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世界崩壊の一歩手前



「――ということで、今週の土曜日の夜に、みんなでよるみなの握手会に行くんです~!」

「ついでに昼間は近くのショッピングモールで開催される、今放送してる『医術戦隊・ヒーリング』のショーも見るんですよ」

「私は付き添いで行くだけです。握手会で一人一個もらえるグッズ要員と、ショーの掛け声要員ですね。がなり声もシャウトも得意なので」

「がなりもシャウトも絶対やめてね」


 あの後――

 三人からの提案で、充も含めた四人でファミレスへ行くこととなった。

 四人で午前中のトラブルによる遅れを何とか取り返し、そのまま定時で会社を後にし、オフィシャルな飲み会以外で初めて部下三人と一緒に食事をした。


「では、まずは私から……」


 そして始まったのが比呂から始まる各自の推しの話だ。

 推しがどういう人物か。どういう経緯で好きになり、追いかけ始めたのか。そして現在の自分の状況と今後の展望。

 まるでプレゼンだ。しかも、職場の営業担当者と同じくらい上手い。

 比呂の「格闘技を習っていて、その理由はいつ『防撃戦隊・ディフェンジャー』にスカウトされてもいいように」という話では笑わせてもらい、咲元の「ヘドバンのし過ぎでドクターストップがかかったため、ライブ中は首にコルセットを巻いてヘドバンしている」という話に軽く慄き、萌木の「よるみなとの交流イベントでは絶対に視線が欲しいのでフリフリのロリィタ服を着ている」という話には驚嘆した。

 みんながみんな、自分達の推しに全力なのだ。

 比呂から始まったプレゼンは咲元、萌木と続き、ついに充の番となった。


「ぇ、ええと……昼間も見せましたが、こちらが私のお、推しの、早智くん、です……」


 充はまだ少し緊張しながらも、自分の持っているものの中から一番良い早智の写真をスマホに表示させ、上体をテーブルに乗り出して話を聞く三人に差し出す。


「おお、結構骨格ガッシリした人なんですね」

「カッコいいじゃないですかぁ~!」

「この人、歌上手い人ですよね」


 最初はどうなるかと思った。

 好きな者同士で話すのと、知らない者に話すのとでは、ハードルの高さがまったく違う。

 それも充がずっと話をしてきた相手は気心の知れた奏太だけだ。

 だからうまく三人に話せるのかと不安だったが、三人はお互いの話を聞き慣れているからなのか、充に対しても聞き上手だった。


「どこで『M33』を知ったんですか?まだ全然メディアに出てないグループなのに」

「それ、あたしも気になった!あたしはよるみなが好きだからギリギリ知ってるくらいでしたけど、主任はどうやって知ったんですか?」

「あと主任の一番お勧めの曲とかも知りたいです」

「えっと……初めて知ったのは――」


 三人は充が話しやすいよう、たまに質問を交えながら聞いてくれる。

 数十分も経てば、充は奏太相手ほどまでとはいかないが、最初に比べるとずいぶんとリラックスできていた。だから――


「『M33』は五人組のグループで――あ、これが全員の画像なんですけど」

「ちょっと待ってこの人めちゃくちゃかっこ良くないですか!?」

「ああ、それは辻井南斗さんですね。しっかり者の方向音痴さんです」

「ギャップ……」

「かなりの天然さんで、前もシラタキと糸こんにゃくを勘違いしたまま話していたのでメンバーを混乱させていました」

「ギャップ……ッ!!」


 とか、


「あ!この人よるみな好きなんですよー!」

「これは鑪佐介くん。美容にすごく気を使っていて、公式チャンネルでメイク動画をあげていますよ。あと、よくメンバーのネイルケアとかもやってあげていますね」

「かわいい……!」

「『butterfly effect』という曲ではセンターで踊っていますので、もし良かったら、ぜひ……」

「はい!!」


 という感じで、咲元と萌木の質問に対してもずいぶんとスムーズに話せるようになっていた。


「はい、里見主任。質問です」


 そんな中、比呂が少しかしこまった感じで小さく手を上げる。


「はい、比呂さん。なんでしょう?」

「メンバーについて確認なんですが、今話されていた感じだと、この人が鑪佐介、その隣が辻井南斗。で、真ん中が主任の推しの間島早智、ですよね?」

「そうですね」

「じゃあ、こっち側の誰が『かなたくん』ですか?」

「か……ッ!?」


 ――一瞬にして体が固まった。

 そうか、比呂には昼間の呟きが聞こえていたのだ。

 確かに早智のカードを見ながら「奏太」と口にしているのは、改めて確認したくなるくらいには気になる事なのだろう。


(ひ、比呂さんて……!)


 どうして、こうも要所要所に立ち会うのだろうか。

 また緊張で体が強張るが、もうここまで来たら行けるところまで行ってやる。半ばやけくそ気味になりながら充は正直に話した。


「奏太、くんというのは、その……SNSで知り合った、同じファン仲間の子、です……」

「SNSで!?」

「主任が!?」

「意外!」


 彼女達の反応もしょうがないと思う。

 充自身だって、まさか自分がSNSで知り合った人とリアルでも会うオフ会をするなんて、数か月前なら考えられなかった。


「本当に意外……!主任て結構行動力あるんですね」

「こらこら、比呂。それは失礼よ。――でも、本当に意外でした」

「良いですね。直接同じファンと好きなものの話ができるって」


 三人の反応は思っていたよりも好意的で肩の力が抜けていく。

 それに、奏太との関係を「良いですね」と羨ましがられたのは、充の中でほんの少しだけの自信になった。

 だから、


「主任、ちなみになんですが……オフ会の写真とか、ないですか?」


 という、萌木の興味津々な言葉に、深く考えずに「ありますよ」と言ってしまったのだ。

 しかも「見せてください」と言われることを見越して、自分からスマホを操作して写真を見せるほどだ。


「これが前回会った時の写真です」


 差し出したスマホに映し出されていたのは、奏太から肩を抱かれ、頬を寄せて笑う充の姿だ。

 奏太はことあるごとに充と一緒に写真を撮りたがった。

 自分のスマホで撮った後は、充のスマホを操作し同じように写真を撮る。最低でも二枚の写真を撮って、奏太は満足そうに「よしっ」と笑うのだ。

 そんな充と奏太が一緒に写った写真を見て、三人がまた身を寄せ合って騒ぎ出す。


「え?」

「え年下……!?」

「いやなんとなく年下とは思ってましたけど、それでも想像よりもかなり年下……!」

「結構年下の金髪男子……」

「いや、ていうか主任、こんな良い顔で笑うんですね……」

「ねぇ!」

「主任可愛い~!」


 三人に言われて、充は照れながらも「やっぱり」と思う。。

 今日三人と私的な話をしていて感じてはいたが――やっぱり若い子はこういうものなのだ。


(みんな息をするように可愛いって言う……やっぱり奏太くんのアレはそういう事なんだ)


 奏太が充に対し、こちらが恥ずかしくなるような甘い表情で言ってくる「可愛い」という言葉。

 あれはやっぱり、若者特有のものなのだ。――が、そう思うと、他の事も気になってくる。


「あの、全然関係ないことを聞いても良いですか?」


 充はスマホを見ながらきゃいきゃいと騒ぐ三人に、「セクハラとかではないんですけど……」と前置きして訊ねた。


「ん、なんです?」

「その……みなさんって、お互い手を繋いだり……は、ハグをしたり、しますか?」

「ハグ?」


 三人はまたお互いに顔を見合わせると、すぐに「しますね」と即答した。


「めちゃくちゃしますね。主に萌木が」

「比呂もしますよ!」

「比呂は歩く時に自然と腕組んでくるし、萌木は手を繋いでくるし」

「ハグもほんと、自然にやっちゃいますね」

「今だって、ほら」


 そう言って咲元がテーブルの下に隠れていた自分の腕を上げて見せる。そこには隣に座る萌木の手が、がっちりと咲元の手に絡みついていた。


「あ、やっぱり若い人はみんなそうなんですね」


 良かった、と思う。

 ずっと頭の端っこにあった違和感と疑問が晴れていく気がする。

 やっぱりそうなのだ、と思う。

 近い距離とスキンシップは、女性同士、同性同士、親しい友人同士、特有のものなのだ。自分達は同性同士で親しい友人同士で、つまりはそれに当てはまる。


(なんだ、やっぱりそうなんだ。……けど)


 なぜだろうか。少しだけ、ほんの少しだけ、寂しい気もする。

 あれはやっぱり若者特有のもので、特別自分にだけしているものではない。

 それがなんだか、ほんの少しだけ、寂しい。


(い、いや、そんなことより――)


 さっきの充の言葉に比呂が「やっぱり、とは?」と首を傾げていたが、奏太のスキンシップの多さの謎が解け、寂しさを紛らわすために充は、もう一つの疑問も晴らすことにした。

 奏太の距離の近さ、スキンシップの多さ、ハグ、「可愛い」という言葉。それらの謎は解けた。

 残る謎はただ一つ。それは――


「なら、キ――」

「まあ、さすがにキスはしませんけどね」


 ほぼ同時に口を開いた咲元の言葉に、充の知りたい答えがあった。

 充が確認しようとしていた疑問。それは、「キスもよくするのか?」というものだった。


「キスはやっぱり意味があるのもですから、同性同士でも易々とは、ね」


 咲元は充と発言が被った事にも、充がまたピシッと固まった事にも気付かず、そのまま話を続ける。


「うんうん。手を繋いでハグもしてってのは全然いいんですけど、キスはな~」

「だよね。たまに海外とかの若い子はふざけてじゃれ合ってキスしてるのとかあるけど、キスはやっぱり違うよね」


 その、咲元と萌木の会話に、充の頭の中で奏太とのキスがフラッシュバックした。


「照れちゃって可愛い。じゃ、もっとやっちゃいます!」


 あの時の奏太の言葉。

 これだけなら、咲元の言った通りふざけてやったキスに思える。……が、問題は、あの後のキスだ。


(あれ、は……ふざけているように、見えなかった……)


 一度目に唇にされたものは驚くほど熱く、それ以降のものは拍子抜けするほど軽かった。

 まるで一度目のキスを誤魔化すように――


「ほっぺやおでこならともかく、唇はさすがに仲の良い人でもな~」

「逆に意識して欲しくてやってるっていうのもあるかもよ」

「あ~なるほどね。でもやっぱり、関係性にもよるよね。恋人になる間近の関係とかなら、まあいいんじゃないって感じだけど」


 ……と、すると、自分達の関係性とは?

 手も繋いでハグもして、キスもして……それでも恋人ではない自分達の関係性。


(もしかして、だけど……)


 もしかして、奏太は、自分を好――


「主任、どうしました?」


 巡りだした思考を、いつかのように比呂の声がバッサリと切り捨ててくれた。

まだ楽しそうに咲元と萌木が話している中、比呂が固まったままの充にもう一度「主任?」訊ねる。


「あ――」


 比呂が話しかけてくれて良かった。

 危うく、辿り着くはずのない、辿り着いてはいけない答えに辿り着いてしまう所だった。

 その答えはもう頭の中から飛んでしまって思い出すこともできないが、辿り着いたら奏太との今の関係性が大きく崩れてしまう。


「な、んでもない、ですよ……?」

「そうですか。世界崩壊目前のヒーローみたいな絶望顔してたんで、どうしたのかと思いましたよ」


 ある意味的を得ている言葉に、なんとか「目前で回避できました……」と返せば、比呂はますます怪訝な顔をした。


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