表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

影とアレ

作者: Rena3

「影とアレ」


これは、まだオレが中学生だった頃の話だ。


当時のオレは不登校で、朝も昼も夜も家で過ごしていた。

ゲームをして、ネットを見て、気がつけば一日が終わっている。

勉強の意味も意義も分からなかったし、何より、やる理由がどこにも見つからなかった。

「やらなくていいや」と、本気でそう思っていた。


あの日も、そんなふうにして過ごしていた。

昼下がり、うっすらまどろんでいたオレは、自分のベッドで横になっていた。

その部屋は兄貴と二人で使っていて、兄貴は高校生だったから、いつもなら午後には学校から帰ってくる。


だから、部屋のドアが開く音がしたときも、特に驚かなかった。

布団の中から、声でこう言ったのを覚えている。


「おかえり……早かったな……」


そのときだ。

寝ぼけた視界の端に立っていた“影”が、すうっと動いて、ベッドの下からオレの足をつかんだ。


冷たい手だった。

指の一本一本の重みが、皮膚越しに分かった。

そして、力任せに――でもどこか遠慮がちに、オレの体を下へ引きずってきた。


気がついたときには、ベッドのマットの端から半分、体がずり落ちていた。

寝相が悪くてベッドから落ちることなんて何度もあったけど、こんなふうに“足元から”引っ張られたみたいに落ちるなんて、初めてだった。


一番気味が悪かったのは、

“確かに足をつかまれた感触”が、まだ残っていたことだ。


慌てて足をさすってみても、何かがついているわけじゃない。

でも、ぬるりとした、乾いているのに湿ったような感触が、肌の奥にこびりついて離れなかった。


夕方、兄貴がほんとうに帰ってきた。

怖くなって「さっき、オレの足つかんだ?」って聞いてみたけど、笑われただけだった。


「え、お前起きてたじゃん。オレ、今帰ってきたとこだよ?」


じゃあ、あのときドアを開けて入ってきた“影”は――

あれは、誰だったんだろう。







それ以来、オレはベッドで寝るのが怖くなった。


最初は、単なる夢か何かだったんじゃないかって自分に言い聞かせてた。

でも、どうしてもあの影や“あの手の感触”だけは、現実のものだったとしか思えなかった。


兄貴に話しても気のせいだろって言われるし、離婚してたから、ワンオペの父親に言っても気にも留められない。

結局、オレは自分でなんとかするしかなかった。


それからしばらくは、ベッドの下に荷物をぎっしり詰め込んだ。

ダンボールや漫画、要らなくなった服――物理的に“何か”が入りこめないように。

それでも、夜中に目が覚めて、ふと床に目をやると、何かが覗いているような気がしてならなかった。


その“何か”は、見えたことは一度もない。

でも「音」は、聴こえた。


最初に気づいたのは、深夜の2時ごろだった。

寝ようとして、電気を消した直後、

ベッドの下から――コツ、コツ、と、軽く天板を叩く音がした。


はじめは、気のせいかと思った。

でも、数日後にもまた鳴った。

しかもその時は、音の直後に、壁際の棚に置いていたゲームソフトが一枚、床に落ちた。


偶然とは思えなかった。

だって、叩く音のあと、“必ず”何かが落ちたり、動いたりするからだ。


兄貴にそれを話したら、「床が傾いてるんじゃね? 」と冷静に返された。


でも、オレはそれを“見たんだ”。




兄貴がまだ帰ってくる前。


ドアを閉めて電気をつけて、イヤホンで音楽を聴いてた。

ふと、イヤホンの外側で小さな物音がして、取り外すと、

ベッドの下から、「スス……ス……」と何かを引きずるような音が、部屋の中を一周して、またベッドの下に“戻っていく”のが分かった。


自分以外、誰もいないはずの部屋の中で、音だけが動いていた。

見えない“何か”が、壁際の空気を擦りながら、ベッドの周囲を回って――最後に、また潜り込むように消えていく。


音は、出て、動いて、戻ってくる。


それが何度も繰り返されるうちに、オレはもう、電気を消せなくなった。

寝る前にはライトを点けて、ヘッドホンをつけて、好きな曲で誤魔化すようになった。


だけど、ある夜。

明かりの下で眠っていたオレの枕元に、

ぬるり、と濡れた“手のひら”が置かれた。


見上げると、誰もいなかった。

ただ、壁に掛けていた兄貴の制服が――何故か、濡れていた。


……“アレ”は、オレの足元から入ってきたけど、

今はもう、枕元まで来ているらしい。





「また見たのか?」


あいつ――つまり弟が、「ベッドの下から手が出てきた」と言い出したのは、夏休みに入る前の数週間前くらいだったと思う。


その頃、俺は高2で、まあまあ忙しかった。

部活はないが工業高校ってことで課題は山積み、バイト、友達づきあい。なにしろチャリで片道10kmはあったし、タイヤは日常茶飯事でパンクするわ。家に帰っても、自分のことでいっぱいいっぱいだった。


正直、不登校になった弟には、ちょっとイラついてた。


父が忙しいのもあるけど、何より家にいる時間が長い分、色々な事を変なことを考えすぎてるように見えた。


最初は、怖い夢でも見たんだろって思ってた。

それを現実とごっちゃにして、ビビってるだけだろうって。


でも、弟の様子がどんどんおかしくなっていった。


夜、ライトをつけっぱなしで寝るようになった。

同じ部屋で寝てて、仕切り用のカーテンはあったけど、覗くとやたらとヘッドホンで音を遮断してるし、ベッドの下を気にしてるのが丸わかりだった。


それでも俺は「まぁ放っときゃ治るだろ」くらいに思ってた。


そんなある日。

ちょうど俺がバイトから戻った夜、部屋に入った瞬間、違和感があった。


なんていうか……空気が“変わってる”。

誰かがずっと部屋にいたような、妙に湿ったにおいがしていた。


しかも、自分の毛布の位置と携帯(当時はガラケー)の充電器があきらかにズレてた。


普段から早く起きないと間に合わないから、自分が使ってる物の位置なんて、なんとなくどこにあるかわかるだろ?


弟がやったんではと思うかもしれないが、当時も現在も、弟はそんなくだらない事をする様な性格じゃない。

物やゲームとか借りたりする時は、お互い必ず一声かけてたりしてたから。


弟は、ベッドの上から俺を見て、「おかえり」と言った。

あいかわらず顔色が悪く、寝不足の目をしていた。







その夜、変な夢を見た。


というか――最初は夢だと思っていた。


暗い部屋の中、なぜか体が動かなかった。

金縛り、ってやつかもしれない。

目だけが動いて、部屋の隅に置いてあるダンボールをずっと見ていた。


すると、そのダンボールのすき間から、

何かが“這い出してきた”。


白くて細長い指だった。

指が一本、二本……と、ゆっくりと床を掴むようにしながら、姿の見えない何かが近づいてきた。


怖いのに、目が離せなかった。

そいつは、俺の足元まで来ると、

ぬるり、とした手で俺の足首を掴んだ。


その瞬間、心臓が跳ねるように動いて――気づいたら、朝になっていた。


「……夢だったんだ」




そう思おうとした。


だけど、足首には、薄く赤い跡が残っていた。

まるで、指でぎゅっと掴まれたみたいな、五本の線が。


朝食のとき、弟が俺を見て、言った。


「……見たのか?」


俺は、なにも答えられなかった。

それ以来、俺も電気をつけて寝るようになった。


だけど、知ってしまったんだ。

あれはたぶん、夢なんかじゃない。







「一晩だけでいいからさ、誰か呼ばない?」


唐突にそんなことを言ったのは弟だった。

夏休みに入って数日が経った頃。

蝉の声がうるさい午後だった。


俺は正直、迷った。


オレらの部屋には“何か”がいる。

俺もそれは分かってる。けど、それを他人に体験させるのは……やっぱりどこか、罪悪感があった。


だけど弟は、どうしても「他の人を呼んでほしい」って、藁をも掴むって顔をしていた。



特に弟は父親も信じてくれない、学校にも行けないし、オレにも信じてもらえなかった――

その積み重ねが、全部そこに出ていたんだろうな。


「いいよ、じゃあ呼ぶか」


そうして俺が呼んだのは、中学の頃からの友達――トリっちゃんだった。


トリっちゃんは明るいやつで、霊とかオカルトとか信じてないタイプ。

弟とも顔見知りで、ゲームやら映画やら、当時、TSUTAYAで借りた稲川淳二の怖い話なんかも、一緒に観る仲だったから、弟の頼みには快く応じて、

「おう、じゃあオレが霊退治でもしてやっか」なんて笑っていた。





夜、三人で飯を食ったあと、トリっちゃんは弟のベッドで寝ることになった。

俺は部屋の反対側、机の椅子でガラケーをいじりながら、半分監視のつもりで起きてた。


その時は、何もなかった。





ただ0時を過ぎたあたりから、部屋の空気が、変わった。





風もないのに、カーテンがふわっと揺れた。

そして――音がした。


「……スス……ス……」


何かを引きずるような音。

それは、トリっちゃんの寝ているベッドの下から聞こえてきた。


俺は怖くて音を聞くことしか出来なかった。

でもその瞬間、トリっちゃんがガバッと上体を起こした。




「……今、誰かいたよな?」


声は震えていたが、意外にもトリっちゃんは冷静だった。

それでも顔から血の気が引いているのがわかった。


「なんかさ……ベッドの下から、見てたんだわ。目が……目があった。黒い、濡れた顔で……」


トリっちゃんは出来るだけ冷静に起きた事を話してくれた。


ベッドを横になって眠いって思いながら、過ごしてとら、最初は部屋のアチコチで音がしたらしい。特にベッドの下から何が動く様な気配がして、なんなんだ?と思い、おもむろに下を向いたらしい。

そしたら、アレがいたらしい。



電気もつけたけど、もちろんそこには何もいない。


トリっちゃんはこう言った。



「とりあえず出来ることやろうぜ」


トリっちゃんはそうは言ったが、当時はググることも、SNSで誰かに聞いたりもできないから、幽霊の撃退方法なんてマジでよくわからんのが正直なところ。


でも俺たちはトリっちゃんの言う通りにした。


まずトリっちゃんは家にあった博多の塩をベッドの下に、まるでアンダースローの様にして投げつけた。


フローリングだったから、どうせ掃除も楽だし。

いまはアレの対処をしてくれるだけでありがたかった。


トリっちゃんはおもむろにマットレスを引き剥がしてフレーム下が見える場所に向かって話しかけた。



「オレの友達にふざけたことしてんじゃねーよ。ぶち殺すぞ」


余りの冷静さに、オレと弟は呆気に取られていた時、家の壁やいたるところから音がなる。


彼はそれを聴いてさらに続ける。



「そもそもお前の家じゃねーだろ?なに人様に迷惑かけてんだよ」


そういうとトリっちゃんは、ジーパンを脱ぎ捨て始めて、その……男のソレをベッドに向けはじめてた。


「そんなに掴みたいなら、オレの〇〇〇を掴んでみろよ。クソ幽霊風情がなめてんじゃねーぞ!」



彼が本気でブチギレた姿をはじめてみた。

トリっちゃんは、いつでも明るくて、冗談を言い合う良いやつだったから。


友達を傷つけるアレにガチギレしたんだよ。


散々、ボロクソに言った後、三人で掃除して綺麗にした後、オレ達は狭いけど、弟のベッドで寝ることにした。


彼のおかげか、なぜかそれ以来、パタッと怖いことも不思議なことも起こらなくなったんだ。



持つべきものは友だとオレは後日トリっちゃんに感謝して、吉野家の牛丼を奢ったのをおぼえてる。

トリっちゃんがその時言ってたんだ。


「どんなモンにも嫌なことってあるだろ?だから、脅したり、汚いモン観せて追い出せばいいんじゃねーってさ」


「だから、あんだけしてたのか。普段からは想像もできんかった」


彼は大笑いしていた。


「そりゃそうだろ、普段からあんなのしてたら、お前だって友達になりたくねーだろ」


たしかにと2人で大笑いしたことも懐かしい。



ただアレが一体なんだったのかは、今でもわからない。


終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ