょ」


ディアが言うと、早見さんが目を瞬かせる。


「近接、ですか」


「遠くからなら、怖さも薄い。でも――近い距離は怖さが上がるわ。間合いの圧、目の置き場、呼吸の乱れ。怖いのは“痛み”より、先に身体が固まること」


コユキが身を乗り出した。


「それ、いいじゃない」


「だから、人型を用意する。人の形だと、“近さ”がちゃんと刺さるでしょ。剣道の真似事でもする?」


僕も頷く。


「防御スキル前提なら、防具なくてもいける。……まずは、近くに“来られる”のに慣れるところからだな」


早見さんは戸惑いと不安が混じった顔で――それでも、視線を逃げ切らずに頷いた。


「……やってみたいです」


ディアが指先を軽く弾いた。

魔力が細い線を描き、竹刀みたいな黒い棒が一本――空中から、すとんと落ちてくる。


「竹刀っぽいやつ。重さは軽めにしてあるわ」


僕がそれを受け止めて、軽く振ってみる。

ちゃんと空気を切る音がした。


「……よし」


僕はそのまま一歩、早見さんの方へ差し出す。


「はい。これ、使って」


「……ありがとうございます」


早見さんが両手で受け取る。その指が、ほんの少し強張っている。


ディアが淡々と告げた。


「スキルの制限、決めるわ。詩織は 光纏結界(ルミナス・ヴェール) を使っていい。ルミエルは 護光域ガーディアン・ヘイロー癒泉導脈(リジェネレーター) だけね」


早見さんが小さく息をのむ。


「攻撃は……?」


「その棒で当てるの。逃げないための練習だから」


コユキが尻尾を揺らす。


「痛いのはある?」


「ある。軽くね」


早見さんの表情が引きつる。


「……軽く、ですか」


「軽く、だよ」


ディアがもう一度、指先を弾いた。


影が床に滲んで、そこから人型が立ち上がる。

顔はない。輪郭だけの“人”。そして手には、同じ竹刀。


「ルールは簡単。一本取られたら終わり」


僕が言い終える前に、早見さんは構えた――つもりだった。

距離が近い。足が止まっている。視線が揺れる。


次の瞬間。

人型が、すっと踏み込む。


その瞬間、――反射で目をぎゅっと閉じた。


カン、と乾いた音。

竹刀が早見さんの肩口に触れた。


「痛っ」


声が出る。驚きで、身体が一瞬だけ現実に戻る。

早見さんは目を開けて、唇を噛んだ。


「今の、早すぎて……」


ディアがすっと前に出た。


「まず素振り。あと、怖くても目を閉じない」


「……っ」


「閉じたら、何も見えない。距離も、刃も、相手の癖も。――全部、運になる」


早見さんは悔しそうに頷き、竹刀を握り直した。


素振りは地味だ。

でも、地味なものほど効く。


「一、二……」


早見さんが振る。腕が固い。肩に力が入っている。

ルミエルの輪が淡く浮かんで、護光域ガーディアン・ヘイローが薄い膜みたいに体の周りを守っている。


「止めない。振り切る」


「……はい、先生」


コユキが言うと、早見さんは何度も頷いた。


(先生って呼ぶのかよ、コユキを)


ディアが、横から一言だけ足す。


「足。逃げない。出す」


「……はい、先生」


(ディアも先生か……)


……いつの間にか、コユキもディアも先生枠になってるんだけど。

僕の家、教育機関だったっけ。


早見さんは素直だ。

逃げずに聞く。そして努力家であるのが見ていてわかる。そこは強い。


コユキが尻尾をふりながら言った。


「目、閉じる癖あるね」


「あります。反射で……」


「危ないよ」


「……分かってます」


分かってるのと、できるのは別だ。

だから訓練する。


しばらくして、ディアが手を止めた。


「……少し待って。レグリスから連絡が入ったわ。呼ぶね」


ディアがそう言った瞬間、コユキが反射で声を張る。


「レグリス、呼ぼ」


淡い魔法陣が地面に浮かび、円がゆっくり回転する。

転送の光が弾けた次の瞬間――


メイド姿のレグリスが、すっと姿勢を正して立っていた。


「ただいま、戻りました」


柔らかいメイド口調が、94階の空気をすっと整える――はずだったのに。


早見さんが、先に固まった。

さっきまで“竹刀の稽古”で必死に呼吸していた人が、急に現れたメイドに脳を追いつかせられるはずがない。


レグリスは一拍置いて、僕の顔色を読むみたいに微笑む。


「秀人様。前回と同じ外見で、少し安心されましたね。――ご安心ください。質感など、より人の姿に近づくよう、アップデートは継続しております」


「……察知して、そこまで説明するのかよ」


コユキが、ちょっと得意げに尻尾を揺らす。


「レグリスは常にバージョンアップしていく」


「はい。そして、前のバージョンにも戻ることができます」


「え、そうなの?」


僕が聞き返すより早く、レグリスが柔らかく首を傾げた。


「お試ししましょうか?」


僕が返事をする前に、コユキが即答する。


「見せてあげて」


「かしこまりました」


レグリスの姿が、すっと輪郭から変わる。


まずは――三メートル級の騎士型。

無駄を削ぎ落としたスマートな人型機動兵器みたいな姿で、以前より圧迫感が薄い。それでも“格”は十分すぎる。


早見さんが、言葉を失ったまま固まる。息を呑む音だけが聞こえた。


次に――さらに上へ。


全高二十メートル。

神像を機械で再現したみたいな、白銀と青の重装甲。背中のリング状機構が静かに旋回し、顔には目鼻がない。胸部の巨大なコアアイだけが、こちらを見下ろしている。


早見さんは、声が出なかった。

驚きの“二段目”を越えて、もう言葉の棚が空っぽになったみたいに、ただ見上げている。


(……質量保存の法則、どこ行った)


考えない。考えたら負けだ。


レグリスは、何事もなかったように元のメイド姿へ戻った。


「早見様、よろしくお願いします。情報はユキ丸から共有されています」


早見さんは戸惑いながらも、礼儀だけは崩さずに頭を下げる。


「……早見です。よろしくお願いします」


僕は、息を整える。


「……じゃあ、訓練の続き。戻ろうか」


早見さんが小さく頷く。

この世界の“とんでも”に、ほんの少しだけ慣れた顔で。


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