雷の怒り
このホテルは正しく、死者の佇む場所であったこと。
誰もが皆、既にに死人であり生者を陥れた。
自ら進んで足を踏み入れたものが亡くなってしまった人のようになってしまうのか。それともただ単に仕掛けに気が付いていないのか。
「私たちが亡くなってしまった彼女のように、既に何かしらの呪いみたいなものにかかっていたのだとするなら恐らく手遅れだ。諦めて心中でもしよう」
「物騒ですね」
「家接はもう少し驚きなよ」
人間、死を前にしたら存外冷静になる。それならもがくよりは受け入れた方が苦しまないで済むからね。
それに今は冷静な方が適切な判断ができるから。
「私が気になっている点はたった一つ。あのホテルにいた魔眼の持ち主だ。その人物の姿が見えなくなった瞬間にあんな事件が起こった。関係ないとは到底考えられない」
「でも人を死んだり生き返らせたりできる魔眼なんてあるんですか?」
「べつにそれくらいなら魔眼どうこう関係なくできる人はできる。死霊術師なんてまさにその典型例みたいなものでしょ」
「うん。静の言う通り。ただ、魔眼は普通の魔術と異なって魔力の痕跡をほとんど残さない。それに種類によっては魔術よりも絶大な力を秘めているものもあるからね。私のはまぁ、しょぼいかもしれないけど」
そうは言うけれども、彼女の魔眼も相当だと思う。すべての魔を見通すことができる上にそれを遮るものは無い。視力を持たない彼女だからこその力なのかは分からないけど、視えるというのはそれだけで力になる。
「あと気になると言えば、遺体かな。死者が生者として振る舞っていたのだとしたらむしろ亡くなったと思った彼女こそが唯一生きていた人間なのかもしれない。何があってその因果が反転したのか分からないけど、それなら私が魔眼を見通せなくなったことにも理解ができる。魔眼というのは元来死者の体には留まれない。生者から抜き取るしか保存方法は存在しないくらいには繊細な代物なんだよ」
「ならサイドゥンさんは」
「それ以上は言っちゃいけない」
なんか黒い部分に触れそうだったみたいなので追及はやめておく。どちらにせよ彼女の持つ魔眼は彼女自身のものだ。今は深堀することでもなかった。
「死者の蔓延るホテルに戻るか、皆が死者になってしまったことを理由に遺体となった女を追ってここを離れるかだけど、とりあえずもう一度だけ確認しておくよ」
彼女の魔眼に間違いがあるというわけではなく、今なら彼女の魔眼に映るんじゃないかという意味の確認だ。サイドゥンは視界に映る死霊を無視していく。かなりの数がいるなと感じながらも、その中に異質な存在がいるのに気が付いた。
「やっぱり戻ってきてるんだ」
「ということは」
「魔眼を持つ人が再び見えるようになった」
「もう逃がしたくないでしょ。座標を送って。私がそいつを足止めするから」
雪広は腰から抜いた短剣を地面に刺した。それは以前とは異なっていて随分と刀身に彫りがある。
「ああこれね。なんか試しに作ってみたの。ワープポイントみたいなものだから帰ってこようと思ったら魔力を込めたらスッって感じ。それじゃ」
何にも分からなかったけどとりあえず戻ってくるみたい。サイドゥンさんが指定した座標に向かって彼女は転移する。
「僕は普通に正面から入りますね」
「となると、私はここでお留守番かな?」
「一緒に来ますか?」
「それはとても嬉しい提案だけど、やめておくよ。足手まといにはなりたくないからね。自衛できるくらいの力は持ち合わせているから安心して。これでもずっと一人でやってきたんだ。君達を失望させたりはしないさ」
彼女は見えない僕に向かって手を振った。
中に入るとすでに入り口まで腐敗臭が漂ってきている。意味があるのかは分からないけど、先祖返りの力を借りて進んでいく。
霧を展開することで気持ち的に匂いが緩和された気がするのでそのまま進んでいく。もしかして風の魔術で窓を破壊しておいた方が良いのかな。
雪広が先に入っていることを考えたらそっちの方が良いな。
最初炎の勢いで窓を破壊しようとしていたので危うく放火魔になるところだった。
「でもそれなら会場の窓を壊した方が早いね」
家接は走ってその場所に向かう。近づくほどに鼻をむしるような刺激臭が通ってきて途中から鼻をつまんで移動していたが、会場に着くとそれ以上の臭いが家接を襲った。
「だめ、だ、これ」
息ができない。とにかく窓を壊さないと。
そう思った家接はライフルを抜いて窓があるだろうとう方向に撃つ。目を開けることすら難しく、ただガラスの割れる音が聞こえて家接はすぐに会場の扉を閉める。中には死霊の気配がしてこちらに近づいて扉を開けようとしたが、先祖返りと力比べで勝てるわけがない。塞いだまましばらく待っていれば刺激臭は少しづつ抑えられて目に浮かんだ涙を拭って扉を開けると随分とましな空気が入っている。
「嘶け、風刃」
風の刃は死霊をすり抜けるが、それでいい。彼らに攻撃をさせないようにしつつ窓ガラスをさらに破壊して喚起が完璧なものになった。
「お願いだからついてこないでね」
家接がそう言うと天井に向けて短剣を振るう。風の斬撃は天井を斬り裂いて瓦礫の山を作り上げ、家接と彼らとを分断した。
「間に合うかな」
雪広の魔力を感じる方向にある二つの魔力。もう片方のその魔力量がかなり尋常ではない。
あれが魔眼持ちってこと?
階段を急いで登って二人の対峙している場所に着くと、すでに戦いは半分終わっていた。
「あら、またお客さん?」
視線がゆっくりとこちらに向けられる。その瞳は人とは思えないほどに吸い込まれるような透明度に加えて異質さも備えていた。ふと無意識に視線が逸れて、僕はその場に倒れている雪広のもとに向かった。
「大丈夫、雪広?」
「………だいじょばない。相性が悪すぎた」
「われを無視するとは、なかなかにいい度胸してますね?」
怒りで魔力が漏れている。咄嗟に体が動いた家接は窓を突き割って外に出る。
追撃をしようと彼女が握っている杖がこちらに向く。
「我が怒りは天の怒り、その悲しみを天よりおt」
彼女の詠唱は最後まで唱えられなかった。背後から謎の魔力の光線によってすべてを掻き消されたから。それだけでホテルは半壊になって崩れていく。
僕は着地して彼女を抱えたまま、ただ見上げるしかない。




