106話『サムネは大事』
電車を降りて、担当の小型ゲートへ向かった。
ゲートの中は、無人。
映るのは、僕とモンスターだけでいい。
ディアはミニサイズのまま、スマホを両手で抱えている。撮影係。
コユキとスーラは影の中。――映らないようにしてある。
「全身映すけど、いい?」
「いい。黒猫仮面と黒ずくめなら、誰だか分からないはず」
無地の黒い服。黒いズボン。肌も出さない。
靴もどこでも売っている靴。
黒猫の仮面を付けた時点で、表情も消える。
「じゃ、テスト。……三、二、一」
ディアが小さく指でカウントする。
影の中から、コユキが楽しそうに口を挟んだ。
『はい、撮影開始。――主役、入って』
「急に監督ぶるな」
『監督はボク』
16階層。
――今日は“攻略”じゃない。“動画”を撮りに来た日だ。
右手に、黒を呼ぶ。
黒想鋳具。
掌の上に、黒い棒が形になる。
金属じゃないのに硬質で、軽いのに重心がぶれない。握ると、手に馴染む。
『……よし』
『いいね。その“出すとこ”もう一回。今の、ちょっと速い』
「撮り直しかよ」
『撮り直し』
「了解」
もう一度、黒を呼ぶ。
棒が生まれる瞬間――それだけで、画が締まる。
『はいオッケー。じゃ、次。モンスター来た。右から二体。』
コユキの声が、楽しげに早口になる。
まるで現場のインカムだ。
影が伸びる。
空間斬糸。
糸じゃない。空間に一瞬だけ走る、見えない刃の“線”。
右の一体が動く前に、身体が分かれるみたいに崩れた。
左の一体が遅れて気づく。その“気づいた顔”のまま、次の線で止まる。
『はい、カット!今の、完璧。無駄ゼロ。』
「カットって言うな」
『言いたい』
ディアがスマホ越しに頷く。
「今の、撮れてる。……すごくそれっぽい」
『うんうん。いいの撮れた、次』
コユキが、得意げにまとめる。
僕は苦笑して、次へ向かった。
17階層。
ボス。大きい。派手。
派手だから、やることは逆に少ない。
「ディア、距離。ここから全身で」
「了解。……はい、三、二、一」
ボスの動きが跳ねた瞬間だけ、刃の線を通す。
空間斬糸。
一撃。
“切った”というより、“結論だけ置いた”みたいな終わり方。
倒れる。
派手に倒れる――その派手さが、今日はちょうどいい。
『はい、カット!今の、ボスの倒れ方が映画。』
「映画って」
『映画だよ。ほら、次は“決めポーズ”』
「いらないだろ」
『いる。サムネ用』
「……真面目にやれ」
『真面目。サムネ大事』
ディアが肩を震わせて笑ってる。
ミニサイズなのに、撮影班の顔をしている。
僕は黒い棒を肩に担いで、一秒だけ止まった。
仮面のせいで表情はない。
だから、姿勢だけで“黒猫仮面”になる。
「……はい、終わり」
「いいわ。撮れた。十分」
『撤収!帰る!編集はユキ丸にお願いする』
「勝手に役割を決めるな」
『決めた方が早い』
確かにそういうところが、腹立つくらい仕事ができる。
僕は棒を消して、仮面を――いつものカードへ戻す。
今日は二階層で終わり。深追いはしない。
“証明”のための一歩目は――これでいい。
帰宅。
シャワーで汗を流して、夕食。
ディアの料理は相変わらず“現実に戻す力”が強い。
食後。
ユキ丸が、ちょこんと帽子を外す。
ふわり、と空間に編集画面が浮いた。
タイムライン、カット割り、音量の波形。……見慣れないのに、やたら“それっぽい”。
「……編集、もう終わったのか?」
返事の代わりに、ユキ丸の目のライトが一度だけ瞬く。
再生。
「……プロが作ったみたいになってるんだけど」
「当たり前」
コユキが、得意げに言い切る。
「ユキ丸、ボクが育てた」
「育てたって言うな。……いや、育ってるわこれ」
ディアが小さく頷いた。
「余計な情報がない。見せたいものだけ残ってる。いい編集ね」
スーラが、テーブルの端でぷるん、と揺れる。
“すごい”の合図みたいで、ちょっと笑ってしまった。
僕はホログラムの画面をもう一度見上げる。
ホログラムに“慣れかけてる”自分がいて、少しだけ怖い。
「このあとSNSに動画を上げる。……で、今日はそれ以上は動かない」
「慎重」
「慎重にしないと、足がつく」
コユキが頷いて、今度は真面目な目になった。
「で、次は?」
僕は少し考えてから、言葉を整える。
「次の準備だ。——“黒猫仮面の姿を見たことがある人”。それと、各国の帰還者関連の政府組織、チーム、有名な個人。まずはピックアップする」
コユキが、首を傾げる。
「フォローは?」
「まだしない。先に根回しする」
「了解」
スーラが、ぷるん、とテーブルの端で揺れた。
“今日はここまで”の合図みたいに見える。
僕は立ち上がると、ユキ丸が画面を消した。
「よし。今日は終わり」
明日は、久しぶりのフル出社だ。
しかも夜は、上司と飯――伝えるべきことがある。
逃げ場がない、というより。
逃げないと決めた日の予定表みたいで、少しだけ胃が重い。
(退職代行利用の気持ちが少しわかる……)
(でも、だからこそだ。きちんと自分の言葉で言いたい。)
寝る前、コユキが当たり前みたいに言った。
「明日も進めるよ。レグリスとユキ丸が働く」
ユキ丸が敬礼みたいな動きをして、ライトが一度だけ瞬いた。
「……下僕化が完成してるな」
ディアが肩をすくめる。
「教育って、怖いわね」
僕は苦笑して、リビングの電気を消した。




