星に照らされて
その女性は一時音と言った。年齢は恐らく二十代半ば。
静かな態度とは裏腹にこの学園を仕切るその身分に満ちた威厳を感じる。
「空咲さんから話は聞いているよ。どうやら男の子の方、君か。どうやらイギリスでこの学園の編入を推薦されたみたいだね」
「………はい、サイドゥンさんという方から推薦状を貰ってここに来ました」
「いやぁ、今どき推薦状なんてそう届くものじゃないから私もびっくりして少しだけ手続きに手間取ってしまったよ。でも実際に会って思ったけど君たちの魔術に対する態度はどうやら真剣みたいだね。心置きなくここで学んでいくといいよ。それは私が保証しよう」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、私はこれから少し用事があるんだ。悪いけどあとは彼女、水戸ゆるぎの話に従ってほしいかな」
彼女は机の裏に隠れていた鞄を持つとそのまま先に部屋を出て行ってしまった。残された三人は水戸と呼ばれた彼女がお茶をしまうのを待ってからついていく。
「残念ですが、編入ということもあってお部屋のご用意が追い付くことができずに二人部屋となります。そこはご容赦ください」
「分かりました」
「え?」
「どうしたの雪広」
「いや、なんでもない」
急に声をあげるからなにか問題があるのかと思った。多分言っても意味ないから先に彼女は謝ったんだろうけど。
「本日から授業に参加いたしますか?」
部屋について荷物を下ろした二人に彼女は尋ねた。
正直まだ午前中ということもあって時間的には暇になる。
「僕は受けてみたいけど、雪広はどうする?」
「なら私も行くよ」
その旨を彼女に伝えると、分かりましたと言って二人をある部屋に連れて行った。
「ここはなんですか」
部屋の中はまるでプラネタリウムのようにどこを見ても星の輝きが見える。中央にはそれを映し出すための何かが置かれていた。
「お二人には先にこの学園のルール、もとい規則を知っていてもらいます」
「以前来た時にはそんなもの無かった気がするけど」
「それは一様が校長に就任する前だったからです。今ではここにいる学生は皆このことを知っています」
このプラネタリウムと関係があるのだろうか。と家接は思ったがそれはこの部屋の明かりをつけるとすぐに分かった。
「この部屋には学園すべての部屋が記されています。そして、この光の点となっているのはこの学園にいる人間の位置を指し示しているんです」
それはすべて一冊の本から示してあり、その魔力の源がどこにあるのかは分からないけれどとても高度な魔術なのは一目で分かった。
「この学園での禁足事項は三つ。それ以外であればどんなことであろうと寛大な心で処罰を致します」
挙げられた三つの禁足事項、それは立ち入り禁止の部屋があること、他者を殺めるまたはそれに近しい行為を取ること、許可なく学外に出ることだった。
「後ろの二つはなんとなく分かりますけど、その前の立ち入り禁止の部屋っていうのはどの部屋のことなんですか?」
「それは私にも分からないです。一様はそれについて就任以来一切口外することなく口を噤んでいて、噂では前校長から守られてきたことみたいで。その証拠としてですが、この部屋にも絶対に光が灯らない部屋というのが存在するんです」
その部屋というのは入り口の扉の真上。そこに書かれた部屋に光が灯ったことはない。
「分かりました。誰も知らないんだったらもし入ってしまっても避けようがないですからね」
「はい、では皆様が所属することになるクラスを紹介いたします」
向かった先は教室ではなく校庭。そこでは生徒たちが魔術の訓練を行っていた。担任と思わしき人がこちらに気がついて手を振っている。
「おお、君たちが今日から編入してくるっていう」
「家接孝也です」「雪広静」
「そうかそうか、私は清水豊だ。よろしく家接に雪広!」
握手に応じるとその分厚い掌が僕の手を覆う。ガタイ以上に優しい雰囲気の人だと家接は思う。
「もう夏休みも前なのに、編入?試験で足だけは引っ張るなよ」
遠くで練習をしている人の中からそういった声が聞こえてきた。すぐに清水先生がその生徒に注意したが雪広が黙ってその生徒を見ていると、目が合ったのか言ってきた生徒はさらに野次を飛ばした。
「やっぱり弱そうだな。先生、ちゃんと指導してくれよ」
「………ふっ」
一瞬で嘲笑っていた方の生徒が顔をしかめた。さすがに僕も雪広に挑発に挑発で返すのはやめた方がと言おうとしたが、もうすでに両者の熱は上がり切っていた。
「お前、バカにしてるのか?」
「してないけど。ただ、実戦経験を積んでる私があなたの足元と思われていて思わず笑ってしまっただけですよ」
口調が丁寧なあたり煽っている。止められないと家接は判断してとりあえず火のもとから離れる。生徒の方も他の子が止めようとしているがヒートアップしすぎて抑えきれてない。
「初日にそんな暴れない方が良いんじゃ」
「うるさい。あいつがばかにしてきたのが悪いでしょ」
一応引き留めた、ということで僕は引く。板挟みにされた先生は苦渋の決断をしたようでその厚い両手を叩いた。
「よし決めた。大塚、そこまで言うなら模擬試合をしよう。これでお前が負けたら文句は無しだ。編入早々申し訳ないんだけど、それでもいいかい?」
「良いですよ。家接、止めないでね」
僕が雪広を止められるわけないじゃないか。
先生がどうにかしてくれることを願いながら、ラインに引かれた枠外に僕含めて他の生徒も出ていく。
相手の少年は杖を持って構えるが対する雪広は腰に下げたホルスターから順を出し入れできるのを確認すると準備運動を始めて終わり。
「なんだ、杖は出さなくていいのか?」
「私の魔術は杖を使わないからね」
「ああそうかい。後悔しても遅いからな」
清水先生は一枚のコインを取り出すと指に挟んだ。
「では、始め」
彼が腕を振り下ろして模擬試合が開始された。
杖を構えたまま距離測る少年は、雪広が動き出すのを待っていた。
家接としては少しだけ不安ではあった。彼女の魔術はあまり対人に向いた魔術ではないと思っている。四方印では決定打はなく、八訪印は少なくとも家接の知っているものを使えば相手が死に至る可能性がある以上使えない。まだ見たことのない八方印の中で魔術を使うのか、それとも基本属性の魔術を使うのか。
「来ないならこっちから行くよ。水面に靡きし波紋よ、空を、地を、その情景に写れ。ゆらぎの間」
視界が歪んだ。それこそが波紋だと気づいた瞬間に雪広は鏡を投げてシャッターを斬る。
「四方印、東西」
雪広が魔術を使った瞬間、鏡が粉々に砕ける。同時に雪広が作った空間の壁にもひびが入った。
「うそでしょ。初見殺しなのに」
「口だけじゃないみたいだね」
雪広からはもう既に余裕の表情は失われている。ここまで殺傷性の高そうな魔術を放っているのに清水先生は止めるどころか雪広の魔術に感心していた。
すぐに彼女は四方印を解いて距離を取る。あの少年の魔術は歪みを生む魔術。空間にも作用したように見えたけれどその本質はあくまで波紋のほう。それをその時々に合わせて写し出しているいるにすぎない。
「でも僕の魔術の本領発揮はここからだよ」
その揺らぎは空気から地面へと伝播する。すると地面が波打ったように揺れて着地した雪広の足をぬかるんだように地面に沈みこませた。
「四方印、南」
雪広は焦ることなく冷静にその場から離脱する。相手は一瞬彼女の姿を見失って、その存在に気が付いたときには詠唱の隙は無かった。
「四方印、南・北」
「また同じ魔術。ワンパターンかよ」
少年は自分の周りにさっきの魔術を展開させることで遠距離の攻撃が来たとしても対応できるようにする。さらに自分の安全を確保したうえでさらに詠唱を行う。
あれから雪広の姿は観戦者含め捉えることができないでいる。
「隠れてるだけで勝てるなんていうのは間違いだって教えてやる。波紋は消えた、ゆらぎが示すは彼の敵。水面に沈み凪を成せ。水纏、空殻」
魔力が溢れて水が生まれる。二人を空間に閉じ込めるために水の壁が現れ、そのまま宙を覆ってまるで水槽を眺めているかのようだ。
「あとはゆらぎでお前を追い詰めて終わりだ」
その瞬間、劣勢を打破するための銃声が鳴り響いた。




