恍惚として高揚に
オフターの話はどれも家接たちだけでなくサイドゥン、ましてや記録科の人たちですら聞いたことのない情報ばかりだった。No.0の情報というのはこれまでほとんど明らかにされることがなかった。いくつかのピースが手に入った程度でその規模すら把握できていない。
彼女が示したのはその幹部の一人のⅣの情報。もちろん彼女がすべてを知るわけもないので少しの情報ではあったがそれはとても大きな進歩だったと言える。
「なるほど、女性の遊説家ね」
彼女の真の姿を見たことはオフターですらなく、会ったことがあるのはその投影した虚像のⅣ。しかし雑談を交わす程度の関係性らしくそこから聞いたところによると彼女は表の世界では遊説家を行っているとのこと。
「今どき遊説家なんているんですね」
そういうのって歴史とかで出てくるイメージだったから現代にも存在しているとは思ってなかった。
「ただ遊説しているなんてことはないでしょ。そんなことしてたら嫌でも目立つし。少なくとも何年も尻尾を掴ませなかった組織の幹部がそんな大っぴらな真似をするの?」
「私もそれについては同意だね。何かしら方法があるんだろう。例えばインターネットを利用しているとか」
「それはもうただのネット廃人じゃないの」
「まぁそうとも言えるけど」
オフター抜きではなしが進んでいるのが癪だったのか、咳払いをして注意を引く。
「もう話は終わりでいいのか?」
「そんなまさか。続けて続けて」
嘆息しながら彼女はできる限りの情報を示す。とはいっても彼女に実際会ったことのないオフターから得ることのできる情報にはあまり具体的なものはなかったが、それでも手掛かりとなるようなことを彼女が最後に話した。
「あとはそうだな、Ⅳはすでにお前たちのことについても知っていた。少々の策で挑んでも返り討ちにされるのが関の山だということは心に留めておくんだな」
家接と雪広の総評としては分かったようで分からなかった、だ。
オフターの直属の上司なのだとしたら、活動範囲もきっとこのイギリス近辺になるはず。たとえ情報を知っていたとしても帰ってしまえばほとんど関係のない話にはなる。
彼女の尋問?が終わったところで3人は部屋から出る。彼女の使っている部屋に戻ってさっきまでオフターと話していたことを整理しながらこれからの展望について尋ねた。
「サイドゥンさんはこれからどうするつもりなんですか?」
「私?………そうだね、彼女の言っていたⅣのことについても気になってはいるけれど私の本職はあくまでこの魔術協会で特異科のいち魔術師に過ぎない。そのⅣが魔眼を持っているというならまた話は別だけど、どうやらそういうわけでもないような気がするし、それなら空咲さんに預かったあの魔眼についていろいろと調べる方がよっぽど面白い。知ってるかい、東洋の魔眼はなぜか西洋よりも目撃例が少ないんだ。調べがいがあると思わないか?」
その口元からこぼれ出る笑みには好奇心が抑えきれていない。
そういえば、オフターを捕まえようとしたのも魔眼に対する執着からだった。今やその魔眼を手に入れることはできなくなって、残ったこの魔眼だけが彼女の心を刺激する。
「じゃあ、そろそろ私たちは帰るから」
「そうだ、君達はこれを届けるために来たんだったね」
サイドゥンは自分の机に向かって歩いていくと、目が見えないのでがさがさと手探りで中をいじくる。
そこから何か紙袋が出て来てそれを雪広に渡した。
「これ、私の趣味に付き合ってくれたお礼だ。どうせ帰りに観光するんだろう?ならこれを使って少しいいご飯でも食べて行くといいよ。とはいっても、君たちの舌に合うおいしい食事があるかどうかは別だけどね」
家接たちはサイドゥンの部屋から出て魔術協会を後にする。
廊下を歩いている時に、ちょうどオフターが騎士たちに連れていかれるところにすれ違った。彼女は騎士に少し止めるように言って雪広に近くに来るように言った。
「なに?もう話をすることなんてないはずだけど」
「いいから耳を貸せ」
そう言って縛られたままのオフターの口に耳を近寄らせると、彼女は最後に言伝を預かったと言って耳元で囁いた。
それを聞いた瞬間、雪広の態度は一変した。彼女の顔を手で叩くと交わすこともなく受けたオフターは衝撃で倒れる。起き上がった彼女の鼻からは血が垂れ流されているにも関わらずその顔には笑みが浮かんでいた。
「どうしてあんたがそんなことを知っている!」
「残念だがそれは教えられんな。また欠烙書でも書くか?」
「っ!ふざけるな!」
「ちょ、落ち着いてよ雪広。どうしたの急にそんな怒りだして」
家接は慌てて彼女の両手首を握って動きを止めるが、それでも彼女の怒りの沸点は静まらないままで少しでも力を抜いてしまったらオフターに襲い掛かってしまいそうな勢いだ。
「ほら、さっさと連れていけ。お前たちはそれが仕事だろ?」
「………分かっている。ほら、行くぞ」
「待て、オフター!」
騎士は少しだけ戸惑ったがすぐに彼女の立ち上がらせて廊下を進んでいく。それでも彼女は必死に家接の拘束から逃れようと抵抗したが、彼女の姿が見えなくなってやっとその力が抜けて地べたにへたりと座り込んだ。
「………落ち着いてくれた?」
「ごめん家接。取り乱しすぎた。もう大丈夫だから」
家接は、あの時何を言われたのか気になったがそれを聞くにはあまりにも場がふさわしくなくて、とりあえず協会を出た。
外は明るく、天気は晴れ。さっきのことが無ければ観光気分でどこかに向かっていたのかもしれないけれどそうもいかなくなった。明確に気持ちの沈んだ彼女を励ますには何が良いだろうと思って目についた飲食店を指して入る。
イギリス料理はあれだと聞いたことがあったけどどうなんだろう。そんなことを言いながら恐る恐る料理を注文する。その頃には沈んでいた彼女の気持ちも少しは回復していて、届いた料理も美味しかったので安心した。
結局二人は生きたいところを観光して回って、帰りの便で眠ったまま日本に帰った。
彼女の気を晴らすことができてよかったなと自分なりに思うことで、オフターから何を聞いたのかは気にしないようにする。
「やっと助けに来る気になったのか、Ⅳ」
「そう思う?」
監獄室に閉じ込められていたオフターは、予想していた人物が現れたことに安堵した。彼女は仮面をしていて、おまけに帽子もしている。背丈すら厚底の靴を履いてごまかしていてどうしても姿を知られたくないらしい。
「われを助けにきたのではないのか?」
「うん」
「では何をしに来た」
平然と助ける気のない宣言をしたⅣがなぜオフターの前に姿を現したのか、彼女はその可能性を予想しながらも自分からは決して言わなかった。それが現実であってほしくないから。
「あなたのその眼、もういらないよね?」
ゆっくりと近づく彼女は彼女に向かって手をかざす。そこから先、オフターが何をされたのかを見ることはできなかった。
「あれ、体が戻ってる」
「本当だ。ていうか完全に忘れてた」
「僕もだ………」
数日でも性別が変わるという体験は新鮮だけど違和感の連続だった。そしてまたもとの体に戻った今もその反動かすこし違和感を覚える。
「やっぱり男の家接の方が良いね」
「どういう意味?」
「いや、なんでもないよ」




