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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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102話『抜け道は、味方を連れてくる』

レグリスは完璧な角度で首を傾げた。


「マスター。何か問題がございますか」


「問題しかない……いや、今はいい」


言い直して、僕は視線を横にずらす。


雪だるまロボが、僕を見上げている。

無表情なのに、やけに“待ってる”感じがした。


僕が口を開く前に、コユキが言った。


魂縛契約(ソウル・バインド)。秀人のスキルじゃないよ」


「……えっ」


言われて、脳内の引き出しが一気に開く。

そうだ。僕はいつも、色んなスキルを技能共有結(コードリンク)で“借りて”使っている。


(……僕が持ってるんじゃなくて、借りてるだけ)


「待てよ。ってことは――」


「ボクもできる」


コユキが、即答した。


コユキが“すっ”と前に出て、空気が一段、ピンと張った。


雪だるまロボの頭が、くるりと回る。

帽子がほんの少しズレた。


次の瞬間、コユキの声が落ちる。


魂縛契約(ソウル・バインド)


空気は、変わらない。

ただ、雪だるまロボのほっぺの発光ラインが、すっと点った。

帽子の縁も淡く光って――切り替わったみたいに、静かに止まる。


一拍だけ待ってから、短く告げた。


「……成立」


僕は、言葉を失った。


「……成立したのか」


「うん」


コユキが、淡々と答える。


「そんな抜け道が……」


ディアが静かに息を吐いた。


「抜け道というより、最初から穴が空いていたみたいね」


「怖いこと言うなよ……」


僕は雪だるまロボを見下ろす。


「名前は、既に決まってる?」


レグリスがすぐに言った。


「ありません。呼称があった方が管理しやすいです」


「だよな……じゃあ――」


その先を言う前に、コユキが被せた。


「ユキ丸」


「は?」


「丸い。雪だるま。あと、ボクのユキ」


言い切るのが早い。


雪だるまロボが、ちょこんと頭を回した。

返事の代わりみたいに、目のLEDが一度だけ瞬いた。


「ユキ丸でございますか」


レグリスが、妙に納得した声で頷く。


「機体としても、呼びやすい」


「可愛いけど、機体扱いなのか」


「可愛いは性能に影響しません」


レグリスが淡々と補足する。


「なお、ユキ丸は離れていても私と通信が可能です」


「通信?」


「はい。92階のロボ系は、私の通信網で繋がっております。群として管理する方が効率が良いので」


群として、って言い方が急に物騒だ。


コユキが満足げに、ふっと向きを変える。


「じゃ、次」


「次?」


「抜け道、もう一個」


嫌な予感しかしない。


場所を移す。

94階の拠点から、物置部屋の黒いサブゲート前へ。


僕が口を開く前に、コユキが言った。


「ユキ丸、ついてきて」


ユキ丸は音もなく滑る。

転がってるのに、転がってない。

足元が浮いてるみたいで、気持ち悪いくらい静かだ。


「行ってくる」


コユキの声が落ちた。


次の瞬間、ユキ丸がサブゲートに入る。


数分。


そして、戻ってきた。


ユキ丸の細いメカアームが“花が開く”みたいに静かに展開されている。

その両腕に――ノートPC。


家に置いてあるやつだ。

僕が“今日は持って行かないでいいか”と置いてきた、いつもの。


「……えっ」


思わず声が出た。


ユキ丸は、僕の前でぴたりと止まった。

腕の角度を少しだけ変えて、“どうぞ”みたいに差し出してくる。


コユキが誇らしげに言う。


「証明できた。ボクがユキ丸と魂縛契約しても、ユキ丸はボクと同じ扱いになる。――ゲート、出られた」


「……つまり」


「これで、家にも連れて帰れる」


二回目が、口から漏れた。


「……抜け道、成立しちゃったのか」


ディアが笑っている。

声じゃない。表情が見える距離で、ちゃんと“楽しそう”だった。


「可愛いのに、やることが乱暴ね」


「可愛いは正義」


コユキが言い切った。


「正義の使い方が雑なんだよ……」


僕はノートPCを受け取って、膝に置いた。


「ノートパソコンをもってきたけど……これで、何ができる」


コユキが、わざとらしく尻尾を揺らした。


「秀人、昨日、言ってたでしょ」


「……何を?」


「身元を絶対に割られない形で、SNSを動かしたいってやつ」


「……言った。開示とか、解析とか、そういうの全部含めて“辿れない”運用」


「うん」


コユキは、そこで初めてレグリスの方を向いた。


「レグリス。ユキ丸。これ、できる?」


レグリスは間を置かない。


「可能性は高いです」


「即答だな……」


「前提条件と制約は確認が必要ですが、“辿られない形を作る”という目的は理解できます」


コユキが、ノートPCの天板を前足でちょい、と叩く。


「だから、これ。家のやつも持ってきた」


「……それで?」


レグリスが続けた。


「ユキ丸は、システムや仕組みを読むのは得意です。端末の理解、ネットワークの理解、サーバでの記録の残り方――そういう“足跡”になり得る要素を、潰す方向で学習できます」


“足跡”という言葉が、胸の奥に刺さる。


コユキがさらっと言う。


「要はさ。どれだけ探されても、秀人に辿り着けない形を作る」


「言い方……」


「悪用じゃないよ。生活を守るための“最小限”」


方法がある、と分かっただけで胸の奥の重さが少し軽くなる。


「じゃあ、まずは相談だな。条件整理から」


コユキが即答する。


「うん。今日、打ち合わせする」


「打ち合わせって……誰と誰が?」


ユキ丸が、ちょこんと頭を回した。

帽子が少し揺れる。


「ボクと、レグリスと、ユキ丸」


レグリスが一礼した。


「議題を整理いたします。まず“絶対に辿られない”の定義を、言語化してください」


「定義って……」


「条件が曖昧だと、穴が残ります」


コユキが胸を張る。


「先生はボク。助手はこの二人」


「先生、偉そうだな」


「偉いから」


そしてコユキが言った。


「今日は、このままレグリスとユキ丸と打ち合わせする」


「もう会議が始まってる気がするけど」


「これから本番」


ディアが僕を見る。


「あなたは?」


「……訓練する。頭、まだ散ってる」


「わかったわ」


スーラが、ぷるん、と膝に乗ってきた。


(……慰め役か?)


ぷるぷる。


違う。

“やるぞ”の圧だ。


「分かった。付き合ってくれ」


ディアが指先を動かす。


血と魔力が混ざり、形が立ち上がる。

今日の相手は、獣型。


「来るわよ」


来た。


索敵。

回避。

反撃。


僕が半歩遅れると、スーラが足元に“ぺたり”と広がる。

薄い膜みたいな形で、靴底を支えた。


沈み込みが減る。

踏み替えが速くなる。

地面が一瞬だけ“良い床”になる。


「……そういう使い方か」


ぷるん。


得意げに揺れる。


休憩に入ると、スーラが少し膨らんだ。

ぷよぷよのクッションになる。


僕はその上に腰を下ろす。


「……便利だな」


ぷるぷるぷる。


嬉しさが、分かりやすすぎる。


そこへ、影からタオルがすっと出てきた。

スーラが端をぺたりと掴んで持ってきてくれた。


「お前、できる子だな」


ぷるん!


「甘やかしすぎよ」


ディアが言うけど、止めない。


「褒めた方が伸びる」


短く返して、また立つ。


(……今は、動く)


考える作業はコユキがやってくれている。

任せられる相手がいる。そう思うだけで、視界が少し澄んだ。


夕方、家に戻る。

シャワーで汗を落とすと、生き返る。


食卓には、ディアの料理。

いつも通りの匂いがするだけで、気持ちが落ちる。


そして。


廊下の角から、ユキ丸がすっと出てきた。


「……お前、いるのか」


ユキ丸は無言で、ちょこんと頭を回した。

帽子の角度が妙に整っている。


後ろから、コユキが呼ぶ。


「ユキ丸」


即、反応。


ユキ丸の頬のラインがぴっと光る。

腕が静かに展開されて、敬礼みたいな動き。


「(了解です)」


声はないのに、動きがそう言ってる。


「……下僕化が早い」


コユキが当然みたいに言う。


「当たり前」


ディアが小さく笑った。


「教育って、怖いわね」


僕は箸を持ちながら、ため息をつく。


「しばらくは、ユキ丸に学習させるんだよな」


「うん。地球の仕組み、詰め込む」


「スパルタ……」


でも、今はそれでいい気もした。


連休最終日。

明日から仕事――それも、午前だけじゃない。

14時30分から、政府とのWEB会議が待っている。


胸の奥には、朝に浮かんだ“退職”の重さが、まだ残っていた。

消えてはいない。

ただ、押し潰されるほどでもない。


(……まずは、明日を乗り切る)


今日は、コユキに驚かされてばかりだった。

レグリスのアップデート。ユキ丸。抜け道。打ち合わせ。

頭の中が、まだ渋滞している。


コユキが少しだけ得意げに言う。


「明日も驚かせるよ」


「やめろ。午前仕事で、14時半から政府だぞ」


「それ、驚かせに来てるの政府じゃない?」


「言い方」


ディアがさらっと落とす。


「なら、今日は寝なさい。明日は“言葉”で戦う日よ。表情も崩さないで」


確かに。

画面越しでも、崩れると一発で持っていかれる。


スーラが、ぷるん、と足元に寄ってきた。

小さく膨らんで、いつもの“終わりの形”を作る。

柔らかい重みが、思考の角を丸めてくれる。


「……ありがと」


ぷるん。


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