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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
4章 ハック・アイズ

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黒塗れの煌めき

 サイドゥンが会場から出て魔術が使われた場所まで向かうのに時間はかからなかった。

 その痕跡を見て魔術は不発に終わったことが分かる。

 だけどこの場所。彼女は会場を出て廊下を一度曲がっただけ。つまり廊下でこの魔術が使用されている。相手はよっぽど自分の力に信頼を置ける人なのかそれとも、ばれない何かがあったのか。

 どちらにせよ、こうして私にばれている時点で意味はなかったわけだけど。

 彼女は目隠しを外して目を開ける。魔眼を捉えることもできず、魔路感知もなぜか最近はざるになってきている。このホテルの中はなぜか魔力濃度が高いせいもあるけれど。

「でもあれは明らかに挑発的な行動だった。まだこの近くにいるはず」

 こんなことならどっちかと来るべきだったと後悔する。今からでも戻ったほうがいいかな?

 引き返そうとすると杖が動かない。何かに引っかかったのかと動かすがそれはうんともすんとも言わない。だけど見えないなりにできることはある。

「幽谷に沈み、這い寄るは虚」

 彼女は”ただ詠唱しただけ”なのに杖が急に軽くなった。

 すぐに彼女がは詠唱を止めてニヤリと笑う。杖を一度突いて目の前にいるだろう相手に向けた。

「こんなはったりに引っかかるなんて、面白いね。今の詠唱、ここまでしか私知らないんだからさ」

 目の前の相手の足を擦る音がする。きっと手を離してしまったことを後悔したのだろうけれど、そうしてしまった時点でとても遅い。

「動くな!」

 急に相手に向かって叫んで怯む。

 動きが止まった瞬間に彼女は魔術回路を回して魔弾を生成した。

「撃て」

 魔力の塊はサイドゥンの引いた弾道に従って放たれる。それが相手に当たろうと当たらなかろうと彼女にとっては意味がある。その間にありったけの魔弾を生成しまくってしらみつぶしに放っていく。

 数撃てば当たるという作戦は無事に成功し、相手の声が漏れたのを聞き逃さなかった。

 その間に大きな音を聞きつけて来てくれた家接に事情を話す。

「そこにいるだろう?男だか女だかは分からないけれど」

「いや、誰もいないですけど」

「そんなはずない。私は確かに見てはいないけれど感じていた。この杖だって握られたんだから」

 彼女が嘘をついている様子はまったくないが、実際に見ても誰もいない。

「でも本当に誰もいないんです」

「なら私は誰と何をしていたんだ?」

 こうなると疑心暗鬼になってくる。

 彼女の攻撃によってホテルの廊下は惨状が広がっていて、幸いなことに部屋にまでその影響が及んでいなくてよかった。

「幻覚の魔術、触覚すらも勘違いさせてしまう魔術なんて存在するんですか?」

「もちろん存在するよ。だけど基本的な幻術というのは視覚を介して相手を術中に嵌めるものだ。私みたいな人に使えるとなってくると本当に限られてくるはず」

「でもそれなのにサイドゥンさんがかかってしまったということは」

「専門家か誰かがいるんだろうね。本来ならそこまでの魔術を持ち合わせている人がいるんだったら感知できるはずなんだけど」

「僕が魔力を抑え込めれてないせいかもしれないですね」

「いや、もしきみがそうだったとしても恐らく関係ないと思うよ。そんなことじゃ説明できない濃さがあるから。肌に張り付く嫌な感じだ」

 昨日よりもそれがひどくなっていて非常に居心地が悪い。

 サイレンの音がする。時間切れだ。

 二人は会場に戻って警察がそこに向かってくる。個人個人に事情聴取をする前に遺体の確認とその状況を確認すると鑑識が入る。彼らの調査が終わるころにちょうど全員の聞き取りが終わって警察が撤退する準備を始めた。

 すでに遺体は救急車で運ばれて適切なところで遺族が見つかるまで保管されるとのこと。

「君たちも散々だったね。旅行先でこんなことになるなんて」

「そうですね。まぁ世の中何が起こるかなんて誰にも分かりませんから」

 警察の撤収準備が終わってホテルを出て行こうとした時だった。

 突然宿泊客の一人が苦しみ始める。警察の方がそれに気が付いて近づいていったが、それはまるで何かに侵されたかのように人々に伝播していってサイドゥンや家接たちを除いた宿泊客たちが次々に苦しみ悶えて声を出す。

「みなさん、大丈夫ですか!」

 警察の人は動揺しつつも事態を収めようと全員に深呼吸するように求める。

 しかし誰一人としてそれが良くなることはなく余計に苦しんでいく始末。

 家接たちも倒れる一人に寄り添ったが、抱いたこととすればおかしいということ。

 彼らはもともと少し変だった。魔力を放出し続けているという点。それでいて魔術などに関しての知識があるとも思えない点。ただ純粋に持ち合わせていただけなのかとすら感じるその放出され続ける魔力が今は無い。

 というよりこの場の魔力そのものが急激に失われていっている。サイドゥンが濃すぎるとすら表現した魔力濃度の濃い空間に満ちた魔力がただ減っている。

「このままだと生存するための魔力すらなくなる。どうなってるの?」

「ごめん家接、ちょっと見て上げて。私は念のために準備しておく」

 それは戦闘になるかもしれないということ。おかしなことが続きすぎたせいでそう思う他なかった。

 苦しみ悶えた声をあげる人々は次々にその声の音を失い、会場に響く声は数分で全て失われてしまう。

「なんだこれは、どうなってる」

 真っ先に考えが浮かんだのは何か飛沫性のウイルス。そう思って口を塞ごうとしたけどもしそうならとっくに僕たちも彼らと同じ結末を迎えていたはず。警察の方たちだって苦しんでいる様子は全くないわけだし。

 だとしたら何か。

 そう考えようとしていると自分の鼻が妙に刺激的なものを嗅いだような感じがして鼻を掻こうとして余計に嗚咽を漏らした。自分の服にその匂いが染みついていたからだ。

「え?」

 倒れて死んでしまったと思った人々が今度は腐敗が始まった。

 そんなはずはない。

「だめだ、ここから一旦離れよう。ここはあまりにも危険だ」

「準備はできてるよ」

 警察の方々はすでに人々が腐り始めたことの異様さに慄いて口を塞ぎながら会場を出て行ってしまった。

 僕も来ていた上着を脱ぐ。これはさすがに着続けるわけにはいかない。

 サイドゥンと家接は雪広の手を握る。

「絶対離さないでよ。四方印、北」

 転移が起こる。次に目を開けた先にいたのはホテルの外。駐車場だろうか、警察の車だけが止まった場所に出た。彼らが帰ってくる前に移動だけする。

 車の移動する音が聞こえて、三人は口を開いた。

「今ならまだ戻れる気がするけど、どうする?」

「僕は気になりますよもちろん」

「私も帰るつもりはない。こうなったらこの仕事終わらせてあんたに観光の費用全部払ってもらうことにするから」

「あはは。まぁいいよ。私はお金はいらないから」

 彼女は腰を下ろして杖を置いた。

「まずはそうだね、状況整理でもしようか」

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