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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
4章 ハック・アイズ

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爛れた情景

 家接達が見逃してしまった女は、Ⅳへの報告をすでに済ませてロンドンへと戻っていた。彼女が拠点としていた場所は本来市街地の中であり、死者のみが泊まるホテルという謳い文句に釣られて向かったところ偶然彼らと出会った。それが偶然でなくⅣが彼女に仕向けたことだったとしても、それは最高の形で彼らにもう一度再会する口実を作らせることができた。

 優雅な朝にはモーニングティーが相応しい。朝の日差しで目が覚めた彼女は顔を洗って気分をさっぱりさせると、ゆったりと気持ちを落ち着かせるためにポットに茶葉を入れた。

 しばらく時間を待ってからカップに注がれた液体は鮮やかな赤色で、沸き立つ湯気は仄かな香りを鼻に通す。いつも紅茶を飲んでから彼女は外に出ている。そうしなければ眠たくて外に出る気にならないから。

「今回のはまた、長くなりそうだな」

 鏡に映るその瞳を見ながら彼女は言う。

 ドレスコードに着替えてから部屋の電気を消して外に出る。今日の彼女の予定はただ一つ。あの少年をⅣに献上すること。目的遂行のためならば、多少の無茶だとしてもする覚悟だ。


 非常に慣れないことをしているので、周りにいる雪広のほうが家接の行動に目を光らせている。

「まだ見つからないんですか、あの女の人は」

「そんなことを言われてもねぇ。この街のどこかにいるという確証を示してくれた魔術協会にもう少し感謝したらどうなんだい?そんなすぐに見つかるものじゃないんだ」

「はいはい。それでこんな朝から外でご飯なんて良い御身分だこと」

「経費で落ちるから構わないよ。君達もどうだい?」

 経費って言われると罪悪感は少し減るので遠慮なくいただくことにする。朝から外でご飯というのはそれだけでなんだか一日が明るく迎えられる気がしてとても気分が良い。良い一日は良い朝食からという標語を作ってしまうくらいには調子が良くなった気がする。

 朝食を終えて店を出ると、太陽もその活動を本格的に開始する。行き交う人々は恐らく仕事に向かっているのだろう。なんだか得した気分だ。

「性別が変わると胃も小さくなるのか」

「そういうもんなの?ま、いいじゃない。お金かからないんなら」

 たった一日だけで慣れるはずもなく、むしろ新たな発見ばかりで新鮮だ。それが良いのか悪いのかはおいておいて二度と体験することのないことを今している。

「でもこれはいらないと思うけど」

 雪広に無理矢理させられた化粧だが、そもそも男である僕に必要だとは到底考えられない。だがそれを言うと彼女にこう言われた。

「最低限って言うのは誰にでも必要なんだよ。それをしないと社会の規範から外れる。だからみんなそれをするの。どんなに顔の良い女の人でもすっぴんで外に出ないし、どんなに顔の良い男でも髭をぼさぼさにしたまま外には出ない。程度こそあれそれはやらなくちゃいけないの。分かった?」

「………はい」

 見よう見まねでした化粧だが印象というのは少しの変化で大きく化けるもので、自分でも驚いた。

 そういう視点に立って知ることもできることがあると家接は今回の件で覚えたわけだが、今はあの女の人を探さなくてはならない。

 道行く人にも、過ぎ去る車にもあの気配を感じ取ることはできない。

 魔術協会のお膝元であるここで魔術を用いた何かを引き起こすというのはそれだけでリスクになり、彼らの大きな眼を向けることになるのは誰もが分かっているからこそ普段であれば何も起こらない。

 だからこそ、暁のバンケットのような起こり得ない前提のもとにもたらされた火種は気づかれないまま火の手を広げたわけだが。

「そうだ家接くん」

 サイドゥンが家接を呼ぶ。「なんです?」と振り返って彼女の片方の手を自分の肘に乗せながら歩く。

「これは静かにも関係あることだけど、君たちはNo.0について何か知っているんだよね?」

「まぁ、何度か会ったことはありますけど」

「でも聞くに君は魔術学校の出身ではないみたいだね」

「………そんなのあるんですか?」

 僕は雪広の方を見たがそうだよ、みたいな顔をしている。そんな話一度としてカラ爺からも聞かされていないんだけど。

「やはりそうなのか。なら、今回の事件に巻き込んでしまったお詫びとしてこれを君にあげるよ」

「これは、魔術学校の編入届?」

 一枚のチケットには不思議な文様が浮かんだり消えたりしている。それを封にしまって彼女は僕の胸にそれを突き付けた。

「君はまだまだ使える魔術が偏っている。というより知らないだけかな。自分に合った魔術を使えばきっと今よりも戦えるようになるはずだよ。静を抜かす日だってそう遠くはないと、私は踏んでいる」

 僕はそれを受け取って、丁寧にしまう。とりあえず帰ったらカラ爺に聞いてみよう。一つの選択肢を彼女から貰った。

「というためになる話をしたところで、やっと見つけたよ」

「やっぱり探してたのね」

「もちろん、私を誰だと思っているんだい?彼女のいる場所はこの先だが、位置がつかめないな」

 彼女の指したところに見えるのは博物館。しかも世界規模の大きさの。

「本当にこの中にいるの?」

「まぁ間違いないと思うよ。だって、私の目に魔眼が見えているから」

 それなら疑う必要はさらさらない。だけど、この中で戦闘なんて起きたらどうなるんだろうか。

 もし何か壊してしまったらどうすしよう。といういらぬ心配をしながら三人は中に入っていった。手荷物を軽く検査されてから中に入る。最近近くで盗難の被害が多発しているため念のためらしい。

「にしてもすごい」

「普通に見て回りたい気分」

 雪広の言う通りだ。このまま観光として回っていたい。それほどに中は魅力的な展示がいくつも並んでいて、何より静かな雰囲気が気持ちを落ち着かせてくれるのでずっといたくなる。

「悪いが進むよ」

 サイドゥンはそんな展示品をすべて無視してただ目的の存在に向かって一目散に進んでいく。

 ちょうど、曲がり角を曲がったところだった。

「随分と時間がかかったな」

 展示品を眺めていた女は顔を上げてその妖艶な姿を見せる。落ち着いたその挙動はここがそういう場所だからなのか、それとも。

「あなた、何者?」

 サイドゥンが臆することなく彼女に問いかける。少しだけ緊張の籠ったその声は、静寂に包まれた博物館に波打つように響いて全員の視線がこちらに向く。だが何も見えていないサイドゥンだけがその状況を理解できずに対峙している。

 さすがの女もここは場違いだったと理解した。

「場所を変えるぞ。そこの無神経な女がいるのでな」

 反論しようとしたサイドゥンの口を二人で塞ぎながら彼女と一緒に博物館を出る。暴れるサイドゥンを引きずって出たのでどちらにせよひどく目立っていたのでとりあえず近くのファーストフード店に入って席に着いた。六人席に座って三人対一人の構図ができあがる。

「そうだな、議論で決まることかもしれん。聞きたいことがあれば何でも聞け」

「じゃあ」

 最初に彼女に尋ねたのは、家接だった。

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