第六話 レイアは決意した
湯上がりの体を拭き、白い寝間着を身にまとったレイアは、メイドが用意したデカンタの水をグラスに注いで、一気に飲み干した。
(よし、決めた)
レイアは、声に出さずに心のなかでつぶやいた。
(私はこの家を出る!)
それは彼女にとって重大な決意だった。やや、軽率であるかもしれない。しかし、王子との婚約を破棄すると言った以上、この国にいてもみじめな思いをするだけで、自分のためにならないと、彼女は考えたのである。
家を出てどうするかという当てはなかった。だが、自分には前世の記憶がある。確か、二十代で死んでしまったと思うが、人生一回分はアドバンテージがある。王妃となるべき令嬢としての教育を受けていることも、なんらかの役には立つだろう。なんとか自力で他国に入り込んで、今とは違う道を歩んでみたい。
(そうと決めたら、こうしてはいられないわ)
レイアはキャビネットから、旅行用の大きなバッグを取り出した。これまで大事にしてきた宝飾品は、売るつもりで荷物に詰めた。衣服は簡易装だけにした。金貨・銀貨は絶対に入り用になるので、あるだけ袋に詰め込んだ。準備はなるべく音を立てないように、こっそりと行った。そして、邪魔にならない服に着替えると、素早く手紙を書いた。
ーー親愛なるお父様、お母様。レイアは長い旅に出ます。いつかは戻って来ることもあるかもしれません。どうか私のことは忘れて、探さないでください。私は、行くべき場所へ行って、幸せになります。今まで育ててくださって、ありがとうございました。さようなら、お元気で。
「なんだか、遺書みたいだわ」
ぼそっと小さくつぶやいて、レイアはその手紙に文鎮をひとつ置くと、荷物をそっと持ち上げて、音を出さないように廊下へ出た。
屋敷を出るまで誰にも見つからないように息を殺し、内心ヒヤヒヤしていたが、ある種の冒険心のようなものがレイアの心に立ち上がって、彼女を勇気づけた。
屋敷の外へ出て、裏門を潜ると、空には星がいっそう美しくきらきらと輝いていた。息を吐くと白くなった。コートを着て正解だった。
「さようなら、虚ろで幸せだった日々。私はこれから、私だけの新しい本当の幸福を探すわ」
そう言ってレイアは屋敷を離れ、キャリーを引いて歩き出した。




