後出しして勝てばいい
捕まったオフタ―は一言として言葉を発さなくなった。理由は彼女の服に隠されていたこの銀時計が理由だ。No.0と分かった途端、魔術協会の態度はただの尋問から拷問へと方針を変えることを半ば強制的に行おうとしたほど。
彼らの恨みというものは数十年もたった今でも変わらない。ジェスター・ミストガンの成し得た叛逆は彼らに強い禍根を残している。
しかしそれはサイドゥン自身が許さなかった。彼女は対等な状態で話をしようとしていたのだ。
魔術協会に連れてきた当事者の一人の話を聞かないわけにもいかなかったので言う通りに方針が変わることはなかったが、代わりに彼女は厳重な監視の下で尋問を行うことになった。
「君たち、魔力発しすぎ。もう少し控えてくれないかな。これじゃあ答えられなくなるだろう」
「ですが私たちはマスター・メルミルの命令で」
「しつこいよ?」
背後にいる家接と雪広以外に向けられた強烈な敵意。圧倒された四人の騎士はそれをもろに被って縮こまる。「はやく行こっ」という彼女の言葉で中にいるオフターへの尋問を行う。
中央には机と彼女の縛った椅子。加えて監視カメラがいくつか設置されていて、それが僕たちの動きを終始見逃さないようにこちらにむいている。
「われを解放するつもりはないのか」
家接たちが座ってから開口一番彼女が求めたのは解放だった。随分と業腹な要求だがサイドゥンは破顔して見せた。
「なんだ、早く君も帰りたいんじゃないか。それなら言うこと言って終わろう」
ガチャリと鎖の擦れる音がする。抵抗しようとしても鎖が邪魔をしてうまく体が動かない。この世に魔術を封じるような道具は存在しないため、彼女も全力で抵抗すればこの場から逃げることができるかもしれないけれどもそうすればどうなるかくらいは彼女も分かる。
それがただの刑務所ならまだしもことに魔術協会ともなれば彼らはきっと執拗に追い回すに違いない。それはオフタ―の望むところではなかった。
「誰がいつ話すなどと言った」
「え、でも早くここから出たいんでしょ?なら話すしかないよ。別にこのまま一生監禁するとか言われたわけじゃないんだから良いと思うけどな」
「………ならお前たちはNo.0のことをどこまで知っているのだ」
やっと口を開く気になったのかとサイドゥンは喜んで語り始めた。近くに家接と雪広がいることも気にせずに魔術協会だけが把握している情報も出したので後ろでは驚いた表情をしている二人がいたがそれに気づくことができるのはこの場ではオフタ―だけだった。
No.0には12人の幹部が存在している。彼らはそれぞれにそれぞれの目的が存在し、その目的を達成するために活動していた。二人の知らなかったことだ。
「ていうことはオフタ―さんにも上司となる幹部の人がいるってことですか?」
「残念ながら、な」
残念ながら?あまり納得できないような口ぶりの意図は分からないけれど、確かに彼女の上には幹部がいる。家接がこのような姿にされた原因も、その人へと連れていくために施したにすぎないということだろうか。
「ていうことは、家接の持っている力があなたの幹部の目的を達成するのに役に立つっていうことね」
「さぁな」
「え?」
「われはそのような輩に出くわしたら連れてこいという命しか受けておらぬ。その後のことなどわれは興味などない」
三人とも怪訝な顔をした。それならどうしてここまでリスクのある行動に出たのか。街中で出会った意味が分からない。
「なら質問を変えるよ」
そう言うとサイドゥンはポケットからあの懐中時計を取り出して置いた。
「これは君達No.0に所属している人はみんな持っているみたいだけど、どうして全員の持っている懐中時計に刻まれている術式が異なっているんだい?」
「そんなことか」
くだらないと吐き捨てるように言うと彼女はそれを開くように言った。
家接は言われるがままにその懐中時計を開ける。確かにそこには術式が刻まれている。それの意味するところ、少なくとも家接と雪広は見たことのない術式。故にそれが何を意味するのか、はたまたそれが何を発動させるかなんていうのは理解に及ばない。
それからオフタ―の言葉を待ったが、彼女は一向に言葉を発さない。見ると何かを閃いたような顔をしている。
「では、この術式の秘密と交換条件でわれをここから解放するというのはどうだ」
「いいよ」
即答だった。部屋のそとで盗み聞きをしていたのだろうか、すぐに部屋の扉が何度も叩かれるがサイドゥンは雪広に頼んでその扉を固定してもらう。これでしばらくはこの空間に干渉できない。
「本当にいいのだな?」
「うん。私は約束はだいたい守るから」
なんか取引の場で出してはいけないようなことを言っているはが、それで相手は納得したらしい。まぁ彼女はもともとそういう性格のような気もするから約束を反故にするなんてことはしないと思うけど。
「まぁ良い。………この術式には二つの意味がある。一つは、自分の最も親和性の高い魔術。そしてもう一つはNo.0への忠誠だ」
「どういうこと?」
そう難しく考える必要はない。
「簡単に言えばこの術式には二つの魔術が混ぜ込まれているということだ。魔術の方は自身が危機的状況に至った時に発動できるというもの。もう一つは”そのとき”のための準備」
「その危機的状況って言うのは今だと思うけど、それはどうして使わないのかな」
「それを聞くのか?ははっ!」
オフタ―は高らかに笑う。今更遅いとでもいうように。
「すでにわれは使っているぞ?」
慌てて雪広はオフタ―をシャッターで斬るが、彼女はその鎖で縛られたまま逃げようともしない。
その代わりに懐中時計の術式の一部が光をなぞらえるようにして発動しようとしている。
「これは準備の必要な魔術でな、元来戦闘用に向いていないので使う機会がないのだ」
満ちる。術式は起動した。
やっとのことで扉を破った先ほどの四人の騎士は、すぐさま中に入ってきてその懐中時計を四方で囲む。
「我が信仰に敬しその加護を侍らん。灯すは光、照らすも光。あらゆる魔術を浄化せよ。天光の慈愛」
部屋が何も見えなくなるほどの真っ白な光で満ち溢れる。魔術が発動したのか否かすら分からないその光が消えると、ゆっくりと視界の白が消えていく。
机に置かれていた懐中時計はさっきと全く変わらない様子で、目の見えないサイドゥンは何が起こったのかを家接の裾を引っ張って確かめる。
「何が起きたんだい?」
「たぶん、懐中時計の魔術が搔き消されたんだと思う」
そう彼は思ったが、騎士の人が訂正を入れた。
「正確には魔術自体を光で包んで浄化させたんです。発動自体はしていますよ」
オフタ―を見ると、この部屋は暑くもないのに額から汗が垂れている。
しかしこうなってしまった以上、サイドゥンをこのまま逃がすというのも難しくなってしまう。騎士たちは今すぐにでもオフターを連れて行こうとサイドゥンを説得しているが、すぐに頷きはしない。
「もう少しだけ彼女と話をさせてはもらえない?まだ聞き出せていないことがあるんだ」
「ですがこれ以上は危険です。あなたも今見たでしょう。彼女は拘束されているからと言って反撃しないというわけではありません。次にまた同じようなことが起きたらどうするつもりです?」
騎士の方が極めて冷静で言っていることがただしいことはきっとサイドゥンも分かっている。でもどうしてそこまで彼女に執着するんだろうかと家接は疑問に思った。どうにも僕にかかって魔術を解いてもらうために奮起しているというわけではないみたいだし。
「まさかですが、安全に彼女の魔眼を摘出する方法を考えているなんておっしゃるつもりではないですよね?」
「………そんなわないだろう。さっさと出て行ってくれ。ほら、ここは女子だけの場だ!」
そう言って彼女は無理矢理に騎士たちを追い出した。去り際に「これだから特異科の奴らは……」と愚痴をこぼしていたがそれは彼女には届かない。
再び彼女への尋問が再開されたところで、サイドゥンは目隠しを取った。露わになったその目は対面にいる見えないはずのオフタ―を見通している。
「さて、最後の質問だ」
どうしてだろう。さっきまで余裕そうにしていたオフタ―の表情には少し強張りがある気がする。木のせいかな。
「なんだ」
「君はⅣについては何も話す気はないんだね?」
「しつこいぞ。われは答えるつもりは毛頭ないと」
「ならその君の魔眼、貰ってもいいよね?」
「なっ」
彼女は絶句した。そしてそれと同時に明らかな動揺がそこには見えている。
いまだに彼女はその魔眼を開きながら話を続けている。まるでその心情すら見通すかのように。
「私は親切で言ってるんだよ。そして今の言葉も冗談じゃない。私は君の現状について手に取る様に分かる。その体を見れば明らかなことだとは思うけど」
さっきから彼女は何を言っているんだ。家接にはその言葉の意味は理解できない。二人にだけ共有されればいいことなのだから当たり前ではあるが。
「……話すとどうなる」
「君が絶対に裏切らないという保証を示してくれるのなら魔眼は取らないであげる。欠烙書ならすぐに用意できるけど」
「それでいい。準備するならしろ」
「はいはーい」
そう言って彼女は杖を持って立ち上がると一人でで部屋を出ていく。
残された僕は雪広に耳打ちで欠烙書について聞いた。彼女によるとそれは絶対に敗れない契約書であり、裏切りには死という恐ろしい制約が課される。だけどそのあまりにも重い代償故に契約前にはその対価として解約相手も対価を求めるらしい。今回で言えば彼女の魔眼への手出しといったところだろうか。
戻ってきた彼女の後ろにはまた騎士がいる。よっぽど早く彼女を連れていきたいらしい。
彼らに連れていかれてしまえばまあ確実に監獄室送りになることは割けれられないが、それは彼女も覚悟しているはず。
そんなことはいざ知らずサイドゥンは持ってきた欠烙書を机に置いて家接に細かい部分を書くように言う。それが終わると彼女は自分の指を噛んで血を流すとそれもまた家接に血印を押す場所に動かしてもらってあとは彼女がそれに応じるだけとなった。
後ろで雪広に血の出た指の処置をしてもらっている間に騎士は縛られているオフタ―の背後に回って片方の指を持っている槍に押し当てて血を出すとそのまま欠烙書に押し当てた。
「本当にこれでよかったんですね、サイドゥンさん」
「うん!ありがとう。ついでにそれをマスター・ミルメルのところに持って行ってくれると嬉しいな」
「分かりましたよ。ですが今度からは身勝手な行動は控えるようにと言伝を預かっていますのでそれを胸に秘めて行動してください。お願いしますよ」
「分かっているって」
騎士は消えて契約が履行された今、オフタ―はⅣについて話さなければならない。
「断っておくが、われとやつとの付き合いはそう長くない。本当に知っていることだけを話すのだからな」
「それで充分。Ⅳのところにたどり着いて倒せれば、万々歳なんだから」
「はっ、それは面白い。こんなところでおちおち死ぬわけにはいかないな」
部屋の中に魔力が満ちる。ごく微小の魔力の粒子だが空間を満たせばだれでもその異様さに気づく。
「これはなんのつもりだ」
攻撃か何かと勘違いしたオフタ―は再び警戒心を強めたが、諭すようにサイドゥンは宥める。
「これは記録科の仕業。私がすこーし言いすぎちゃったみたいで目を付けられたのかな。安心して、あそこの人たちは基本記憶の収拾にしか興味ないから」
「そうか。欠烙書までしておいて今更裏切ることはしないか………。いいだろう、話を始めるぞ」




