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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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115話『変な家の、救い方』

玄関に着くと、ユキ丸が出迎えに来た。

ぴたりと止まって、僕の変装姿の顔を見る。


速水さんが目を瞬かせる。


「……ロボット……?」


「家の秘書、みたいなものです」


ユキ丸が帽子を外して、ホログラムを出す。

“おかえりなさい”の表示が淡く浮かんで、速水さんの呼吸が少しだけ乱れた。


リビングに通すと、影の端が動く。

次の瞬間、コユキがひょいと出てきた。


「おかえり。……連れてきたってことは、“匿う方向”で動くんだね?」


速水さんが固まる。


「……猫が……しゃべった……?」


コユキは悪びれず、三本の尻尾をふわりと揺らした。


「うん。しゃべる。で、そっちは――“事情あり”って顔だね」


コユキは、わざと軽く言ってから、僕のほうを見上げる。

確認するみたいに一瞬だけ間を置いて、次に――速水さんへ向き直った。


「改めて。僕はコユキ。……シュナの契約モンスター」


速水さんの瞳が、少しだけ見開かれる。


「け、契約……?」


「うん。だから、ここにいる。今日の“話”、ボクも関係者」


速水さんの喉が小さく動いた。


そのとき。

僕の服の内側が、もぞ、と動いた。


「……え?」


僕の服の内側から、スーラがぴょんっと飛び出した。


「……っ!」


速水さんが声にならない声を漏らす。

短時間に情報量が多すぎる。そりゃそうだ。


「……すみません。順番に説明します」


僕は観念して、リビングで帽子とサングラスとマスクを外した。


速水さんの視線が僕の顔に落ちて、止まる。

そして、小さく言う。


「……やっぱり。京都でお会いした方だったんですね」


「“本物はあんなことしない”ってやつ?」


「……聞こえてました」


軽く笑うしかなかった。

その笑いで、少しだけ空気がほぐれる。


ブレスレットのあたりから、ミニチュアのディアがふわりと出てきた。


「ふぅ。……やっと落ち着ける場所ね」


速水さんが、また固まる。

次の瞬間、ディアが本体サイズに戻ると、固まり方が一段増えた。


「……え、え……?」


「驚かせてごめんなさいね。お茶、淹れるわ」


ディアが台所へ向かう。

スーラもぷるん、とついていく。ゴミ箱の前で一瞬だけ形が変わって、細かいものを溶かす仕草を見せる。


「ありがとう」


僕が言うと、ディアが肩越しに言った。


「どういたしまして。あなたは、お客様のエスコートしなさい」


僕は座り、ローテーブル越しに速水さんと向き合った。


「綺麗な家ですね……」


「結婚してた頃に奮発して建てた家でね。今は一人だけど、居心地が良くてそのまま住んでる」


速水さんは頷く。

頷きながら、少しだけ目が遠い。


ディアが湯気の立つカップを置いた。

香りが、ようやく“家”に戻してくる。


僕は話を戻す。


「匿ってほしい、について。詳しく教えてください」


速水さんはカップに触れたまま、言葉を選ぶ。


「監視……みたいになってます。スマホも管理され、行動予定が全部、台本になって」


「“守るため”ってやつですか」


「……はい。善意です。でも、善意のまま……私の意思が消えていきます」


「明日は、仕事?」


「休みです。月曜日は仕事があります。……行きたくない。もう、出たくない」


そこで、彼女は小さく言った。


「……速水えりなじゃなくて。早見詩織に戻りたいです」


僕は一拍置いて聞く。


「はやみ……詩織。それが……本名ですか」


速水さん――いや、彼女は、頷いた。


「はい」


ここで、勢いに飲まれたらダメだ。

守るなら、段取り。けど段取りの前に、核心だけは確認しておく必要がある。


僕は声のトーンを落とす。


「はやみさん。ひとつだけ、先に聞かせてください」


彼女の指先が、膝の上で小さく握られる。


「……“事務所を辞めたい”って言ったのは、今この場の衝動ですか。それとも、本気ですか」


彼女は、すぐには答えなかった。

でも、迷いながら出てくる言葉じゃない。


「……本気、です」


短いのに、重い。


「月曜になったら……また、台本に戻される。そう思うだけで、息が浅くなるんです」


――ここまで言えた時点で、もう十分だ。

本気なら、次は“どうやって”を詰めるだけ。


僕は頷いて、質問を一段だけ具体に落とした。


「分かりました。じゃあ次の確認です。今の契約形態は、業務委託ですか。それとも雇用ですか」


彼女は言葉に詰まった。

“言ってはいけない癖”が出ているのか。台本の外に出られない感じ。


その瞬間、ディアがさらっと逃げ道を作る。


「ここは台本の外よ。言いたい範囲でいいのよ」


早見さんは、少しだけ肩を落として答えた。


「……雇用契約です。帰還者になる前は業務委託でした。でも……帰還者アイドルとして売るタイミングで、社員扱いになりました」


僕は頷いた。


「雇用なら、辞められます。あなたが辞めたいと言えば、手続きは“できます”」


そして、続けた。


「もし直接のやり取りが怖いのなら、代行という手段もある。これは逃げじゃなく、“安全の確保”のための選択です」


早見さんが目を伏せる。


「……でも」


「迷惑がかかる、って思いますよね」


彼女は小さく頷く。

僕は、自分の退職相談の夜を思い出す。


お世話になった会社には、言うべきだ。

義理は通したい。――だから僕は退職代行に良い感情は薄い。


でも、これは別だ。

“壊れる前”に止める話だ。


「退職は逃げじゃない。迷惑を考える気持ちも分かる。でも、雇用っていうのは、会社が責任を持つ形でもある。今のあなたが、月曜以降どうしても動けないなら――代行は、手段として正しいとも言える」


彼女は、しばらく沈黙したあと、言った。


「……すぐにでも退職したいです」


言い切ったあと、自分の言葉に怯えるみたいに瞬きをした後……ほんの少しだけ顔色が戻った。

“選べた”ことが、彼女を持ち上げた。


「ただ……いきなり辞めたら、家まで来ると思います」


「芸能事務所とかなら……来る可能性はありますね。では――順番を決めましょう」


僕は指を折っていく。


「明日。退職代行に連絡して、月曜の朝イチで事務所へ通知してもらう。即日が無理でも、“現場に出ない”状態を先に作る」

「同じく明日。引っ越し手配をする」


早見さんが頷く。


「家電とかは、買い取りに出せます。いらないものは、引っ越し業者がそのまま持っていく。身軽にする」


彼女の目が、少しだけ明るくなる。


「……それ、いいですね」


「でしょう。匿うって決めた以上、逃げ道を一本じゃなく、二本作る」


彼女が小さく笑った。

笑顔じゃない。でも、呼吸が浅いままではない。


「荷物……こちらに送っていいですか」


「もちろん。ただ、宛名と受け取りはこっちで管理します。表に匂いを残さない」


彼女が頷き、そして不意に言う。


「……本当に、ここで匿われるんですね」


「うん。今夜は。少なくとも、今夜はここで寝てください」


僕は立ち上がって、リビングの端に向かって言った。


「コユキ。ユキ丸。明日、引っ越し業者の手配をお願い。あと退職代行も、候補をいくつか出して」


コユキが、やけに楽しそうに胸を張る。


「任された!」


彼女が、また驚く。

さっきよりは軽い驚きだ。――人は、慣れる。


ユキ丸が帽子を外し、ホログラムに“手配中”のUIを浮かべる。

彼女の視線が、そちらに吸われる。


「……すごい……」


「うち、だいぶ変な家なんで。今日は“変”に救われる日だと思ってください」


コユキが“じゃ、明日の段取り詰めよっか”と空気を切り替え、彼女とユキ丸をそのまま“打ち合わせ”に引きずり込んだ。


僕はキッチンの方へ移動した。

ディアとスーラが夕食の準備をしている。


「お疲れ様」


ディアの声が、やけに柔らかい。

それだけで、肩の力が一段落ちる。


「予想外の方向に来たな」


「あなたの直感が鳴いたんでしょ。なら、正解よ」


僕は一瞬、言い返しかけてやめた。

今日は、正解かどうかを議論する日じゃない。


ふと視線を感じて、振り向く。

リビング側で、彼女がこちらを見ていた。

ディアと僕が短く言葉を交わす、その空気を。


目が合った瞬間、彼女はほんの少しだけ視線を逸らした。

隠すほどじゃないのに、隠したい、みたいな動き。

指先がカップの縁をなぞって、落ち着く場所を探すみたいに止まる。


――羨ましい、じゃない。

でも、そこに“居場所”を確認している目だった。


夕食は静かだった。

彼女はよく食べるわけじゃない。でも、箸は止まらなかった。


食後、彼女が“シャワーをお借りしてもいい”と聞いてきた。

その背中を見送った瞬間、僕は変に落ち着かなくなった。


(……落ち着け。目的は“救う”だ)


ディアが、僕の横で小さく笑った。


「心拍、上がってる。……落ち着きなさい」


「上がるに決まってるだろ」


「……なら、私が“沈めて”あげようか」


「沈めるって……」


ディアは、それ以上は踏み込まず、ただ隣にいた。

その距離感が、いちばん効いた。


やがて彼女が出てきて、用意していた部屋へ案内する。


「……ありがとうございます」


「礼は明日でいい。今日は寝て」


灯りを落として自分の部屋に戻ると、ディアが後から入ってきた。

何も言わず、背中から抱きしめてくる。温度だけがある。


本当にこれで良かったのかは、まだ分からない。

相手がアイドルで、僕が“騙されてる”可能性だって――ゼロにはできない。警戒は、解いていない。


ただ。今日は、自分の直感を信じて動いた。

動いたなら、途中で腰が引けるのが一番よくない。


(やりきる。振り返りは、後でいい)


ディアの腕が、背中の硬さをほどくみたいに少しだけ強くなる。

その圧に、僕の呼吸が落ち着いていく。


この行動で、何かが変わる。

そう信じて――今は。


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