不正解だ
「どうして僕の姿を変える必要があったんですか?」
家接は自分の胸を叩いて言った。一番最初の質問に選ぶということは、彼にとってとても大きな問題なんだろう。だが女からすれば理由にあまりこだわりは無い。
「強いて言うのなら、簡単だったからだ。まさかシルフの先祖返りがあんな辺鄙なホテルに来るとは考えまい。急務としてお前にその術をかけただけで、もう一度出会う口実を作ろうとしただけに過ぎない。が、似合っているのなら別に解除はしなくてもいいだろ」
「いや、困ります」
そこは譲れない。凡そ、思春期の男子に言うようなセリフではなかった。
仕方ないな、と言ってはいるが魔術を解く素振りは無い。まだ話を続けたいということだろう。
「じゃあ私から」
次に質問したのはサイドゥン。彼女はまるで世間話をするかのように軽く話を進める。
「一応、名前を聞いてもいいかな。私はサイドゥンと言うんだがあなたは?」
「そんなことか。ミライラ・オフターだ」
人の名前には意味がある。そして、自分自身でそれを名乗ることには殊更に意味を持つことになる。
サイドゥンはその歯を出して大げさに笑った。
「あははははっ!」
「何を笑う。われを愚弄する気か?」
「そうとられてもかまわないけど、実際そうさ。これを見ても君はそんなことが言えるのかな」
サイドゥンは隠していた右手を出す。彼女がぶら下げていたのは小さな布を被せた何か。それを机に置いてその布を剥いだ。
「それは……」
「霊呼の魔眼。対象の名前を呼ぶことでその行動を制限する。この魔眼にはいくつかその効果を発揮する方法があるが、その一つが名前を呼んだ人が半径一キロ内に存在すること。そして君は今、自分で名前を呼んでしまった。これからは名前を明かすときは慎重になることだ」
机に置かれたそれはホルマリン漬けにされていて、眼球が浮いている。
魔眼の効果が強烈が故に持ち出していたのだろうか。だがさっきまで彼女は何も持っていなかったようなきがするけど。
そんな家接の疑問はすぐに解消される。
「静の魔術で呼び寄せればこんなものさ。君が名前を呼ぶ瞬間にこの魔眼を転移させて発動させる。私の魔眼が発動するのと同時だったから彼女の方には気づかなかったんだろう?」
警戒する方を間違えたね。
サイドゥンの魔眼の能力が判明していないことが功を奏して目の前の女、オフタ―は口を閉じる。
その顔に焦りはない。俯いて肩を震わせるその姿は恐れか、笑いか。
「われをこの程度で抑えられると?」
「じゃあどうするっていうのかな」
「こうするのだ」
オフタ―が瞳を閉じる。魔力の密度が上がっていくのを感じ取って僕は雪広の瞼を手で覆って目を閉じた。しかし彼女の魔眼が発動することはなかった。
「なに?」
「だから言ったはずだよ。霊呼の魔眼は対象の魂を縛る魔術。その魔眼だって君の一部である以上、魂が固定されているんだから魔術を発動することはできない」
それを見越して彼女はこの魔眼を選んだんだろう。盲目の彼女は、その一撃を絶対に外さない距離で杖を向ける。机に脚をかけたことで周りの客はこちらに注目することになったが、その注目の時間は一瞬。さらに大きな衝撃が店内を襲うことになった。
「逃げろ、爆発だ!」
破裂音と共に、その声が店内に響く。くつろいでいた客たちはいっせいにパニックになって店の外に逃げ出そうと入り口に向かって走り出す。
「二人とも、確認してきてもらえる?私はこの混乱に乗じてこの女を」
「われは二度、同じことは言わぬ」
入口に向かおうとした二人が振り返る。魔弾を生成していたその体が爆発によって後方に吹き飛ばされる。家接が彼女を抱えるために前に飛び出して、雪広は机に置かれた魔眼をすぐに回収した。だがそれはオフタ―の行動を再び許すということ。
彼女が指を鳴らすとその手には槍が現れる。もともと至近距離のサイドゥンとの間を詰めてきたオフタ―相手に家接は抗戦するために雪広に向かってサイドゥンを投げた。
「ごめん、頼んだ!」
「分かってる!」
後ろで「いったぁーーっ!」という声が聞こえたが、そんなことを気にかけれるほど余裕はない。ほとんど押し倒される形で抜いた短剣で槍をいなすことでそれは地面に突き刺さる。だがそれはすぐに引き抜かれて僕ではなくサイドゥンの方に向かう。やはり狙いは彼女か。
「くそッ!」
もうやけくそだっ、と思いながら家接はダッシュしたオフタ―の右足に向かって回し蹴りをする。結果的にタイミングよく彼女の足と自分の足が引っかかったことで彼女は体勢を崩し、僕は宙に体が飛ばされる。
そして家接が飛ばされた先からは彼女の背中しか見えない。これ以上と無いチャンスに僕はその勢いのまま短剣を突き刺しに行く。
オフタ―は背後を見てすぐに脇の下から槍を押し出す。ぎりぎり見切れた家接は体勢を逸らして避けるが、彼女はそこからさらに何かをしようとしている。
「ミライラ・オフタ―!」
サイドゥンがそう叫んだことで彼女の動きが停止する。今度こそ背中ががら空きになった。
家接は彼女の背中に向かって短剣を振り下ろす。
肉を引き裂く音と共にスッと剣の刺さる感触が手に染み込んでくる。
家接はそこからさらに炎の魔術を加えて肉体を焼いていく。赤黒い血が滴っていたがいずれ体から漏れることをやめて剣と肉が引き合うようになって抜けなくなった。
「ぐっ、うぅっうあうぅ!」
彼女はもうその場を動くことすら叶わないような怪我を負って、ただただうめき声を出し続ける。
僕は苦しんで顔を下ろしているオフタ―に向き合うように膝を立ててもう一度頼み込んだ。
「オフタ―さん、僕のこの姿を治してくれませんか」
後ろではサイドゥンが魔眼のホルマリン漬けを提げたまま立っている。これが最終勧告だと、その魔眼も訴えているようだ。
「はっ」
オフタ―は屈していなかった。それどころかまだ敗北したことすら認めていないようで、もはや往生際が悪いとさえ思えてくる。
「そこまでなっても、僕にこんなことをする理由なんてあるんですか?」
「ある」
返事を待つのに一秒もかからなかった。彼女はこれを本気で言っていると、上げた時の顔を見て確信する。もはや愚かだとさえ思えるその行動の真意は彼女にしか分からないのか。
「まぁいいわ。なら、魔術協会にこのまま運んでいけばいいんじゃない。それからでも家接にかかった魔術は解けるでしょ」
「そうだね。ならお願いするよ静」
ミライラ・オフタ―は魔術協会へと連れていかれることになり、後日サイドゥンの尋問に答えることなった。




