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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
6章 舞い降りる神、ただひたすらに屈すれば

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幕降ろし、すべては無に帰す

 目が覚めるとそこは知らない天井だった。

 真っ白なカーテンに仕切られた僕は自分の姿を確認しようと起き上がる体勢になって初めて痛みが思い出したかのように全身を駆け巡って再び寝たきりになる。布団も着ている服も全部が真っ白なこの空間に一つ異質な色をしたものがあって、それを押すと慌てた様子でカーテンの仕切りから白衣を着た男性が顔を覗かせた。

「………まぁ」

 どうしてこんなところにいて、あなたが誰なのかを除けば大いに大丈夫だと思う。

 だがしかし、そんな不安もその男の隣に顔を出した雪広を見てなくなる。

「家接、大丈夫?」

 僕の手を取って心底良かったというような様子で、隣にいる男のことなどお構いなしに静かにただ手を握っている。だがすぐに男は雪広を見ると血相を変えて看護師に彼女を連れて行かせた。

「いったい何を考えているんですか?あなたも重症なんですよ?」

 といった声が廊下に響き渡っていたが戻ってくるとさっきの温厚そうな顔に戻っていた。

 彼が誰かということを聞くまでもなく医者だということは分かったのだけれど、ここがどこかを彼に尋ねてそびれてしまった。医者が去ってからまたカーテンが引かれたので、あるのは自分の体と真っ白な世界。

 特にすることもないのでそのまま布団に被って目を閉じると、次に意識が覚めた時に目の前にいたのはカラ爺だった。

「やぁ、おはよう」

「おはよう、ございます」

「とはいってももう今は夜なんだけどね」

 彼はカーテンを少し開けたところに椅子を置いてリンゴを剝きながらゆったりを話を始めた。

 渡されたさらにはすでにいくつかの綺麗なウサギがいて、それを食べていると胃の中がさっきまで空っぽだったことを思い出す。

「さて、数日間寝込んでいたんだ。聞きたいことはあるだろう?僕が答えられることならなんでも答えるよ」

 彼は果物ナイフを置いて家接と向き合った。

 聞きたいことなら山ほどある。だからすぐにその疑問を彼にぶつけた。

「なんでぼくはこんなところにいるんですか?」

 雪広以外の二人も無事なのか。そして、紫音と大智はちゃんと逃げることができたのか。それが気が気でしょうがなかった。

「これは誰の判断でもなく、僕が指示したことだ。君達の無事が最優先事項と判断して連絡を繋ぐことのできた雪広ちゃんにあの村からの離脱を指示したんだよ。そして死にかけていた君達をこの指定病院で治療することができた。もう少し遅かったら命の危機すらあったんだよ。たとえ先祖返りの力があって自分の体が少し丈夫だからと言って、それを理由に人より多く傷ついて良い理由にはならないんだってことは忘れちゃいけない」

 僕は、やっぱり死にかけていたのか。村に戻ってからの記憶が曖昧なのはそのせいなのかな。

 そこはカラ爺に感謝をしないといけない。死なばもろともなんて生き方は正しくない、生きていないと意味なんてすべてなくなってしまう。僕の判断は間違ってたってことなんだから。

「それは反省します。じゃあ雪広以外の二人は」

「安心して。二人もこの病院で今は入院しているから。比較的怪我も無かったマイクラストくんは今日で退院みたいだけど」

 それを聞いて少しだけ希望が湧いた家接はその調子で彼に大智たちのことを聞いた。

 そのまま彼らの無事をその口で知らせてくれるだけでいいんだ。

 だけど残念なことに彼がすぐに口を開くことは無かった。

「なら村から出ようとしていた大智と紫音もちゃんと助け出せているんですよね?」

「………それについて良い話と悪い話、どちらが先に聞きたい?」

 こういう時に良い話じゃないというのはお決まりだ。

 希望は潰えた。約束は果たせなかった。自分の心が締め付けられていく感覚が、ひどく空しい。

「なら良い話を」

「二人は無事に村から連れ出された。身元はもうマイクラストくんに確認してもらっているよ」

 いい話を聞いて家接は安心しきったが、この後に来る悪い話はなんなのだろうと再び不安になる。

 彼の顔色を窺ってもその答えを引き出すことはできない。

「なら悪い話を教えてください」

「………大智くんって言ったね。彼は今、この病院に数日間通っているよ。紫音ちゃんという子の記憶以外の一切を失ってしまっていて、いわゆる記憶喪失の状態になっている。何かよほど衝撃的なことに出くわしたのかもしれない」

 どうしてそんなことになってしまったのかは、もう一人の紫音の話を聞くことで明らかになった。

「もう一人の紫音ちゃん。彼女についてだけど……もう出会うことはできないということを覚悟しておいてほしい」

「な、なんでそうなるんですか?だって二人とも救出されたんですよね。今は大智の記憶が無いかもしれないけど、それが治ったら外で二人過ごしていくんじゃだめなんですか?」

「彼女は禁忌に指定された。これは僕らじゃどうしようもない問題だ」

 禁忌指定。それすなわち人知を超える可能性を秘めたものや人類に脅威を及ぼす可能性のある魔術及びそれに至る過程になりうるものに押される烙印。

 紫音は他者によってその人知を超える一線を踏み越えた。

 神は人類が手を伸ばしていい存在ではない。そして拝めるものでもない。

 信じることでその存在を創り上げる神が受肉すれば、その存在は確定的なものになる。

 神が受肉することのできる可能性は限りなく低い。しかしそれはゼロでもない。幾度となく行われる神卸によって世界には数体の神はいるものの、そのどれもは封印もしくは隔絶処置によって厳重に監視されている。

 時代の移り変わりと共に神卸の儀式事態が減り、これ以上神の肉体がこの世に存在することはないだろうと思われていたところで紫音という少女が悲しいことに依り代となった。

「儀式によって神が彼女の体に宿った。そこに彼女の意思があってもなくても、その体は神だ。それを魔術界は絶対に公にすることはできない。すれば確実に人間になんらかの影響を与えるから。だから僕は村から離れてすぐに魔狩師協会にそれを報告したよ。すぐに討伐メンバーが編成されてあの村に向かった。だけどその頃にはもうすべてが終わっていたんだ。村には彼女と、その腕で必死に抱きしめていた大智くんだけが生き残っていたらしい」

「つまり紫音は神がその体に宿っているからもう誰にも会えないってことですか?」

「残念だけど、そうなる」

「ならせめて彼に謝りに行かせてください」

「ああ、分かったよ」

 カラ爺は車いすを用意して家接を乗せると大智のいる病室に向かった。

 部屋に入ると、あんなにも仏頂面だった彼の表情が柔らかくなっている。こちらに気が付くと「こんにちは」と静かに挨拶をしてきた。

「こんにちは」

「すみませんが、どちら様ですか?」

「家接孝也。初めまして。今日は謝らないといけないことがあってきたんだ」

 息を吸った。むせてしまいそうなほどに大きく。忘れてしまった彼の気持ちに答えるためにも。

「紫音は、救えなかった。ごめん」

「………?」

 彼はなんのことなのか理解していないような顔でこちらを見つめる。

 その表情が苦しくて、ここにいるのもつらくなって僕は自分で車いすを押して部屋を出た。

「済んだのかい?」

「はい。もう大丈夫です」

 贖罪は行う魔狩に。邂逅は魔が尽く時に。

 二人のことは忘れない。

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