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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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110話『引用一発、世界が動く』

僕は一度、息を吐く。


次は一ノ瀬だ。

電話は、すぐには繋がらなかった。


呼び出し音が数回鳴って、留守電に切り替わりそうになったところで切る。

相手が相手だ。勤務中か、訓練中か、あるいは――ゲート内の可能性だってある。


「……まぁ、そうだよな」


コユキが横でしれっと言う。


「一ノ瀬、いま忙しい顔してた」


「見えてるのかよ」


「気配でわかる」


そんな雑談をしているうちに、30分くらいで折り返しが来た。


「……もしもし。時任さん?ごめんなさい、今ちょっと立て込んでて」


「大丈夫。落ち着いたタイミングでいいよ」


「いえ、あと少しで区切れます。少し待って下さい。」


一拍。


「大丈夫です。どうされました?」


「頼みがある」


「嫌な予感しかしないです……」


予感が鋭い。僕は笑いそうになるのを堪えて、本題だけ置いた。


「一ノ瀬、特務班としてSNSのアカウント持ってたよね?」


「え、はい。公式と、個人も一応……」


「じゃあ確認してほしい。黒猫仮面のSNSのアカウント作った。名前はShunaで」


「……え、SNS?作ったんですか?大丈夫ですか、それ……」


「ある意味、大丈夫するために作った。今、そのShunaを確認できる?さっきフォローした」


「確認できました。――フォロバしました」


「で、お願い。僕の一本目の動画投稿を“引用付き”で再投稿してほしい」


「引用……?え、ちょ、八代さんに怒られますって……!」


「怒られたら全部僕のせいにして」


「もっと怒られるやつ!」


一ノ瀬の声がひそひそになる。


「……文言、どう書けばいいです?」


「一ノ瀬の言葉でいいんだけど――たとえば“特務班として、過去に接触・ご協力いただいた人物と判断しています。映像の戦闘様式も一致しており、当時名乗っていた『シュナ(Shuna)』という呼称も今回のアカウント名と合致します。現時点では本人の可能性が高いと見ています。”――こんな感じ」


「うわぁ……それ、八代さんの眉間にシワが寄るやつ……」


「寄ったら僕のせい」


一ノ瀬が小さくため息をついて、観念したように言った。


「分かりました。やります。……その代わり、今度おいしいご飯、連れてってください」


「快諾」


「即答だ……」


「あと、僕のアカウント、コメントは閉じてる。DMも、相互フォローになっても使わない運用にしてる。何かあったら電話で頼む」


「そこまで閉じてるんですね……。わかりました。……ほんとに怒られたら、全部時任さんのせいにしますからね」


「どうぞ。むしろそうして」


電話を切ると、コユキが満足げに言った。


「人脈、使うのうまいね」


「仕事で鍛えられただけだよ」


「はいはい。えらいえらい」


そのあと、94階へ移動した。


空気が変わる。

“拠点”の匂い。静かで、広くて、どこか安心する温度。


レグリスは、相変わらず整った所作で僕らを迎えた。


「この後、92階へ一度帰還します。次に94階へ来るのは――4日後となります」


「4日後、ね」


「その後は、しばらくこちらで過ごす予定です」


さらっと言うのに、意味は大きい。

ここが“出先”じゃなく、“居場所”になっていく。


「こっちを拠点にする予定?」


レグリスは淡く頷いて、僕の方を見た。


「現在は、こちらに“軸”に置いた方が良いと判断しています」


「なるほど」


言葉を交わしている間に、ディアが前へ出た。

慣れた手つきで床に指先を滑らせると、光の線が静かに走る。


転送陣。

“いつもの作業”みたいに、あっさり出来上がるのが凄い。


「繋がったわよ」


ディアが確認するように言うと、光の輪が一段、深くなる。


コユキが、レグリスを見上げた。


「またね」


レグリスは一瞬だけ目を細めて、綺麗に一礼した。


「ええ。またお願いします」


そのまま一歩。

転送陣の光が、足元から静かに飲み込んでいって――レグリスの姿が、すっと消えた。


サブゲートを抜けて家側に戻ると、物置部屋の手前でユキ丸が待っていた。


ちょこん、と一歩前。

帽子を外す。


ふわり、と空間にホログラムが浮かぶ。


……数字。


「……え?」


1時間だ。

94階に行って、レグリスと話して、戻っただけ。たったそれだけの間に――跳ねている。


フォロワーが、ゼロじゃない。

再投稿も、増えてる。

“見られている”が、数字になって迫ってくる。


(……本当に、世界が反応したのか)


胃の奥が、遅れて冷えた。


僕は息を整えて、ユキ丸を見る。


「……英語で、固定の投稿を一つ。今のうちに線を引く」


ユキ丸のライトが一度だけ瞬く。


「世間で黒猫仮面って呼ばれてる、シュナだ。今後も動画を上げる。偽物に注意――その三点。短く」


「I’m Shuna — the one you call “Black Cat Mask.” More videos soon. Beware of impersonators.」


ホログラム上で、文章が組み上がっていく。

端的で、余計な情報がない。機械みたいに正確で、でも嫌じゃない。


「……頼む」


ユキ丸が、敬礼みたいな動きをした。


リビングに戻ると、空気が“家”に戻った。


コユキが、いつもの顔で言う。


「増えてるね」


ミニチュアのディアが肩をすくめる。


「当然よ。仕掛けたんだから、反応が返ってくる」


スーラは台所側で、ぷるん、と跳ねた。

ディアはキッチンに移動し、本体サイズになって料理を始める。


僕はソファに腰を落として、短く言った。


「退職後の手伝ってほしい作業がある」


「わかった」


コユキが即答する。迷いがない。


「ユキ丸も」


ユキ丸のライトがまた一度だけ瞬いた。

もう“返事の仕方”まで覚えてるのが、少し怖い。


食後、もう一度ホログラムを出して確認した。

“特務班が触れた”――その一言で、火がついた。


Likes:15万。

再投稿:5万。

フォロワー:7万。

インプレッション:150万。


数字が、現実を殴ってくる。


僕は喉の奥が乾くのを誤魔化して、指示を出した。


「ユキ丸。国別で分けて。Good、再投稿、フォロワー。どこからどんな反応が多いか分析して」


コユキがなぜか胸を張った。


「任された!」


「コユキがやるのか」


「ボクが任された。ユキ丸が働く」


ユキ丸が敬礼。ライトがぴかり。


……このコンビ、強いな。

僕は苦笑しながら、ソファの背にもたれた。


(これで、明日はまた“引き継ぎの仕事”だ。でも――あっちもこっちも動かせる手は、もう揃ってる)


そんなことを考えながら、ホログラムの数字が静かに更新されていくのを眺めていた。


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― 新着の感想 ―
時任チームの強さは「意志の統一が図れている」事でしょうね。 獅子身中の虫が一番厄介、羨ましい環境です。
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