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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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101話『帰還日、そして“教育”の成果』

日曜日。


昨日は騒動もあったのに、京都はちゃんと京都だった。

歩いて、見て、空気を吸って――外に出るだけで、人間は少しだけ回復する。


……ただし。

GWが、今日で終わる。

明日から“いつもの週”に戻ると思うと、心の奥が少しだけ渋い。


リビングで、コーヒーを飲んでいた。

コユキはソファの背。スーラはキッチンで、ぷるん、と小さく揺れながら落ちた端切れや薄皮をぺたぺた回収して消している。

ディアもキッチンで、本体サイズになり何かを切っていた。


「今日、94階だよね?」


コユキが、当たり前みたいに聞いてくる。


「うん、94階で訓練。あと、レグリスが戻る日だし」


「……外の予定、入れてないよね」


声が低い。確認というより、牽制だ。


「入れてない入れてない。今日それやったら、お前、怒るだろ」


「怒らない。……怒るかも」


どっちだよ。


スーラがぷるん、と小さく膨らんだ。

「それな」みたいな反応に見えて、ちょっと笑う。


朝食を片付けて、少しだけくつろぐ。

そこで僕は、ついスマホを開いた。


昨日の京都の騒動が、ちょうどいい“材料”にされていた。

帰還者のトークイベントに、黒猫仮面の愉快犯が乱入。

“帰還者は危険だ”と叫んで、取り押さえられた――それだけの話なのに。


「帰還者イベントは危ない」

「ほら、また揉める」

「だから管理しろ。首輪をしろ」

「同じ目に遭う前に――」


帰還者が何かしたわけじゃない。

でも、騒ぎが起きた“場所”が帰還者のそばだっただけで、矢印はこっちへ曲げられる。

不安を煮詰めて、正義の味方をして、帰還者に押しつけてくる。


(……もし僕の名前が割れたら)


社員。取引先。現場。

僕が関わってきた人たち。


もし正体が割れたら、僕だけで終わらない。

会社名が出て、取引先が掘られて、現場に飛び火する。


会社が守ってくれる可能性はある。

でも、“守らせる”時点で余計なコストと仕事を増やす。


――選択肢は二つ。


今まで通り、身元を徹底して隠し仕事を続ける。

会社と距離を取る。


今の世論の流れを見ていると、炎上は“本人”だけで終わらない。


「……退職も、現実的に考えないといけないかもな」


スーラだ。

空気を読まずに、僕の膝の上に座った。

ひんやり、ぷよ。

思考が一段、やわらぐ。


「……なに」


ぷるん。


慰めてるのか、ただ乗りたいだけなのか。

どっちでもいい。助かった。


コユキが、目だけで笑う。


「難しい顔」


ディアが、僕を見る。

視線が鋭いのに、声は静かだった。


「結論だけ先に固めてる顔ね」


刺さる。

言い返せない。


「……SNS見てた」


「見なきゃいいのに」


「それはそう」


僕はスマホを伏せた。

伏せても、頭の中は止まらない。


「このまま会社にいると、迷惑が行くかもって……思った」


コユキが瞬きする。

ディアは頷くだけ。


「辞める、って決めたの?」


「……まだ。だけど、今はそっちに傾いてる」


言葉にすると、少しだけ現実になる。


ディアが淡々と言った。


「あなたが納得できる方を選びなさい」


止めない。

押しつけない。


コユキは、フラットに言う。


「秀人の思うようにしたらいい」


スーラが膝の上で、ぷるん、と一回弾んだ。

背中を押すというより、“まあまあ”みたいな間。


「……ありがと」


誰に言ったのか、自分でもよく分からなかった。


午後。

物置部屋のサブゲート。

黒い縁を潜ると、世界が切り替わる。


新大阪ゲート、94階。


空が静かだ。

風の音が少ない。

その分、自分の呼吸が目立つ。


(……さっきの言葉が、まだ頭に残ってる)


僕は短く息を吐いた。


「……切り替える。今は訓練だ」


「なら、目の前に戻りなさい。――今は、そのために訓練でしょう」


言い方は静かだ。

でも、背中を叩くみたいにまっすぐ刺さる。


ディアが指先を軽く払う。


血が、細い糸みたいに空中へほどけた。

そこへ魔力が絡む。

編まれるように形が立ち上がっていく。


人型じゃない。

獣の輪郭でもない。

“訓練用”の、余計な感情が混ざらない顔。


「……作ったな」


「ええ。遠慮なく、崩しに来るわよ」


回避。

反撃。

連戦の呼吸と、消費管理。


スーラが足首にぴたりと貼り付いて、次の一歩を“引っ張る”。

躱すときの初動が半拍だけ速くなる。

転びそうな角度に入る前に、身体が正しい位置へ戻される。


「……助かる」


ぷるぷる。


嬉しそうに震えるのが、分かりやすすぎる。


「甘やかしすぎよ」


ディアが言うけど、止めない。


コユキが後ろから言った。


「猫みたい」


「猫はコユキだろ」


短く言い合って、また動く。


汗が落ちる。

息が熱い。

身体の内側が一段、軽くなる。


(……考えるのは後だ)


今は、動く。

それでいい。


そう思ったタイミングで、ディアの目が一瞬、遠くを見る。


「……来たわ」


「レグリス?」


「ええ。連絡が入った」


言いながらディアは、僕の背中を軽く押すみたいに促した。


「少し移動しましょう」


移動後、息を吐いて、肩の力を落とす。

汗の熱が少しだけ引く。


ディアはそれを確認してから、ようやく地面に指をつけた。


細い光が走り、円が描かれる。

転送陣。


92階に繋ぐ――いつものやつ。


光が膨らむ。

空気がひしゃげる。

その中心から、影が落ちる。


出てきたのは――人型。


メイド服。

スカート。

白いエプロン。

やたらと品のいい立ち姿。


「……は?」


僕の声が、間抜けに漏れた。


その横に、もう一体。

小さい。

白い。

丸い。


雪だるまみたいな金属ボディ。

頭と胴が、ぴたりと触れていない。

指一本ぶん、わずかに浮いて繋がっている。


黒い丸目のレンズが二つ。

口はない。

頬のラインが、うっすらピンクに光っていた。


「……なにこれ」


僕が固まったまま言うと、コユキが横から出てきた。

そして――してやったりの顔をした。


「いい顔」


「それ、煽りだろ」


「煽ってない。観察」


ディアが小さく咳払いする。


「とりあえず。紹介して」


メイドが一礼した。

動きが滑らかすぎて、逆に怖い。


「こちらへ戻りました、マスター」


透き通った声。

でも――どこかで聞いたことがある。


「……レグリス?」


「はい。レグリスでございます」


「……見た目も口調も、どうしたの」


「教育結果を反映しています」


コユキが胸を張る。


「いつかゲート外に出ても困らないように“教育”した」


「教育で、メイドになるの?」


「なる」


「なるな」


僕が即ツッコミを入れると、コユキがさらっと追撃した。


「深夜枠の“完璧メイドさん”系アニメ、あるでしょ。あれを参考にした」


一拍。


「……秀人、好きでしょ」


「好きじゃない。たまたま、たまたま流れてただけだ」


「ふーん。たまたまのわりに、最終話まで知ってる」


「……知ってない」


言い返した瞬間――遅れて、僕の脳が追いついた。


(あ)


透き通った声。

抑揚の置き方。語尾の抜き方。


どこかで聞いたことがある、じゃない。

“あの声”だ。


「……声まで、寄せたのか」


「当然」


コユキが、悪びれずに言う。


「見た目だけだと、秀人が納得しないでしょ」


「納得以前に、刺さる方向が違うんだよ……」


レグリスは、完璧な角度で小さく首を傾げた。


「マスター。何か問題がございますか」


問題しかない。

でも――口にしたら負けだと、直感が告げた。


「……で」


隣の雪だるまに視線を戻す。


「こっちは何。新しいおもちゃ?」


コユキが目を細める。


「おもちゃじゃない」


レグリスが、丁寧に答える。


「92階で最も強いロボット型個体をベースに、改良を重ねました」


「改良って……」


「小型化と安全化を優先し、設計フィルタを通しています」


僕はコユキを見る。


「何してるんだ、お前」


コユキは、尻尾を一度だけ揺らした。


「驚くのはまだ早い」


「嫌な予告すんな」


ディアが息を吐く。


「……続きは、落ち着いた場所で聞きましょう」


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― 新着の感想 ―
人型・女性型までは予想した。メイドと来たか・・・ これでスーラが幼女化すれば女系家族ですね、時任さんの性癖がピンチ!(白目
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