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悪夢のその先

作者: wiz

 夜の帳が降りても尚賑やかなとある繁華街。その道路に寝そべる一人の中年男性がいる。髪とひげは伸ばしっぱなし、着ている服はよれよれで汚れており、手には酒瓶。声を掛ける者は誰一人いない。そんな男性を無視して通りすがる大勢のうち、若者2人の会話が聞こえる。


「なぁ、今週のヤングマグジン見た?」

「見た見た! でもあの漫画、無期限休載になってからは買ってないわ」

「俺もー! 何でも『作者体調不良のため』らしいぞ?」

「残念だよなぁー。続き見たいぜ、『ドラゴンの国の転生者』」


 その時だった。酔っぱらいの中年男性が立ち上がり、若者に怒鳴り声をあげた。


「その名前を出すなぁー!」


 挙句に若者に中年男性が拳を振り下ろし殴りかかる。しかし酔っぱらっていたせいか狙いが定まらず、その拳は空を切る。若者は大声に驚いていたが、はっとして中年男性を捕まえる。


「おっさん! いきなり何だよ!」

「警察呼ぼうぜ! 俺抑えてるから、お前電話かけろ」

「わかったわ!」


 若者に押さえつけられたまま、警察が来る。その間も中年男性はわめき叫ぶ。


「あんな駄作の名前なんて出すな! 名前を聞くのもおぞましい!」


 そう叫ぶも誰の耳にもその声は届かない。そのうち引き取り人の男性がやって来て若者に詫びを入れ、中年男性を引き取りに来た。引き取り人は中年男性に肩を貸しながら、中年男性の自宅のタワーマンションまで送る。


「先生、今度はあんな場所に居たんですか。探したんですよ?」

「うっせえ! 『先生』なんざ呼ぶなクソ編集者が!」


 『編集者』と呼ばれた引き取り人は盛大にため息をつく。


「そうは言っても貴方、うちの大人気作『ドラゴンの国の転生者』の原作者ですからね……。『先生』なのは間違いありませんよ」

「へっ! あんな駄作の『先生』なんざ、まっぴらだ!」

「ですが漫画家さんも心配されていますよ?」

「ハッ! 顔も見た事のない、電話にも出た事のない相手の事なんざ知るか!」


 中年男性は悪態を付きながらタワーマンションの自室へ入り、酒瓶や食べた後のゴミなどで荒れ放題の部屋に飛び込み寝そべる。その有様に編集者はさらにため息をつく。

 

「先生、それはそうとスマホくらい出て下さいね? 漫画家さんから先生に『連絡がつかない』って言われてるんですよ。僕も困りますし、せめて連絡がつくようにして下さ……、って聞いてます?」

「……ぐごごー、ぐがぁー……」

「……よくゴミ溜めの中で寝られるなこの人」


 呆れた編集者は中年男性の手にスマホを握らせ、そのまま家を出た。


 ______


 夢を見た。まだ自分が『原作者の先生』だった頃の夢だ。

 パソコンを使い、頭の中で作り上げた世界を描く。王道の話に思い切った展開も用意し、オチも後味の悪くない作品に仕立て上げる。すべては自分が作り上げた世界を評価してもらうために。自分の世界を求めて貰うために。そうして筆を進めると、ふとメールが届く。


「なんだ? 締め切りはまだ先だろう?」


 メールを開く。そこには。


『漫画化までするレベルじゃない駄作』

『あの展開マジでクソ』

『オチ毎回同じで萎えたわ』

『駄作の極み』

『なんでこれが人気なんだ』

『絵は上手いのに、話が面白くない』

『こんなん人気なのが理解できん』

『評価星1もつけたくないんだが』

『評価すらしたくない』

『こんなの何処かのパクリだろ』

『誰だよこの原作者』

『原作者変更希望』

『さっさと辞めて欲しい』

『原作者辞めろ』

『辞めろ』

『やめろ』

『やめろ』

『ヤメロ』

『ヤメロ』




 

 ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ






 

「うわぁあああああぁあぁぁぁ!!!」


 自身の大声で目が覚めた。どうやら夢を見ていたらしい。不快さで顔を拭えば汗が滴る。そこで全身汗でびっしょりなのに気が付く。


「……チッ! 嫌な夢みちまった」


 中年男性は酒瓶を手に取ろうとして、ふと握られていたスマホに気が付く。連絡は山ほど入っている、だが見る気がしない。正確には『見たくない』状態だ。


「……こんなモノ」


 スマホを適当な場所へ放り投げ、近くにあった酒瓶をとってそのまま一気に飲み干す。


「久々にシャワーでも浴びるか。汗かいちまったし」


 中年男性はふらふらの足取りでシャワールームに向かった。


 ______


 シャワーを浴び適当に着替え、酒を一瓶空けてまた繁華街に向かう。いつもの居酒屋に向かう。しかしいつもの席を誰かにとられている。誰かと思い見れば、自分より年下あたりで優男風の男性だ。


「おい、お前。そこは俺の席だぞ。どけろ」


 そう声を掛ければこの男は何処か別の席に行くだろうと思い圧をかける。それに対して身なりの整った男性が口を開く。


「そうですか。先客がいて残念でしたね」

「……あ”?」


 想像していなかった返答に、思わず低音が出る。


「あんちゃん、俺は『どけろ』っつったんだ。聞こえねぇのか?」

「聞こえています。だから『残念でしたね』って言ったんです。聞き取れませんでしたか?」

「テメェ、ぶっ飛ばすぞ!」


 そう言って男性に殴りかかったところで、男性が涼しい顔でまた口を開く。


「俺を殴ったら『人気原作者が一般人を殴った』って報道されちゃいますよ?」


 その言葉に殴り掛かった腕が止まる。


「……今テメェ、なんつった」

「貴方、耳遠いんですか? だから、」

「もう言うな! 聞こえとるわ!」


 折角のほろ酔いが先客のせいで萎えてしまった。別の店でも行くか。そう思って店を出ようとしたところで、先程の男性から声がかかった。


「詫びに一杯奢りますよ。どうです?」

「……チッ!」


 悪態を付いて中年男性はいつもの席の隣に座る。他の店より、この店の酒が自分には美味いのだ。それには逆らえなかった。店主にいつもの酒を注文して待っていると、男性がまた声をかけてくる。


「貴方、なんで原作者を辞めようとしたんですか?」

「……もうその話はすんな」

「もう二杯奢りますよ?」


 断ろうと思ったが、ふと気が変わった。奢られた酒程美味い物はない。『これは奢られたから仕方ない』と自分に言い訳をする。


「一升奢れ」

「いいですよ。それで、辞めた理由はなんですか?」


 あっさり男性は快諾し、話を促してくる。思わず眉をひそめてしまう。


「……随分俺の話を聞きたがるな、テメェ」

「人の話を聞くのが好きなもので」

「あっそ」

「で、話して下さいよ」

「まず酒が来てからだ」

「わかりました」


 しばらくして酒とお通しが出てくる。簡単なつまみだが、それでも十分酒の肴だ。日本酒を一杯注ぎ一気に飲み干す。喉が焼けるようなアルコールの後で米の香りが広がる。そうして飲み続ける間、隣の男性もチューハイをちびちびと飲む。自分程飲んではいないが、少し顔が赤くなっている。そしてその間、二人の間に沈黙が流れるが、ふと気になった事を聞く。


「テメェ、何で俺の事を知ってるんだ?」

「ああ、風の噂で『この席に座る酔っぱらいが何か「アレは駄作だ」だの言っていた』と話を聞きまして。もしかしたら、と」

「……なるほどな」

「で、話して頂けますか? 何故作品を書くのをやめたんですか?」

「……」


 酒をまた一気に飲む。横を見れば、真剣な様な、心配をしているような眼で自分を見る男性がいる。ふと『こいつには話してもいいか』と思ってしまって、ぽつぽつと話すことにした。


「俺は作品を評価されたかった。誰かに認めて欲しかった」

「創作している人なら、誰でも願うことですよね」

「ああ。だが次第に人気が出てきて、多くの人に見られるようになって、アンチが出てくるようになりやがった」

「他人からの妬みや恨みを買ってしまった、という訳ですか」

「漫画はストーリーとイラストが合わさって、初めて成り立つ。だが『絵は良いのに』だの『ストーリーがクソ』だの言われた。俺だけ非難された」

「……。」

「次第に俺は眠れなくなった。酒も手放せなくなった。だから書くのを止めた」


 ドン!とグラスをテーブルに叩きつける様に置く。テーブルの上の物が揺れる。数秒の沈黙の後で、男性が口を開く。


「実は僕も、創作活動をしているんです。好きな原作の作画を任されて、楽しいけれどプレッシャーを感じていました。」

「そうか」

「でも、その原作者さんが病で原作を書けなくなってしまった。そうして僕も必然的に創作活動が出来なくなってしまった」

「自分の作品書けばいいじゃねぇか」

「それが出来たら話は早いんです。でも、出来ないんです」

「何でだ?」


 男性はチューハイを一気に飲んで、吐き出すように言葉を出す。その手を握り、拳まで作っている。


「描いていた漫画の原作が、自分の作った話よりも好きだからですよ」

「……ふーん」

「だから原作者さんが病になっても『病が治ってまた書いてくれるんじゃないか』『病を治している間にも少しずつ書いてもらえるんじゃないか』なんて淡い期待を持っていました。けど、連絡しても連絡がつかない。編集者さんに言伝を頼んでも繋がらない。だから、」


 男性は中年男性に向き直る。握りこぶしに力が入る。


「貴方が『作品が書けない』のは、僕には他人事ではないんですよ。きっと貴方の担当の漫画家は、貴方の作品の事を誰よりも好いてくれています。評価してくれています。書いて下さいよ、飲んだくれていないで」

「……黙って聞いていれば、何だテメェ!」


 中年男性が立ち上がり、男性の胸ぐらに掴みかかる。


「お前に俺の何が分かるッ!? 電話にも出ない、打ち合わせにも参加しない漫画家の事なんざ知るか! こっちは寝れもしないし、寝ればアンチの声が聞こえる状態なんだぞ!? そんな状態の俺が、あんな漫画家の事なんか考える必要があるか!?」


 それを聞いた男性も中年男性の胸ぐらをつかむ。


「それだったら貴方に漫画家の苦労の何が分かるんですか! いつも締め切りに追われて! 原作の雰囲気を壊さないように漫画作り上げて! 挙句にアンチから『原作壊すな』だとか『原作止まったのお前のせい』だとか言われるんですよ!? その上で俺は大好きな原作を描くプレッシャーまであるし、家で親の介護までしなきゃならない! そんな僕の何が分かるんです!?」

「知るか! 漫画家の事なんざ!」

「こっちだって原作者の事情何か知りませんよ!」

「何だやんのかコラッ!?」

「やりませんよ! いざ原作再開したら描けるようにしとかないといかないんですよ!」

「お二人さん」

 

 互いの胸ぐらをつかんでいる二人に、強面の店主が声を掛けた。


「殴り合いなら、店の外でやんな」

「あ、すみません」

「わりぃ、店主……。つい熱くなり過ぎた」

「分かればいい」


 店主の声掛けで二人は互いの胸ぐらを掴んでいた手を解き座り直す。なんだか居心地が悪いが、酒を飲み切るまでお互い黙って、そのまま二人で店を出た。別れ際に男性が口を開いた。


「せめて、貴方の原作を評価している編集者さんと漫画家さんの連絡くらいは出てはどうです? せっかくその二人だけは貴方の読者であり味方なのに、自分からその味方を遠ざけるんなんて、アホでしょ」

「……うっせぇ」

「悔しかったら、書いてから文句言って下さいよ。どこぞの人気原作者さん」

「……へーへー」


 そうして男性と別れ中年男性は自宅へ帰っていった。ベッドで寝転がり、ゴロゴロする。目の前に酒があるが、何だか飲む気にならない。


「……チッ! 酒飲む気にもならねぇ……。あんにゃろ……」


『きっと貴方の担当の漫画家は、貴方の作品の事を誰よりも好いてくれています。評価してくれています』


 さっき言われた言葉が頭の中でリピートされる。


『せっかくその二人だけは貴方の読者であり味方なのに、自分からその味方を遠ざけるんなんて、アホでしょ』


「あの野郎、見返してやる……」


 そう言って寝室を出て、数か月ぶりに書斎に入る。埃まみれのパソコンを起動させ、原作を書くためのツールを開く。


「アイツを見返して、ギャフンと言わせてやる」


 ______


「ねぇ、見た!? 『ドラゴンの国の転生者』!」

「見た見た! 数か月ぶりの復活熱いんだけど!?」

「なんか前より話が面白いよな!」


 そんな喧噪をバックに、中年男性はいつもの居酒屋で編集者と飲んでいる。前より機嫌は良さそうで、酒のペースが速い。編集者はビールを飲みながらも、中年男性の飲むペースに呆れ顔だ。


「へっ! 見返してやったな、あの野郎に! 今日は酒が美味いぜ!」

「先生、程々にして下さいよ? 肝臓壊して本当に病気になっても知りませんよ?」

「酒は明日から控えるっつーの!」

「全く……。これから漫画家さんも来るのに……」

「漫画家って、俺の作品描いているヤツ?」

「そうですよ。何でも今日は御両親の介護をヘルパーに任せられたから、って言って来られるらしいです」

「へー、介護しながらの漫画描きか。器用な事で」

「すみません、お待たせしました」


 編集者と話していると、突然声がかかる。聞き覚えのある男性の声だ。


「あ、漫画家さん来ましたね。挨拶先にしましょうか」

「へーへー、……ん?」

「お久しぶりですね、原作者さん」


 見ればそこには、自分を焚きつけたあの優男風の男性がいた。そしてそんな彼とまた胸ぐらをつかんで喧嘩しそうになるのは、数分後の事だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

今回は作者が見た夢を作品として書いてみました!

アンチコメ、何気なくしてはいませんか?

その先にいる作者さんの事も考えてコメントを残してあげて下さいね!

ではまた別の作品でお会いしましょう!

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