何か変…
サイドゥンの慌てようは尋常ではなかった。
まるで何かを失ってしまったかのような不安定な心持ち。自分がどこにいるのかが分からなくなって余裕は全て持っていかれる。
彼女の幽世の魔眼は、常世の存在ではないものを見通す。
最初彼女がホテルの部屋の中で言ったその言葉はきっと魔眼によって見通すことができたもの、サイドゥンさんによると、魔眼とは突然変異で生まれてくる産物。
超常、ある意味で先祖返りと似たものできっと彼女の魔眼に見通されればどちらも反応を示すのだろう。
魔眼で見通していたからこそ余裕な態度を示すことができたのであって、その対象を彼女が見通すことができなくなったということは、相手も何か知らの魔眼の力を用いたかすでにここから離れてしまったか。
「もし逃げたんだとしても、あんたの目的は別に魔眼ってわけじゃないでしょ」
そう言えばそうだ。サイドゥンがこのホテルに来たのは、死者の住んでいるホテルで霊を払うというもの。その中に魔眼を持っている人に対して何かをするというのは含まれていない。
「あなた、分かって言ってるんなら消し炭にするよ」
「こっちこそ捻り倒すから安心して」
雪広は彼女がどうしてここまで落ち込んでいるのか理由を知っているみたいだ。
そうなると僕だけが取り残されることになるな。
話を聞きたそうにこっちを見ている家接にサイドゥンが気が付いてどうしてそこまで慌てたのか、理由を説明した。
家接は彼女から直接説明されたわけだが、それでもなお理解できなかった。
「つまり、サイドゥンさんはその魔眼持ちから魔眼を奪おうとしたって言うことですか?」
「そりゃそうよ。家接くんは知らないかもしれないけど、こいつは脳の髄から外道なんだから」
「いやぁ、照れるな」
「褒めてない!」
この調子からみてどうやら本気みたい。それを踏まえて考えると、彼女はやっぱり魔術協会の人間なんだろうな。
いなくなってしまったものは仕方がないと、落ち込んでいたサイドゥンも気持ちを切り替えて仕事をこなそうとしたんだが異変はそれだけにとどまっていなかった。
「私の魔眼、無効化されているのかな。全然見通すことができないんだ」
「死霊とかがいないってこと?」
「うん。何も見えない。生者しかいないんじゃないかな」
それこそおかしな話だ。彼女の口ぶりからして死者が出るホテルとして有名にも関わらずそれらが何も見当たらないなんておおよそ考えづらい。
すでに何か工作が行われているのかもしれない。
「それなら、まずは結界を張ったほうがいいかな。サイドゥンは結界使えるんだっけ」
「時間があるならいくらでも。展開するならここからでいいの?」
「うん。お願い」
「じゃあ僕は受付の人に宿泊客と昨日出て行った人を教えてくれないか聞いてくる」
「ありがとう。ほら、あんたもさっさと動く」
「はぁーい」
部屋を出てエントランスへ。
受付には、僕たちはが最初に受付をした女性が立っていてどこかに慌てて電話をかけようとしていた。
「どうしたんですか?」
僕は慌てている女性に声をかけると、随分と震えた声で恐る恐る彼女自身が見たものについて教えてくれた。
「それってほんとうですか?」
「どうして嘘を吐かないといけないんですか!」
だいぶ気が動転していて、僕を責め立てようとする始末。
とりあえず彼女を落ち着かせるように椅子に座らせて雪広たちを連れてくるので待っているようにお願いした。
部屋に戻るとちょうど結界を張り終えて所だったみたいで、受付であったことを話すと落ち込んでいたサイドゥンが突然水を得た魚のように嬉々とした表情で「行こう!」と部屋を真っ先に出て行ってしまった。風のように部屋から出て行ってしまった彼女を見てから雪広と目が合ったが気にするなといった様子で、
「あいつはあんなんだ。全部に反応していたら疲れるからやめといた方が良い」
彼女は呆れていた。
エントランスに戻ると、ものすごい剣幕で詰め寄っているサイドゥンの姿を目撃していて違う意味で涙目になりながら目が合った僕たちに助けを求めてくる。盲目で杖を突きながら近寄って早々そんなこと言われたら僕でも怖いと思うなと客観的に見て思う。
「それで、死体はどこにあるんですか?」
そんなことは知る由もない彼女は早く死体に会いたいとせがむ。
「でもそれが本当だとしたら事件なんじゃないの。早く警察を呼んだ方が」
「それが事件じゃないんですよ」
「どういうことですか?」
死体があったとさっき聞いたが、事件じゃないなら自殺だとでも言うのか。
「彼女は自殺ではないです。でも確実に人に、殺されています」
そう彼女が確信を持って言えたのには理由があった。それは無くなった人の部屋に訪れることで分かる。
部屋を開けたのは受け付けの彼女だという。朝食に一人だけ訪れていない客がいることに気が付いたので止まっている部屋を訪ねたが返事がなく、鍵を開けて中に入ってみたところ亡くなっていたとのことだった。
「これは確かに、自殺という線は考えにくいね」
その死体は仰向けに倒れている死体の上から心臓を一突きする形でベッドに剣が突き刺さっていた。
窓には鍵がかかっていて、さっきの受付の女性の証言からしてこの部屋は密室になっていた。
密室殺人は魔術という偽装の中ではたやすく行うことはできる。そしてその可能性のある存在はぼくたち含めてこのホテルの宿泊客はほとんど可能性という面では0とは言えない。
「全員を集めるしか、方法は無いんじゃない?」
「そう、ですね。皆さんを食堂に呼びますので皆さんもそこでお待ちください」
しばらくして会場に次々と人が入ってくる。人数は、三人と受付の女性含めて14人。多いとも少ないとも言えない人数。
サイドゥンはそんな人の前に臆することなく立って演説を始めた。
彼女は話をする前に僕たちにあることを言っていた。
「少しでも変な動きをした人がいたらその人をマークしておいて。絶対に感づかれないようにね」
僕と雪広は会場の一番前、壇上に立っている彼女の左右の部屋の隅で全員の様子が観察できる位置で立っている。
彼女の演説が始まった。
「皆さんがここに呼ばれた理由にはきっと心当たりがないと思います。こんな話を聞いていてどうするんだと、目隠しをした変な女の話なんて聞く意味があるのかとそう思うでしょう。私もこんな人が出てきたらそう思いますよ、まぁ目は見えないんですけどね」
彼女の渾身のボケは不発に終わる。
誰一人として笑わなかった会場の静寂に耐え切れなくなってわざとハウリングを起こした。
「さて、前置きはいいです。本題に入りましょう。このホテルで今朝、一人の死体が見つかりました。死因はおそらく他殺。ですが部屋は完全な密室になっていました。みなさん知っていますか、密室殺人って。私も初めて経験しました。でも安心してください。犯人はこのホテルの中には必ずいます。さっき受付の方に聞きましたが、昨日の夜から今日の今までにホテルを出た人は幸いいないみたいなので」
そう言って彼女は締めくくる様に杖を突いて言った。
「今から警察を呼びます。彼らがここにたどり着くまでに解決しなかったら犯人が見つかるまでホテルから出られないと思ってくださいね」
それを言うと彼女はスマホで警察に電話する。今どきは盲目者にも使えるスマホなんてあるんだなと感心しつつ、宿泊客に目を向ける。
彼らは口々に不安の声をあげる。あれが携帯?と言った声が聞こえてきたがどういうことか分からなかった。ここらへんはスマホが普及していないなんてことがあるのか。
それはともかくとして彼女は警察を呼び終える。
「みなさん、アリバイは崩さないように」
それは魔術を使うなという意図を込めた発言だということに、彼らは気づくのか。
それを聞いていなかったかのような術式の展開がホテル内で起こったことに三人は気づいた。
「早速釣れたね」
サイドゥンは壇上を降りて会場を出ていく。
僕と雪広は目の前の宿泊客たちのアリバイを聞いていくことにした。
きっと彼女は放っておいても大丈夫という雪広の言葉を信じて。




