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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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104話『国家の課題と、僕の引き際』

僕は引き際を選ぶ。


「……はい。ここまでにします」


そこで終える――はずだったけど、最後に一本だけ、現実を置く。


「ただ、こっそり監視はやめてくださいね。数百メートル先でも分かります。それができないと、50階層から戻ってこれないです」


一瞬、篠宮さんの顔が固まった。

目が、初めて“数字”に反応する。


「……50階、ですか?」


驚きが漏れるのは当然だ。

九条さんや柊さんたちにも、まだ報告していない。


篠宮さんが、確認するように言葉を重ねる。


「こちらの特務班が19階。米国の、いわゆるドリームチームが24階――その上で、50……?」


数字を並べた瞬間、彼の声の温度がわずかに変わる。

“あり得ない”という感情より先に、“想定外”の処理が走っている。


――そして、この手の比較が出たとき、必ず次にくるのは“大人数でのクリア”だ。

けれど、それはゲートの前提で詰む。


増員でどうにかなる世界じゃない。入り口が、最初から“そういう風に”できている。

同時に入れるのは6人まで。7人目は、弾かれる。

隊の人数を増やせば解決、という話じゃない。


九条が半分呆れた声で言う。


「こいつは、そういうやつだ」


篠宮さんが小さく息を吸う。


「……事実として受け取ります。能力値の再評価が必要ですね」


ようやく、“制度の言葉”じゃ届かない領域だと理解した顔だった。


「……だからこそ、監視は要りません。必要なら、言ってください。正面からなら、いくらでも話します」


沈黙が一拍。

九条さんが、画面の向こうで肩を落とした。


(……さて。ここから、どう着地させる)


会議の輪郭が、はっきりする。


守る、管理する、抑える。

でも、僕を縛り切れない。


――そして僕も、向こうを信用し切れない。


画面の向こうで、篠宮さんが一度だけ呼吸を整えた。


「……分かりました。提案は練り直します。ただし、あなたの管理は“国家の課題”です。そこは忘れないでください」


“国家の課題”。

言い方が、綺麗すぎて、逆に重い。


会議はまだ続く。


「まず、首輪の手配。契約書を送ります」


柊さんがそう言って、すぐに続けた。


「条項は簡素にしてあります。――時任さんが、変な縛りにサインするタイプじゃないのは分かってますから」


こちらの“線”を最初から織り込んでくる。

仕事が早い、というより――余計な消耗をさせない気遣いに近い。


「助かります。そこだけは、最初に固めておきたいので」


九条さんが、軽く頷いてから僕に向き直る。


「で、もう一個。京都の件。……一昨日の岡崎の騒動、知ってるか?」


「知ってます。というか……近くにいました」


言った瞬間、画面の4人が一拍だけ止まる。

僕は余計な誤解が生まれる前に、言葉を足した。


「イベント情報を見て嫌な予感がしたので、様子を見に行っただけです。チケットが買えなくて中には入ってません。外にいただけです」


九条さんが小さく頷く。

柊さんはメモを取っている気配。

八代さんは表情を動かさないまま、視線だけで“続けて”と促してくる。


「今、“黒猫仮面”の偽物も増えてます。首輪も、仮面も。……僕としては、あれを放置したくない」


九条さんが眉を寄せた。


「放置したくない、って。お前、何する気だよ」


「まだ詰めてません。でも、こちらで“火元の鎮火”を考えます。必要になったら、その時は協力をお願いするかもしれません」


画面の端で、篠宮さんが静かに言葉を落とした。


「忠告します。一般人の騒ぎだけじゃない――各国が、“黒猫仮面”そのものを狙い始めています」


言葉は淡々としているのに、こちらの現実をちゃんと見ているのが分かる。だからこそ、背筋にくる。


「強さと首輪の存在が“価値”になっている。欲しがる者は、国だけではない。あなた個人の安全は、もはや私的領域では済みません」


「分かっています。正体が割れれば危険が私に及ぶことも承知の上です。――それに、“価値”になるから、偽物も出回る。それを、よく思っていません」


僕は一拍置いて、続けた。


「だからこそ、これまでも政府の中での情報共有は必要最小限にしてもらっていました。……隠してくれてたんですよね。拡散したら、火種になるから」


九条さんが、口の端だけで笑う。


「……やっぱり、やりづらい男だな」


「褒め言葉として受け取ります」


「褒めてねぇ」


――その後も、首輪の納期と受け渡し方法、それに公表文面の言い回しについて短いやり取りがいくつか続いた。


そのやり取りに、八代さんが少しだけ空気を和らげるように言った。


「会議はこの辺りで締めましょう。柊さん、契約書は送付で。時任さん、確認と返信をお願いします」


時計を見る。

気づけば、もう16時が見えていた。


「では、本日は以上」


九条さんの声で、会議が終わる。


画面が切れて、静寂が戻った。

耳の奥に残っていた声が、ようやく消える。


(肩が重い。――ああ、削られてたんだな)


「……お疲れ」


コユキの声。

ミニサイズのディアがちょこんと座る。腕を組んで、じっと見てくる。


「……疲れた」


「当然よ。あれは“体力”じゃなくて、神経を削る疲れ方だもの」


言い方は淡々としてるのに、距離が近い。

それだけで、労われているのが分かる。


僕が苦笑して肩を回すと、ディアが続けた。


「少し乱暴なところもあったけど……よくやったわ」


「乱暴、って」


「札の切り方。言葉の当て方。――でも、引き際は綺麗だった。相手の線を見て、燃やしすぎずに“戻した”。あれができる人は、そう多くない」


褒められてるのに、素直に頷けない。

そんな僕の顔を見て、コユキがわざとらしく言った。


「はいはい。“褒められて照れる顔”」


「照れてない」


「照れてる」


そこへ、帽子の小さな影がちょこんと動く。

映らない位置にいたユキ丸が、いつのまにか“聞く姿勢”のまま止まっていた。


「……お前も聞いてたのか」


ユキ丸のレンズが一度だけ瞬く。返事の代わり。


コユキが、あっさり言った。


「首輪40個。足りない分と余分に、レグリスに追加で作ってもらう」


「余分、って……」


「すぐ足りなくなるでしょ。世界が欲しがってる」


ディアが淡々と補足する。


「……でも、売れすぎね。退職しても、これでしばらく暮らせるんじゃない?」


「……首輪の売上がなくても当面は、生活は困らない」


僕は短く息を吐いた。


「ただ……ありがとう。気遣ってくれて、動いてくれて助かる」


照れずに言う。

こういう時、言葉を渋ると損だ。


コユキがちょっとだけ、得意げな気配を出した。


「うん。あと、進捗。昨日の続き――“足がつかない運用”のやつ」


「……もう動いてるのか」


「動いてる。ユキ丸、地球のネットワークとサーバの仕組みをだいぶ掴んだ。SNSも、表じゃなく“裏”――ログがどこに残るか、開示請求が来た時に何が渡るか、その導線まで整理してる」


「……早くない?」


「ロボだからね。で、その理解はレグリスにも共有済み。向こうは向こうで“穴が空きやすい運用”を先に潰してる」


その言い方が、やけに現実的で。

胸の奥が少しだけ軽くなる。


サブゲートを抜けて、94階。

空気が変わるだけで、肩のこわばりが少しほどけた。


レグリスへの追加依頼は、コユキに任せた。

彼女はユキ丸と並んで、もう“会議モード”に入っている。


ディアが僕を見る。


「あなたは?」


「……訓練は軽くする。少し体を動かしたい」


ディアは、ふっと目元を和らげた。


「いいわ。頭を使った後に身体を動かすのは、いちばん素直なストレス発散よ。……無理はしないで。今日は“整える”程度で」


「了解」


スーラが足元にぺたり、と寄ってくる。

ぷるん、と小さく膨らんで、僕のふくらはぎに“いるよ”と触れてくる。


「……今日も頼む」


ぷるぷる。嬉しそう。


その後は、派手な訓練じゃない。

呼吸を整える。思考を戻す。ノイズを落とす。

ディアが作った血と魔力の獣を、必要最低限の手数で崩していく。


ディアはモンスターを出した後、何も言わずに先に城の中へ引っ込んだ。


汗が引いていくにつれて、胸の奥のざわつきも少しずつ薄まった。

94階の空気が、また“いつもの顔”に戻る。


――と、そのとき。


ふわり、と料理の匂いが流れてきた。

焼けた香ばしさと、出汁の甘い匂い。胃の奥が勝手にほどける。


ディアが僕の横に立って、いつもの澄ました顔で言う。


「コユキも、レグリスといたいみたいだし。……今日は94階で、皆でご飯にしましょう」


「……豪勢だな。最初から作るつもりだっただろ」


「当然よ。あなた、今は“食べて落ち着く”が一番効く顔をしてる」


言い返しかけて、やめた。効いてるのは事実だ。


僕たちはテーブルを整える。

スーラがぺたり、と皿の端に張りついて、落ちそうになったカトラリーを器用に止める。


少し遅れて、コユキが現れる。

その後ろに、レグリス。ユキ丸も、ちょこんとついてきた。


「会議、終わったのか」


「ひと区切り。あとは回しながら詰める」


その言い方が、もう完全に“同僚”だ。


ディアが料理を並べながら、さらっと言う。


「じゃあ、いただきましょう」


94階の食卓は、静かで、温かい。


夜。自宅に戻ってシャワーを浴びる。

湯気の中で、今日の会議の言葉が一つずつ沈んでいく。


首輪40個。

海外の圧。

偽物の拡散。

そして――“本人が狙われる段階”。


会社の名前が出たら。

現場に波及したら。

取引先が巻き込まれたら。


考えは冷静なのに、結論だけが熱を持つ。


(……水曜だ)


上司が来る。


世間では、GW明けにそのまま出社せず辞める人もいるらしい。

気持ちは分かる。あの切り替えの重さは、毎年ちゃんと刺さる。

――でも、僕はそれとは違う。

逃げるんじゃない。守るために、言う。


寝支度をして、明日のタスクを頭の隅に並べる。


「……大丈夫」


小さく言って、灯りを落とした。


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油断は良くありませんが、戦闘力、索敵能力、強力サポーター多数、情報戦能力(NEW!) これだけ揃った勢力をどうにかできる組織があるんですかね?
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