我、北伐に向かう者
逃避行はそこまで長続きしなかった。途中でカラ爺からの連絡が来たからだ。
「もしもし?」
「あ、繋がった。なんか僕だけ空港に戻されちゃったんだけどさっきいたところにいないよね。どこに行っちゃったんだい?」
後ろからは今も彼女が二人を追いかけているのが感じられるので運転手に止めて欲しいと言うわけにもいかない。このまま追いつかれる前に雪広はカラ爺のもとへと転移しようと試みて携帯で地図を開く。
「もう一回、時間稼げる?」
「うん、任せて」
それが僕の役目なのは分かっている。家接は窓を開けるとそのままひょいと車の上に立つ。上空で杖に乗りながらこちらに向かっている影が見える。大きな帽子を被っているせいで全然ごまかしきれていないのですぐに分かった。
「我が足下を満たして隠せ、五里霧中」
車が進んでいく先をすべて満たしてしまうほどの霧を生み出す。
やけくそに発した霧はⅧが飛んでいるくらいの高度まで満たしてしまい、視界すらも悪くして前後左右を見失わせた。そのまま家接は続けて近くにある木々に斬撃を放つ。
さて、あとはこっちに気づかないまま立ち止まって離れるのを待つばかりだけど。
「そんなの、意味ないんだからね!」
大きな声が霧の中からする。それはまさしく彼女の声。
他の火なんて目もくれずにまっすぐこっちを向かってきているのか。
「というか、そこを止めれば良いんじゃん」
声だけが響く。淡い光が霧越しに見えてきてそれがこちらに一直線に向かっているように感じる。
これは、まるでサイドゥンが使っていた魔術のようだ。受けきれるか分からない。
「雪広、車を出て!」
「え、急になっ」
聞く前に僕は開いた窓から彼女を引っ張って車から脱出する。
そのまま車は走り去ってしまうが狙いはもちろんこちらに向いたままだ。
「入ったね」
声がすると地面がゆらいだ。床にはいつの間にか見たことのある夜空が映っている。
もう彼女の魔術の領域内、ということはすぐそこに彼女がいるはずだ。周りを見渡してもその姿を拝むことはできないがすぐにここから出るしか無いのは変わらない。
車を降りたのは間違いだっただろうかと思いもしたが、あのまま車ごと破壊されていたらどうにもならなかったのも事実だ。ここは僕の先祖返りの力を使って力尽くで領域から出よう。
「雪広、掴まって」
僕は必死にカラ爺のいる座標を調べている雪広に手を伸ばした。彼女は一瞬それを躊躇ったが、すぐに「握ればいいんでしょ!」と言って目を瞑ったまま家接の右手を握りしめた。
「よし、行くよ」
僕は目一杯地面を蹴った。
それに合わせて風を正面に向かって放ったから、追い風になって一気に彼女の領域を出る。このままだといたちごっこになるのは目に見えているから、僕はそのまま彼女の手を離すと今度は反対に彼女に向かって走りだす。
霧を晴らして走っていると地面に彼女の領域に入った印が見えたのでそこで空を見て光を確認した。
「そこか」
僕はまた地面を踏むようにしてジャンプする。そのまま彼女を斬る勢いで迫ると彼女の顔が見えたので斬る振りをして彼女の服を掴もうとして迫った。だが彼女は杖に跨ったまま余裕の表情を崩していない。どうしてそんな顔ができるのか、僕には理解ができなかったが、ついぞそれを理解することはできなかった。
「ダメだよ、私に一対一で戦おうなんて」
服を掴もうとしたその手は空気を掴み、すり抜けたように移動した彼女は僕の耳元で優しく囁く。
振り返っても彼女の姿は無くて魔術は放たれていない。失敗だと気づいたが少し遅い。家接葉雪広と離れすぎたのだ。彼女の狙いは出会ってから一貫して変わっていない。
「そこまでしてⅠに会いたいのかな」
「今ここでそんな話をする意味が分からない」
雪広はすでに彼女の魔術の領域に入っている。いつ攻撃をされてもおかしくない状況でこうしてゆっくりと時間稼ぎをするのが関の山だ。もうすでにカラ爺のいる辺りの座標は頭に叩き込んである。あらかじめ確認しておかなかった自分の責任だと思いつつも、今は目の前の敵に集中しないとと自分を鼓舞する。
「四方印、南」
自分が逃げると勘違いしたⅧは私を逃がさまいと領域を生み出そうとするけど、そうじゃない。
この戦いで彼女を相手するのは家接、あんたしかいないんだから。
「88の星に照らされよ。アステリズム」
詠唱を省略して展開したことで速度は雪広とほぼ同じ、領域はすでに彼女の周囲と決まっているはずだしさっき使ったばかりの魔術だから余計に構築は早いはず。家接を連れてこれるかはぎりぎりだったけど空が星空に埋め尽くされた瞬間、隣には彼の姿があった。
「間に合った……」
「ありがとう雪広。今度こそ彼女は僕が倒すよ」
空に浮いているⅧはだめだったか、といった様子で手を顔に当てた。
とはいってもそこに焦りは無い。勝てると言う気概において変わりは無かった。なぜなら、すでに彼女は自分の未来をすでに予測していたから。ここまでの未来で彼女の想定外に動いた存在と言えば、予測しきれていないカラ爺くらいのものだ。だから目の前の彼らに負けるなんて考えられなかった。ここまでで不利な局面に陥らなかったが故に。
「風纏いて錬炎、彼の者を燃やし撃て」
彼女に同じ手は何度も通じないことは少し戦っただけでも分かった。僕としても持久戦は得意じゃないし、先祖返りの力をどこまで許容して受け入れることができるかも未だに分かってない以上短期決戦が一番良かった。
そして相手は僕がさっきから短剣しか使っていないからそれにしか目がいってない。腰のリボルバーなんてきっと飾りに思っているに違いないはずだ。そう思ったこその機転だった。そしてそれは見事彼女の裏を掻いた。
同時に僕は炎だけを纏わせた短剣を投げる。わざと中心を狙わないようにしてどちらに避けるのかを予測しやすくした上で同時に銃を引き抜いて構える。達人のそれには遠く及ばないにしても空中で移動している彼女からすればそれは十分に早い技といえた。
右に避ける予備動作が見えた瞬間に引き金を引く。
もちろん彼女はきっとそれすらもその時には予測ができていた。がそれと体が反応できるかはまた話が別だ。彼女の左肩に弾丸は命中し撃墜することができる。同時に展開していた魔術も解除されて二人はさっきいた場所に戻ってくることができた。
「家接、行けるよ」
「分かった。お願い」
倒れたⅧはすぐに起き上がって僕達を追おうとするも痛みで顔を歪める。その隙に雪広の転移で空港まで戻ると、やっと彼女の追走劇から逃れることができた。




