幻想に酔いしれて
大智が村に戻ってきた時にはすでに異変は発生していた。
その様子を感じ取ったマイクラストも大智を見る。何が起こっているのか分かったようなその顔を見てすぐに向かわなくてはならないと彼もその足を早めた。
「これは………」
それが手遅れになってしまった光景だというのは語らずとも分かった。
炎の中で踊るその少女を見ながら、少しづつ近づいていく大智。
「おい、紫音。聞こえてるか?」
周りにいる村人たちはそんな彼のことばなんか聞こえることも無くただ狂気に炎の中の隣人と共に舞う。
血と炎とが入り乱れた祭りは、大智の知る祭りとはすでにかけ離れている。
これがあの神聖な祭りだなんてことはとうていあり得ない。だとするなら、この炎の中にいるのは誰なんだ。
返事のないことがすごく気味が悪くて冷汗が背中を流れる。
「おい、待てよ」
炎の中に向かう大智を見て村人が引き留めようとしたがその手を振り払ってかき分けていく。
中に入ると、まるで何かに侵されてしまったかのようにただひたすら踊り続けている少女が一人。
大智が声を掛けてもその体が止まることは無い。
「おい、紫音。答えてくれ!」
抱き寄せた彼女は今もまだ踊りをしようと抵抗してくる。
自分の記憶があいまいなのか、それとも皆がおかしいのか。こんなものだったのか自分でも定かじゃない。でもとにかく早くこの儀式を止めないと。
「なんだ、どれだ?」
手を離せばまた彼女は舞を始める。
すぐに周りを見てもおかしなものは何もない。
本当にそうか?もっとしっかり確認しろ。おかしなもの、彼女を支配し得るもの。
「これか?」
たどり着いたのは祭壇。この供物に何か細工が?
一見しただけでは何があるのかはまったく分からないけれど、そんなものは今はいい。時間が無い中で考えるのは自殺行為だ。
すぐにその祭壇を槍で破壊し、供物を槍で貫いた。
そしてそれは結果的に正解を引き当てたことになる。
「なんだ?」
空気が変わった。明らかに今まで漂っていた雰囲気とは異なっている。
何かに支配されていたような紫音の動きが止まって、今度は人形のようにその場に崩れ落ちた。それを大智は受け止めて周りを見渡すと炎の幕が下りてあたりの様子が明らかになってきた。
「この村自体、もうすでに狂ってるみたいだな」
怒りの矛先がすべてこちらに向いたのを見てすべての諦めがついた。
マイクラストは炎の中に向かっていく大智を見ながら、今は自分にできることをするべきだと倒れているメイニーたちのもとに走っていった。すぐに貫かれた槍を引き抜いて全員の生存を確認する。
だが家接だけは執拗な攻撃のせいで深手を負いすぎている。もちろん二人も応急処置では治るとは言えないが、すぐに何かしら治療が必要なくらいには酷い様子だ。
「メイニーすまないが治療頼めるか」
「分かってます。任せてください」
自分の治療もまだ終わっていないというのに家接の治療を始めようとするメイニーに、その間に戦火を彼らに降り注がないように戦いに向かうマイクラスト。
それを見た雪広は考えて考えて、一つの選択をした。
「みんな、少し聞いて」
「なんだ。もうそこまで来てるぞ」
「この村から離脱することにした」
「でもまだあの祭壇のところに二人が」
「だから家接には私の独断ってことにしていって欲しいの」
雪広とてそれを望んでいったわけじゃないというのは二人も分かっている。今も意識の回復しない家接のことを考えても、この村の状態を鑑みてもここで引くか引かないかを選択しなくてはならないということは頭の片隅にはあったことで、それをあえて選択肢に入れていなかったこともまた事実。
「分かった。連絡はしてるのか」
「カラ爺にはチャットに連絡はしてる。私たちの手には負えなかった。ただそれだけだよ」
「ああ、分かった」
ごめん紫音ちゃん、大智。
そう最後に二人に心の中で謝ると四人の姿は村の中から消える。
飛んだ先は、最初に紫音に助けられた時にワープした転移前の場所。今までで一番の長距離の転移であり、当たり前のように彼女のキャパを遥かに超えている。加えてそれを四人分一気に行ったことは負担どころの騒ぎではない。
「大丈夫か、雪広!」
マイクラストが駆け寄ったが、そのまま倒れてしまった。
一時間も経たない内に慌ててやってきたであろうカラ爺が倒れた二人を見てすぐに車に乗せるように言うと自分も雪広を抱えて車に乗せて運転席に座った。
「二人は怪我とかはない?」
「僕は三人と比べたら大したことないです」
「私は、槍で背中を一刺しされましたけど今はなんとも」
彼は後ろを振り返っていった。その顔は優しさに溢れているが、その中には焦燥が隠せていない。
「それは大丈夫じゃないよ、メイニーちゃん。しっかり今は寝ていて。すぐに病院に連れて行くから」
「………はい、ありがとうございます」
後ろを見れば、森の奥そこで赤く燃える場所がポツンとある。あの場所で今も大智が彼女のために戦っているのだと思うとマイクラストは言葉にならない気持ちになった。
持っていた杖はもうボロボロになって、仲間もこんな状態なのにまだ戦えたかもしれないと思ってしまう。
がたがたと揺れる車内でただひたすらに二人の無事を願うことだけが今の彼にできることだ。
「それで、あの村では何があったんだい?」
運転をしながら一番怪我のなさそうなマイクラストをルームミラーで見ると優しく聞いてきた。隣を見るとメイニーも力を使い果たしたのか傷がやっぱり深かったのか、いつの間にか気を失っている。
再びカラ爺と目が合って咄嗟に逸らしてしまったマイクラストだが、言わなくてはいけないことなのは後にも先にも変わらないこと。悔しさの中、彼は少しづつ村での出来事を語った。
村には伝統的な祭りがあったこと、巫女と呼ばれる実質生贄となる存在を儀式で用いることで神卸を行おうとしていて、その影響なのか村の人たちは全員魔術を使うことができるようになっていたこと、途中雪広の魔術が使えなくなってしまったことなどを森を出ていくまでに事細かく説明した。
「なるほど神卸か。もうすでに廃れて消えてしまったものだと思っていたけど、まだ行っている地域が存在したなんてね。…………No.0とはでくわしていないかい?」
「いいや、会ってない。というよりあの村に生きて人が入ったことなんてもうずっと無いみたいな話しぶりだった」
「ありがとう。すぐに協会に報告しないとね」
「………あの村はどうなるんですか」
「聞いておきたいのかい?」
マイクラストは一瞬躊躇ったがすぐに顔を上げて答えた。
「はい。僕が救えなかった。約束を守ることも見届けることも、僕はできなかったから」
「君はぼくが思っていたよりもずっと責任感がある子だったんだね。ならあの村の最後を教えるよ。僕たちはいつものように生きていく。あの村の存在なんてなかったんだよ、最初から」
目を伏せたカラ爺はもうこちらを向くことは無い。
約束は結局果たされることは無かった。




