英断と呼べ
この村で一番強いのは誰か。それを聞けば多くは大智と答える。
その理由は彼が一番外からの脅威を排除してきた存在だからであり、その話は一番村の中で広まっているから。
いわゆる広告塔というやつだ。外回りの人たちの中で一番目立った存在であり安心感を植え付けてくれるマスコットのような、そんな人。
では実際に彼が一番強いのか。
それは彼ではないと、外回りの人たちの中だけで聞くなら全員がそう答える。
なぜなら、その男は大智の師匠であり一度として勝ったことのない存在だから。友であり師匠である彼は立ちはだかる壁になって目の前にいる。
「だからお前が俺に勝てる道理はないんだよ」
「そんなことは、やらないと分からないだろ」
「今のお前を見たら俺は口が裂けてもそんなことは言えない。二対一でこれなんだからな」
そう、マイクラストと大智が二人がかりでこれなのだ。彼も勝てるはずがないというのは仕方のないことだった。ただの槍さばきで魔術だなんだをすべて防いだうえでこちらに決定打を放とうと何度も危機的な状況に陥っている。
「おい、なんだあいつは。強すぎるだろ」
「そんなのは俺が一番分かってる。俺が勝てるようになるまで待ってろ」
無茶すぎる要求にマイクラストは呆れた。そして同時にここまでの強さを感じたのは久しぶりだった。
離している間にも、陣はしっかりと敷いて相手がいつ動いても対応できるようにする。
「………勝ち筋は?」
「二人合わせて五分、もないな」
負けの方が高いって踏むあたり、お世辞じゃなく本当に勝てないんだろうな。
男はこちらの動きを見たまま自分から動こうとは全くしない。
「どうした、もう終わりか?」
「お前こそ紫音を追いかけないのか」
「あっちには残りの五人が向かってる。負けないだろ」
「それは家接たちを甘く見過ぎだ」
「ほう、お前もそんなことを言うのか。だが大智と組んで俺に勝ててない時点で説得力はないな」
なら今勝てば何も問題はない。
大智が槍を握りなおして男に向かった。その瞬間、男の背後でゆらぎを起こして一瞬気を逸らせる。
別にマイクラストは水系統と波に関した魔術しか使えないわけじゃない。森の中で彼の主戦力である魔術は効果的じゃないのだ。かと言って変に魔術が発動しなくても困る。
「飽くことなく続け。水泡の時雨」
戦っている二人の木々の隙間に水の泡がいくつもできる。二人の距離は縮まって槍と槍が重なった。
「強くはなってるが、俺には勝てないぞ大智」
「黙れ。同い年のくせにあまり大きな顔をするなよ須黒」
「ははっ、自分から弟子になりたいと言ったやつの言葉とは思えないな」
「それ以上言ったら殺すぞ」
じりじりと相手ににじり寄る大智だが相手の表情にはまだ余裕が見られる。木々の間の泡もどうでもよさそうにしていて、マイクラストまで不機嫌になりそうだ。
泡が少しづつ割れていく。霧雨のように辺りを湿潤状態にしていくとさらに地面を水浸しにするためにマイクラストはとにかく水の魔術をありったけ男に向かって放った。
水の弾丸は威力が無いせいですべて男に命中してもそれはダメージにはならない。
だが、大智の魔術を考えればそれでいい。
「なんだ、水鉄砲で遊んでいるのか?」
「そうだ。それが僕の今考えた最適だ」
大智が槍に雷を纏わせる。合わせていた槍を離して距離を取ると、その槍を地面についた。
地面には大きな水たまり。その中には男もいた。
「じゃあな」
雷が伝って相手が水たまりから出る前に体をしびれさせる。苦しみながら痙攣する男はなんとかそこから脱出したがかなりの体力を削られたのか、槍を地面について深呼吸をしている。
「なるほどな。そのためのあれか」
「何言ってる?」
「まだ終わってないだろ」
間髪入れずに大智は須黒の槍を払いのけようと接近する。やっぱりダメージが大きいのか後ろに引こうとする姿勢が見えたマイクラストは予め敷いていた陣を発動させた。
「そこだろ」
空間が揺らいだ。ちょうど男が重なる瞬間に爆発が起きて動きが止まり、大智が槍を払いのけることに成功した。
転がるようにして倒れた須黒は木に手をかけながら起き上がると槍の位置を確認する。この状況では取りに行くことのできる距離ではない。
「これでお前が一敗だ」
「痛ってえな。紫音のことになったらここまでするのか、お前は」
「大事なものを守るためなら、何でもする」
「なら俺も同じだ。この村を守るためならなんでもするさ」
空気が、変わった。
男の背後から風が吹く。追い風となったそれは始めは小さなものだったが段々と大きくなっていき、次第に木々が悲鳴を上げ始めた。
「俺がこれをお前に使うことになるなんて思わなかったな」
これがこの男の魔術か。
「やっぱり、ヤバいな」
暴風が目の前で起こっている。まるで相手の脅威が目で見えているかのようだ。
踏ん張っているのに地面に足が引きずられていく。
「さて、本気だ。せいぜい持ちこたえろよ」
「………くそっ」
須黒はそのまま悠々と自分の槍のあるところまで向かう。まるで自分だけその風の影響下にないかのようだ。大智は懸命にその風に耐えながら槍を取らせないように、マイクラストは敷いていた陣を発動して近寄らせないようにしたがこんな風が強いんじゃ正確に相手を狙うこともままならない。
そして槍は男のもとに戻ってしまった。
「さ、始めよう」
須黒がその槍を握った瞬間に暴風はまるでその力を男に吸い取られたかのように風が全くといって消える。風であおられた木々だけがその悲鳴をあげたまま、地面に足をついた二人は立ち上がった。
「ちっ、やられた」
マイクラストは自分の杖が飛ばされたと、立ち上がって気が付く。即席としてはまぁまぁだが近くの折れた枝を利用することにする。
大智はと言えば、なんの迷いもなく須黒に向かって突っ込んでいた。
「倒せばいいだけだ、今ならお前にも勝てる」
そうして折れた木を踏み台にして飛んだ大智は雷を纏った槍を振り下ろす。須黒はそれを見て笑みをこぼすとそのままの姿勢で槍を受け止める姿勢でもないのにただ真横で受け止めるように振った。二つの槍が交差したとき今までで一番大きな衝撃音が辺りに響いた。
だがマイクラストはその瞬間を瞬きで見逃してしてしまった。
「なんだ、これ」
そこにかまいたちが起きたように木々が一文字に切り倒されている。
十数メートルそれが続くと、その末端に倒れた大智が槍を握ったまま立てずにいた。
「これを耐えたのか、さすがだな大智」
「………黙れ」
男は大智に近づく、まだ戦いは終わらない。




