第一章 記憶の断片 #3
「……信じられないよ、そんなの」
澪は呟いた。けれど、その言葉とは裏腹に、心の奥ではすでに知っていた。
魂の記憶、ノエル、カイン。そして、千の魂の話――全部が、現実と同じ温度で息づいている。
「君の中に、記憶は残ってる。断片でも、きっと呼び起こせるはずだ」
カインは、ポケットから小さな金属片のようなものを取り出した。手のひらにのせると、それは柔らかく光を帯びる。
「これ……なに?」
「“魂の鍵”。君の前世の記録のひとつだ。手に取ってごらん。触れるだけで思い出すはずだよ、澪」
澪はゆっくりと手を伸ばした。
指先が光に触れた瞬間、視界が白く染まる。
***
青く霞んだ空。二つの太陽が沈みかける砂漠の地平線。
そこにいたのは、自分だった。けれど地球の澪ではない。異なる姿、異なる名前、異なる星の民。けれど確かに“自分”だとわかった。
「いつか、また会えるよね?」
異星の少女が、誰かに微笑んで言った。砂の風が吹き抜けて、二人の姿をかき消していく。
***
「……見えた」
澪は、ゆっくりと目を開けた。涙が一筋、頬を伝う。
「これが……私の、魂の記憶」
「そうだ。千の魂は、それぞれ無数の人生を生きてきた。けれど、君の魂は特別なんだ。最初に生まれ、最も多くの星を巡った。だから、君の記憶は宇宙そのものの記録でもある」
「私が、そんな大層なものだなんて……」
カインは静かにうなずいた。
「でも、澪。その記憶が狙われてる。君の中にある“起源”が、世界の均衡を変える鍵になるんだ」
「……どうすればいいの?」
澪は問うた。もう逃げる気はなかった。
「一緒に来てほしい。僕と。千の魂の記録を守る旅に」
夕暮れの空に、星がひとつ、淡く瞬いていた。
それは澪にとって、ただの星ではなかった。
遠い記憶のどこかで、彼女が命を終え、また生まれ変わった星。
何千、何万の命が繋がったその光が、今、再び彼女を導いていた。
「……うん、行くよ」
その一言で、澪の世界は静かに終わり、新しい世界が始まった。