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家に搾取され続けてきたので逃げ出したら王子と姫に拾われて溺愛されました

作者: スズイチ
掲載日:2025/01/07




「喜べ、シェリア! 行き遅れのお前のために婚約者を見つけてきてやったぞ!」

 

「………………は?」


 泥酔した父を介抱していたら突然放たれた言葉に呆然とする。


「相手はなんとゾルマン侯爵だ! どうだ凄いだろう! まあ、ちょーっと年が離れすぎてるかもしれんが今年二十四歳にもなるお前を貰ってくれるっていうんだから感謝しないとな! ハハハ!」

 

「……ねえお母様、ゾルマン侯爵って確か六十歳くらいじゃなかったかしら?」

 

「そうよ。しかも無類の女好きで七回も離縁なさっているとか。あと常に五人以上の愛人がいらっしゃるとも聞いたことがあるわね」


 側にいた母と妹の会話が耳に入る。

 二人は父の介抱をしているわたくしを見ているだけで手伝う気はさらさらないようだ。


 朝から社交場に出掛けていて、ようやく帰って来たかと思えば……何を考えているのかしら、この父親は。


「あのねお父様、わたくしは……」

 

「うるさい! うるさい! うるさーーーーい!!」

 

「お、おと……」

 

「もう決めたことなんだから口出しするな! お前は大人しくゾルマン様の元に嫁げばいいんだ! 全然嫁に行こうともせず偉そうにこの家を仕切って! お父様がどれだけ恥ずかしかったのかお前にわかるか!?」

 

「そうね。わたくしも思っていたわ、この子いつ家を出て行くのかしらって」

 

「確かにお姉様がいるだけで息苦しいですわよね、この家」


 母親と妹が父の言葉に賛同する。

 

「娘のくせに随分と偉そうにしていたものねぇ」

 

「ちょーっと人より頭が良くて魔法が得意なだけだというのに! 女なんだから、そんなのどうでもいいんだよ! まったくもって可愛げのない娘だ!」

 

「でもゾルマン侯爵なんて年の離れた色惚けじじいと結婚だなんてお姉様お可哀想ぉ。くすくす」

 

「しかしまあ、あの色惚けに年頃の娘を差し出すだなんて……侯爵に幾らくらい積まれたのかしら? わたくし新しいドレスと美術品が欲しかったのよねぇ。あの子のせいで欲しい物もろくに買えなかったのだから、少しくらい贅沢させて貰わなくては割に合いませんわ」

 

「えー! お母様だけずるーい!」


 ――なに、この会話。私は家族にこんなふうに思われていたの?

 先ほどまで父の背中を撫でていた手が震える。

  

 私は領地運営の苦手な父に代わり大量の書類を捌き、交渉なんかも一人で行なっていた。

 金銭管理を厳しくしていたのだって、そうしないと母が湯水の如く使ってしまうからだ。

 この屋敷だって私が管理する前は頻繁に使用人が辞職するような状態だった。

 

 休む暇なく働いていて働いて働いて……。

 

 そんな中で妹は家のことなど何も考えず自由に暮らしている。思うところはあったが、これも長女の勤めだと割り切るようにしていた。

 

 結婚していないのも家のために入婿をと考えて条件に合う殿方を探していたためだ。

 

 全てこの家……キュリー家のためにと頑張ってきたのに、行き遅れ扱いして勝手に四十近く年の離れた訳ありの侯爵との縁談を決めてくるなんて。

 

 それだけではなく、ここぞとばかり私に対する不平不満ばかり口にされて心が折れてしまった。

 

 ――私はもうこの家のために何も頑張れない。


 泥酔した父親を使用人と共に何とか部屋まで運び終えると、自室へと戻りトランクに必要最低の荷物を詰め込んでから誰にも見つからないよう、ひっそりと家を出て行く。


「……っ、私の人生なんだったのかしら……何のためにここまで頑張って……尽くしてきて……こんな家もう二度と戻ってくるものですか……」


 ぐっと涙を堪えると急ぎ足で街の方へと向かった。


 ◇


「……っ、寒い……」


 勢いで出て来てしまったせいで私は馬車に乗ることが出来ず、おまけに悪天候で街に辿り着くことが叶わずにいた。


「どうしましょう……このまま死んでしまうのでしょうか……もしくは野盗に襲われてしまったり、凶暴な野性動物に出会したり……」


 雨を凌ぐために木の下で蹲りながら最悪の事態を想像していた時。


 ――ドンッ!!


 突如聞こえて来た鈍く大きな音に驚いて肩を揺らしてしまう。


「な、何事ですの、この音は……?」


 私は魔法で辺りを照らすと音のした方へと向った。そこには傾いた馬車が駐まっており、雨の影響で脱輪している様子が伺えた。


「――大丈夫ですか!?」


 急いで駆け付けると馬車を押し上げようとしている御者達に混じり彼らを手助けする。


「お、お嬢さん、あんた服が!」

 

「構いません! それよりも今は人手が必要でしょう!?」

 

「す、すまねぇ!」

 

「恩に着る!」


 三人がかりで何とか泥濘ぬかるみから脱出させると全員が安堵の息を吐く。


「よ、良かったぁ」

 

「助かったぁ。ありがとな、お嬢さん」

 

「いえ、困った時はお互い様で……って、腕から血が出ていますわ」


 御者の腕の怪我に気付き私は顔をしかめる。


「ん? ああ、こんなのどうってことないさ」


「怪我を甘く見てはいけませんよ。失礼いたしますわね」


 そう言って怪我の上に手をかざし、小さく呪文を唱えると、淡い光が揺らめき傷口が塞がれてゆく。


「……はい。もう大丈夫ですわ」


「あ、ありがとう! 凄いな、こんなに綺麗に治せるなんて」


 その言葉にふふっと笑みを零すと馬の異変に気付く。


「……もしかして、あなたも怪我をしているの? 見せてちょうだい」


 馬を調べると前腕が傷付いており、私は急いで呪文を唱えると傷を癒してゆく。


「お嬢さん、何から何まで本当にありがとう」

 

「ふふ、お役に立てて良かったです。ところで、中の方はご無事なのでしょうか?」


 気になってキャビンの方を見つめる。


「あ、いや、この中は……」


「構いません」


 可愛らしい声と共に扉が開くと、中から十歳前後の品の良いドレスを身に纏った美しい少女が現れる。思わず見惚れていると少女の麗しい頬に擦り傷ができていることに気付く。


「――頬に傷が! 大丈夫ですか? ちょっと見せてください」

 

「お、お嬢さん、その方は……」

 

「問題ありません。――見ていただけますか?」

 

「勿論です。……ああ、少し血がにんじでいますね、失礼します」


 少女の頬に手をかざし傷を治すと、にこりと愛らしい笑みを向けられる。


「ありがとうございます。ところで、このような時間に悪天候の中でなにをなさっていらっしゃったのですか?」


 少女の問に私は苦笑する。


「実は朝までに街まで行きたいのですが、馬車に乗ることができなくて……」


「まあ、そうでしたの。よければこの馬車に乗っていってくださいな」


「こ、こんなに汚れているのに、よろしいのですか!?」


「勿論ですわ」


 有り難いことに馬車に乗せてもらえた私は嬉しすぎて道中あれこれ少女のお世話をしてしまう。

 少女……セシリアちゃんは嫌がらずに終始にこにこと笑って受け入れてくれた。


「ねえ、シェリアさん。よろしければ何故こんな悪天候の中、歩いて街まで行こうとしていらっしゃったのか教えてくださらないかしら。なにか事情があるのでしょう?」


 セシリアちゃんの問に困ったように愛想笑いを浮かべてしまう。

 どう考えても、こんな年若いお嬢さんに聞かせるような話ではないと誤魔化そうとしたが、真っ直ぐな目で見つめられて思わず家での出来事を話してしまった。


「……そんなことが。大変だったのですね」


「すみません、こんなお話を聞かせてしまって……ですが聞いてもらって少し気持ちが晴れました。ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ立ち入ったことを聞いてしまい……あら、着いたみたいですわね」


 馬車の止まる音が聞こえ、扉が開けられる。馬車から降りると私は大きく伸びをしてセシリアちゃんに別れを告げる。


「ここまで本当にありがとうございました。どうぞ、お元気で。失礼いたします」


「お待ちになってシェリアさん! 貴女にお礼をさせてくださいな。すぐに迎えの者もやってまいりますので」


「そんな、馬車に乗せていただけただけでも十分です! お気になさらないでください」


「それでは、わたくしの気が済みませんわ……ああ、ちょうど迎えの者が着いたみたいです」


 兵士に囲まれた馬車が到着すると中からとんでもない美丈夫が現れる。

 セシリアちゃんと同じ白金プラチナの髪に透き通った翡翠色の目、高身長で手脚が長く体型までもが美しい。


「オーギュストお兄様!」

 

「セシリア、秘密裏の登城ゆえ騎士団を付けられず、すまなかった……道中変わりはなかったか?」


 お兄様!? この美丈夫はセシリアちゃんのお兄様なのですか……確かにセシリアちゃんも綺麗な子ですものね。

 見惚れていると二人の視線がこちらに向けられる。


「――お兄様、こちらシェリア・キュリーさん。道中とても助けていただいたので、そのお礼に食事をご馳走させていただこうと思っておりますの。お兄様もご一緒に参りましょう?」


「そうか。ならば共に行こう」


「え、あの、セシリアちゃん、私は本当に……」


「さあ行きましょう、シェリアさん。とても素敵なお店ですのよ」


 セシリアちゃんに手を引かれると足早にお店まで連れて行かれて、中へ入ると二階奥の特別な席へと通される。更には汚れた服の替えまでしていただいた。

 ここまで来たら折角の好意なのだからと食事を存分に楽しませてもらおうと意気込む。

 運ばれて来た料理はどれも絶品でお腹も心も存分に満たしてくれた。

 幸せな時間だなあと笑みがこぼれてしまう。でもこんな幸せは長く続くものではない、家を出た私はこれからのことを考えて行かねばならないのだ。

 目の前の麗しい二人と食べ終わったお皿を見つめ、小さく息を吐くと静かに口を開く。


「――ご馳走さまでした。とても美味しかったです。……こんなにも良くしてくださって、ありがとうございました。では、私はこの辺で失礼いたしますね」


 立ち去ろうとする私の腕をセシリアちゃんが柔く掴む。


「お兄様、わたくし決めましたわ。この方を侍女にします」


「………………は?」 


 混乱する私を余所に少女は麗しい笑みを湛えていた。



 

 ◇




――あれから三ヶ月。

 気が付けば、私は隣国のお姫様セシリアさまの侍女になっていました。

 各種手続きなんかもあっという間に済まされてしまって、今の私はシェリア・キュリーではなくシェリア・ルインストと名乗っています。


 まさか、あのお二人が王族の方だとは思いもせず……確かに見目も身形もとても美しく上品ではありましたが……。

 突然セシリア様から侍女にしますと言われた時はどうなるものかと不安でいっぱいでしたが、人生何とかなるもので今では侍女頭をしております。

 

 しかし……

 

「シェリアさん、この書類をオーギュスト様に届けていただけませんか?」


「シェリアさん、明日行われる晩餐会でのオーギュスト様の礼服を一緒に選んではいただけませんか?」

 

「シェリアさん、オーギュスト様がセシリア様とご一緒にバルコニーでお茶は如何ですかとのことです」


「シェリアさ……」


「ま、待ってください、私はただの侍女ですよ!」


 なぜセシリア様の侍女である私がオーギュスト様に書類を届けて、礼服選びを手伝い、王子と姫と一緒にお茶をいただくのだろうか。


「ですが、シェリアさんが行ってくださるとオーギュスト様いつも表情が柔らかくなりますし」


「シェリアさんがお褒めになった衣装を大変嬉しそうに着用なさっていましたし」


「オーギュスト様が三人でお茶を召し上がりたいとのことでしたので……」


 オーギュスト様……氷のような美貌と淡々とした性格のせいか怖がっている使用人が多い。

 話してみると穏やかで紳士的な方だと分かるのですが……。


 ◇


「勿体ないですねぇ……」


「何か言ったか?」


「いえ。……それにしても遅いですね、セシリア様」


 私は今、オーギュスト様と二人でバルコニーでお茶をいただいていた。何だかんだで結局は流されるままに書類を届けに来て、礼服も一緒に選び、こうしてお茶の時間を共にしている。


「そうだな。恐らくダンスレッスンが長引いているのだろう」

  

「……ああ、あの先生お厳しいですから……。そういえば、先日いただいた焼き菓子もとても美味しゅうございました。ありがとうございます」


 オーギュスト様は時々……いや、頻繁に差し入れをくださる。

 王子様なのに私のような使用人にも何かと気を使ってくださる素晴らしい方なのです。


「――良かった。あの菓子は貴方の口に合ったのだな」


 目を細めて微笑むお姿に思わず胸が高鳴る。美丈夫の笑顔は心臓に悪いですわねぇ……。


「……オーギュスト様は本当にお優しいですね」


 ふふっと笑うとオーギュスト様が不思議そうに首を傾ける。


 このようにお城では和やかで平和な毎日を過ごしていた。

 


 ――そんなある日。



「シェリアァァ!! ここに居るのはわかっているんだ! 出てこぉぉぉい!!」


 城のエントランスホールで誰かが私の名を叫んでいるのが聞こえたので急いで見に行くと、そこには二度と会いたくないと思っていた存在……父親が兵士たちに囲まれ暴れていた。

 その姿を見て私は思わず片手で顔を覆い、溜め息を吐いてしまう。


「す、すみません、シェリアさん」

 

「何とか追い出そうとしたのですが、しつこくて……」


「いえ……こちらこそ、ご迷惑をおかけしてしまってすみません」


 兵士の方たちに謝罪すると父がこちらに振り向く。


「やっと見つけたぞ、シェリアァ!!」


 肩で息をしながら父が叫び続ける。


「お前が出て行ったせいで家はめちゃくちゃだ!! 妻の浪費は止まらんし妹の方はワガママ放題で俺の言う事をなにも聞きやしない! 早く戻って来い! お前はキュリー家の長女なんだぞ!!」


 父親……いや、この獣の言葉に失笑してしまう。

 

「――自業自得ではありませんか。私には何も関係ございません。それより、他国の王城にまで来て無礼な振る舞いはやめてください。このままでは処罰され――」


 私の言葉に父親だった男の顔が怒りで赤黒く染まる。

  

「うるさい! うるさい! うるさーーーーいっ!! 誰に口答えしているんだ!? 育ててやった恩も忘れたのか、この恥知らずのバカ娘がっ!! 今ならまだ許してやるから、さっさと帰るぞ!!」


 兵士たちを押し退けて私の近くまで来ると腕を伸ばしてくる。その手を振り払おうとするよりも先に私のことを庇うようにして誰かが間に入って来た。

 

「うちの侍女頭になにか?」


 ――オーギュスト様!?

 

「はあ!? こいつは俺の娘だ! そこを退けっ、連れて帰る!!」

 

「それは困るな」

 

「知るか! なんなんだ、お前は! 部外者は黙っていろ!!」


「――これは申し遅れました。私はオーギュスト・ラグレジェルド。この国の第三王子であり、シェリアさんの婚約者です」

 

「…………………は?」


 婚約者? 誰が? 誰の?

 混乱していると周りが騒がしくなる。

 

「……オーギュスト様とシェリアさんが婚約?」

 

「うそっ! ほんとに?」


「わぁぁ! 凄い!」


「おめでたい!!」


 わっと大きな歓声が上がる。

 いや待ってください、なにこの反応……どういうこと?

 

「そんな横暴許されると思っているの……か……いや、待てよ……あんた今自分のこと王子って言ったよな? 王子と結婚ってことはキュリー家は王族との繋がりが出来るってことで……つまり……ぐふっふははっ! 良くやったぞ、シェリア、ゾルマン様なんかとは比べものにならん縁談だ! これでキュリー家は……」 


「あらあら、随分とお騒がしいこと」


 ふわりと長い白金の髪が視界に入ると華奢な両腕が私の左腕に絡められる。


「せ、セシリア様……?」

 

「シェリアさんはルインスト家のご息女でしてよ。どなたかとお間違えではなくて? ねぇ、お兄様」

 

「ああそうだな」


「……は? る、るいんす……?」


「アナタのような粗暴な人とは縁もゆかりもございませんわ。わたくしの大切な方に妙な難癖をつけないでくださいませ」


 セシリア様は視線を私の方へと移すと、にこりと微笑む。


「シェリアさん、もう大丈夫ですから行きましょう」


 腕を引かれると、別室へと誘われる。

 父を一瞥すると随分と混乱している様子であった。

  

 ――今度こそ、もう二度と会うことはないと私は目を伏せて立ち去る。


 


 

「聞いたとおりだ。今の彼女にとって貴方は他国の城で騒ぎ立てる他人以下の害獣でしかない」


「なっ、にを……あいつは俺の娘……っ、」


 オーギュストは男を冷ややかに見下すと、怒りと困惑で震えるその肩を静かに叩く。


「あれだけ素敵な女性の人生を食い潰しておいて、また戻って来いなどと……とんだ面の皮の厚さだな、キュリー卿? ――今後、貴殿のこの国への入国を禁ずる。更に我が婚約者を侮辱した痴れ者として貴族と商人に話を通しておこう。……上手く金の無心が出来るといいな? 恥知らずの獣以下が」


 彼女の父であった男は絶望に染まった顔で床に膝をつくと、項垂れたまま兵士たちに外へと連れ出された。


 

 ◇


  

 その後、外堀を埋められてしまい気付けば私は本当にオーギュスト様の婚約者になっておりました。

 私には勿体なさすぎる方なので、今も信じられない気持ちですが、そんな私の想いを見抜いていらっしゃるのか、いつも労ってくださり毎日のように甘くお優しい言葉を紡いでくださっています。

 ただ、その態度やお言葉は時と場所を選ばれないのでお城の方々に冷やかされてしまうのが玉に瑕ではありますが……。

 


「シェリアお姉さま、新しい茶葉が手に入りましたの。わたくしが淹れてさしあげますわね」

 

「シェリアさん、観たいと言っていた観劇のチケットが手に入ったのだが……次の公務のあとに休みが取れたので一緒にどうだろうか?」


 穏やかな日差しの中、バルコニーでセシリア様がにこにこと楽しそうにお茶を淹れてくださり、オーギュスト様が少し気恥ずかしそうにチケットを渡してくださる。


「……あの、お二人のお気持ちは嬉しいのですが、休みなくずっと働いてきたのでこういう扱いをされると……その、どう受け取っていいのか……すみません、まだ慣れなくて」

 

「あら、ふふ……嫌ですわお姉様。慣れてくださいませんと。ねぇ、お兄様?」

 

「そうだな。貴方は私の婚約者で妻になる大事な人なのだから慣れていただかないとな。――手始めに今度の休みを数日増やしてもらって観劇のあと小旅行にでも……」


「まあ、お兄様だけずるいですわ。……と言いたいところですが、おじゃま虫は大人しくお留守番をしていますわね。お姉様、またわたくしとも一緒にお出掛けしてくださいませね」


「勿論です、セシリア様」


「ふふっ、以前のようにセシリアちゃんで構いませんのに」

 

「――セシリア、もうすぐピアノレッスンの時間ではないか?」


「あら、もうそんなお時間ですのね。わたくしはこれで失礼いたしますわ」


 去って行くセシリア様を見つめていると私の手の上にオーギュスト様の手が重ねられる。

  

「……オーギュスト様?」


「セシリアばかりに、そのような顔を向けられていては妬けてしまうな」


「え? や、妬け……?」


 指先で優しく前髪を分けられると額に口付けを落とされる。


「たまには私の方にも気持ちを向けてもらえると嬉しいのだが……」


「……えっ!? あ、いや! す、すみません驚いてしまって……!」


 わたわたと慌てる私を見て、オーギュスト様は楽しげに笑っている。

 気持ちの整理がつかない私に、この人はこうして根気よく付き合ってくれて、何度も優しく口説いてくる。


「大丈夫、謝らないでくれ。貴女の気持ちを待たずに外堀を埋めた自覚はあるんだ。……貴女に好きになってもらえるよう、これからも頑張って口説いていくから覚悟をしておいてほしい。……愛しの婚約者殿」


 圧が強い笑顔に私はもう力なく頷くしかなかった。

 

 ――その後、オーギュスト様とセシリア様の口説きに私が耐えられるはずはなく、きっちりと幸せにされました。


 




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