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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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105話『静けさとSF』

火曜日、在宅。


連休明けの二日目は、妙に“部屋の静けさ”が耳に残る。

昨日は会議で頭を酷使して、夜は94階でご飯食べて楽しんで――それでも朝はちゃんと来る。


コユキはソファの端で丸くなっていた。

ディアはミニサイズで、テーブルの向こう側。

スーラは机の脚にぺたりと貼りついて、ぷるん、と小さく揺れた。


いつもの仕事部屋にこもり、ノートPCを置き、ログイン。

カレンダーの通知が、遠慮なく現実を叩いてくる。


(……まずは、今日の一発目)


新卒受け入れの件。直接の対応はサブマネージャーとリーダー陣がやってくれている。

僕は“顔を出す役”と“詰まった時の判断役”だけでいい。


チャットを開き、竹島さんに短く投げる。

「昨日の受け入れの様子どうでした?三人の雰囲気、ざっくりでいいので」

続けてリーダー陣にも同じ温度で流す。

「リーダー各位、新卒の受け入れで困りごとが出たら遠慮なく上げてください」


送信。

少し待って、返ってくる反応を拾う。


「今のところ大丈夫です。緊張してるけど素直に対応しています。環境案内と端末セットアップは予定通りです」

「質問は多いけど、筋はいいです。今日明日は現場の空気に慣れさせます」


よし。

僕は自分のタスクに戻る。


——とはいえ、今日は“自分の役割をまっとうする”だけじゃ足りない。

いない前提で回る形を、少しずつ作る。


僕はタスクを進めながら、形だけ少しずつ寄せていく。

引き継ぎメモを更新して、判断の背景と結論だけ残す。

関係者には「どこに何があるか」――情報の所在だけ、抜けなく置いていく。


画面の端で、昨日の政府との会議と、明日の夜が一瞬だけよぎった。

思考を戻す。今は、目の前の仕事。


午前が、淡々と流れていく。


手を動かして、脳を回して、気づけば昼。

リビングに行くと、ディアが簡単な昼を用意していた。

温かいスープと、焼いたパン。匂いだけで少し救われる。


「……いつも、ありがとう」


ディアは視線だけ寄こして、ふっと口元をゆるめた。


「どういたしまして」


労ってくれてるのが分かる。

僕が椅子に座ると、スーラがぺたり、と膝に乗ってきた。


「……柔らかい」


ぷるん。


食事を終えたところで、コユキが急に顔を上げた。


「目処、立った」


「……何の?」


「SNS。アカウントの箱。ユキ丸が“辿れない”形にできるって」


言い方がさらっとしすぎて、逆に怖い。


「“辿れない”って、どのレベルで言ってる?」


コユキが、当然みたいに瞬きをする。


「IPアドレスからも。端末情報からも。ログから辿り着く前に、辿れる線が消える」


「……それ、説明できる?」


「できるよ。ユキ丸ができる」


僕は横を見る。

雪だるまロボ——ユキ丸が、ちょこんとこちらを見上げていた。

無表情の丸目。なのに、なぜか“任せて”の圧がある。


「一応、聞くけど。どうやって説明してくれるんだ」


ユキ丸が帽子の縁に指——じゃなくて、細いメカアームの先を当てて、ひょい、と外した。


次の瞬間。


空間に、薄い光が立ち上がった。

立体のスクリーン。三次元の板が、そこに“浮いてる”。


「……えっ」


僕が固まると、コユキが得意げに言う。


「その顔。好き」


「今のは、驚くよ」


ホログラムみたいな画面に、見慣れた“新規アカウント作成”のフォームが並んでいる。

ただし——スマホでもブラウザでもない。空間に浮かぶUI。SFのやつ。


「VRとかMRのデバイスをつけた時のような画面みたいだな……」


「そういうの、好きでしょ」


「確かに好きだけど……」


ディアが、ミニチュアのまま頷いた。


「ユキ丸って……便利ね」


ディアが、小さく笑う。

僕は頷きながら、まだ半信半疑のまま言った。


「便利、で片づけていいのかこれ。家の中でSFが起きてる」


コユキが、きっちり胸を張った。


「当然。ボクが育てた」


「育てたって言うな。ロボだろ」


「育つ」


「育つのかよ……」


画面の中で、図が動き始めた。

一本の線が走り、枝分かれし、また重なって――最後に霧みたいに散る。


説明は文字と一緒に、概念のアニメーションが流れた。

点が“中継”になり、点が潰れて“消える”。

別の点が生まれて、同じ役割を引き継ぐ。


コユキが、誇らしげに言う。


「ユキ丸、地球のネットワークを理解した。追いかける側が追いかけたくても、追いかける“一本”が残らない」


「……いや、待て。今の、すごいこと言ってない?」


「すごいよ」


さらっと返す。

画面の図はさらに複雑になって、最後には“鍵”のアイコンが何重にも重なった。


僕は額を押さえる。


「一応、僕もシステム会社の人間なんだけど……半分も理解できてない。図解付きなのに」


ディアが小さく笑う。


「理解できなくていい部分よ。秀人が知るべきなのは――使った結果、足が残らないってことだけでしょ」


(それでもエンジニア職としてのプライドが……)


「任せて。ちゃんと“辿れない運用”にする」


「……分かった。じゃあ、そこは任せる。あくまで“身元保護”の範囲でな。攻撃には使わないよう」


僕は息を吐いて、降参する。


「で、次はアカウント作成だ」


ホログラムが切り替わり、今度はSNSの新規作成画面が浮かび上がった。


コユキがフォームの入力欄を前足で“ちょん”と叩く仕草をする。

ユキ丸がそれに合わせて、入力カーソルを動かした。

もう、完全に“猫の合図で動く下僕”だ。


「アカウント名はどうする?」


「……Shunaで」


これまで“仮の名”として使ってきた呼び名。


僕が言うと、コユキが首を傾げる。


「黒猫仮面じゃないの?」


「自分で“黒猫仮面です”って名乗るの、なんか嘘っぽくならないか」


「……たしかに。自己申告は胡散臭い」


「だろ。名前は別でいい。あと、投稿は英語でいく」


ディアが小さく笑った。


「秀人は、やっぱり色々考えてるね」


僕は画面——じゃなく空間を見たまま、息を吐く。


「ただ問題は、どうやって“本物”だって示すかだ」


コユキが即答する。


「ゲートで無双する動画、撮って上げたら」


「……今の時代、それっぽい映像ならAIでいくらでも作れる。証明にはならないかも」


コユキが首を傾げる。


「じゃあ、どうするの?」


僕は一拍置いて、言葉を選ぶ。


「でも“完璧な証明”じゃなくていい。まず“出す”。反応を見て、次の手を決める」


――詰まったとき、考え続けるだけだと前に進まない。

小さく出して、現実のフィードバックで仮説を修正する。

仕事でも、結局いちばん強いのはその回し方だ。


また、動いている中で閃くこともある。


「止まってても、何も変わらない」


「まずは一個、出す。やりながら考える」


「うん。動くの、大事」


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