失恋スクランブル
好きで料理が下手なわけじゃない。
フライパンを弱火にかけて、ボウルに入った溶き卵を流し入れる。一人暮らしの狭いキッチンに、ジュワジュワと心地よい音が響いている。小さなシンクの上に置いたスマホは、上手な卵焼きの作り方のページが開かれていた。
『卵焼きも上手く作れないんだ』
彼は笑ってそういった。からかうような口調だった。
何回目かのデートで、彼が手作りのお弁当を食べたいといった。私は料理が下手だからと断ったのに、彼女の手作り弁当を食べるのが夢だったのだと強くいわれ、断れなくなった。
彼のために初めて作ったお弁当は、レトルトと冷凍食品を詰め込むはめになった。ハンバーグや唐揚げを作る材料は用意したけれど、出来上がったハンバーグは黒焦げで、唐揚げは油でびちゃびちゃで、とても人様に食べさせられるものじゃなかったのだ。
唯一まともにできたのが、卵焼きだった。少し焦げて形も歪だったけど、私の中では会心の出来だった。
公園のベンチでお弁当の蓋を開けるまで笑顔だった彼は、中身を見て分かりやすく落胆した。
無言でおかずを口にかきこんだ後、私の卵焼きを笑ったのだ。
フライパンの上で焼かれていく卵液を見ていたら涙が溢れてきた。恥ずかしくて悔しくて悲しくて、堪えきれない感情で心がぐちゃぐちゃになった。
レトルトと冷凍食品だったけど、一生懸命可愛く詰めたつもりだった。
おにぎりだって、丸型になったけど手のひらを火傷しながら頑張って握った。
一目惚れして追いかけた彼だったけど、きっと嫌われてしまったし、今の私には彼のどこを好きになったのか分からなくなってしまった。
ひくひく泣きながら卵を菜箸で巻こうとしたら失敗して、私の卵焼きはフライパンの上でボロボロになった。
まるで今の私みたい。だけど……。
私は涙を拭ってから残りの卵液を全部入れてしまうと、思い切って菜箸でかき混ぜた。
卵焼きはどんどん崩れ、スクランブルエッグになっていく。
初めてのお弁当も恋も、ぐちゃぐちゃになってしまったけれど、できあがったスクランブルエッグを口に入れるとちゃんと美味しくて笑みがこぼれた。
「私の得意料理は、スクランブルエッグ!」
声に出してみたら笑ってしまったけれど、頑張った私はちょっと偉いような気がした。
次の休みの日にはエプロンでも買いに行こうかなと思いながら、私はスマホから彼の連絡先を消した。