館内、異常なし
家接が目を開けたのは、カーテンを開けたままにされた窓から月明かりがまだ照らしている頃だった。
部屋を見渡すと隣では雪広が寝ていたが一番奥のベッドにはサイドゥンさんの姿が無い。
どこにいったんだろうと探そうとすると奥で聞こえてくるシャワーの音がした。
僕は彼女が入っているだろうと思い、彼女のあとにシャワーを浴びようとして窓際の椅子に腰かけて彼女が出てくるのを待った。
ホテルの静かな雰囲気というのは、家で静かに過ごすのとはまた違う静寂を感じる。彼女のシャワーの音はもちろん部屋に響いていて、風呂場から出てくる音や衣擦れの音までもが静かすぎるがゆえに嫌でも耳に入る。
風呂場から出てきた彼女は、髪をタオルで束ねたままいつもしているのとは違う目隠しをしていた。
印象の変わった彼女を見て僕は彼女がゆっくりとこちらに向かってくるのを感じる。そういえばさっき窓際の席があると言ったっけ。
突然進めていた足を止めると、彼女は顔を上げる。
きっと目隠しが無かったら目が合っていたであろう視線のままサイドゥンは杖をつきたてた。
「そこに、誰かいるんですか?」
僕が起きていると思っていなかったのか、窓際に誰かがいることを察した彼女は緊張を走らせる。魔力が一瞬迸って警戒されていたので僕は慌てて自分だということを伝えた。
「ああ、家接くんだったのか。すまないね、てっきり寝ていると思っていたから」
「なんか急に目が覚めたのでついでにシャワーを浴びようかなとしたら誰かが入っていたので待っていたんです。でも、どうやってシャワーを浴びれたんですか?」
彼女は盲目だ。いくら白杖があるといってもひとりでここまで行えるのかとふと疑問に思った。
だがそんなことか、と言った様子でサイドゥンは自身持っていた白杖を手放す。
「これが答えだよ」
そう言うと、彼女はその場に座り込んだかと思うと迷うことなく地面に落ちた白杖を拾い上げた。まるで最初から見えていたかのような動作に家接は一瞬彼女を疑う。
しかし両目はしっかりと目隠しで覆われていて隙間から見るような余裕もない。
「どうやら、まだ答えが分からないみたいだね。それならこの杖を君が持ってどかかに掲げていてくれるかい。音を立てないようにそっとさ。これで私が一つかみで取れたなら、その意味が分かるだろう?」
意味は分からないが、彼女ははっきりとそれで見えることが証明できる。なので、僕は彼女に言われた通りゆっくりとその杖を持ちながら動かして「いいよ」と彼女に言った。
サイドゥンはそれを聞いて一度困ったような顔をしていたが、やがてその表情は企みへと変わった。
「君がそうしたのが悪いんだからね?」
そう言い訳をしながら、彼女は杖がなくなったことでたどたどしくなった足取りで前に進んでくる。
家接はこのまま自分に向かってくる彼女を見つめながら待つ。さっき言ったことが本当ならこれにも気づいてくれるはずだと、ただただ彼女との話を反芻するばかりで自分に迫ってくる彼女の考えなど分かるはずもない。
「あっ、」
少しいたずらをしてやろうと考えていたサイドゥンは自分が盲目だということをすっかり見落としていた。歩いた先には雪広が脱いだままにしていた靴があり、それに躓いて彼女は前のめりになって倒れる。
とっさに目の見えない彼女は周りにあるものを掴もうとしてもがく。
その時に家接は彼女を助けようと、杖を持ったまま彼女の手を繋ごうとしたが袖を掴まれた家接はその前に押し倒された。
「っ!」
言葉にならない悶えが一瞬見えて、家接は気絶する。
その拍子にとんだ杖が回転してサイドゥンの頭に直撃し彼女もまた気絶してしまった。
サイドゥンが家接に覆いかぶさる形で気絶したまま数時間。
朝日が昇ってから一番に目が覚めたのは雪広だった。
寝ぼけたまま顔を洗いに洗面台に行く。なんとか起きようと抵抗したまま部屋に戻って他の二人はまだ寝てるかなと確認しなようとすると足元に誰かが倒れているのに気が付く。
「サイドゥン?」
転んだ?仰向けに倒れている彼女の背中に杖があってどういう状況なのかいまいち分かっていない。
起こすために雪広が近づいて気づいた。
彼女の下にもう一人いることに。それはもちろんすぐに分かる。
だから雪広はサイドゥンを起こしてからその下にいた少年を蹴り上げるようにたたき起こした。急に起こされた家接はなにがなんだか分からない状態で、よく見ると目の前に雪広がいる。
「あ、おはようございます」
「………」
何も言葉を発さない雪広。その様子がおかしいなと思いながら後ろでベッドに寄りかかりながら寝ているサイドゥンが目に入った。
そういえば昨日、彼女を助けようとしてどうなったんだっけ。
思い出すことのできないまま頭を抱えるが、雪広は今も説明を求めている様子でこちらを見てくる。
「どういうこと?」
「いや、その、どういうことと言われても」
ず・ず・ず、と徐々に距離が迫ってくる。言い訳というよりそもそも記憶がないので説明しようにも説明できない。当の本人である二人目は未だに目が覚めないし、僕はどうしたらいいんだ。
「………まぁいいや。とりあえず起きて。宿泊客を観察するんだから、朝ビュッフェには一番に行っとかないと」
本当に知らなさそうだったのを見て雪広は追及するのを止めた。
それよりは朝食を食べながら宿泊客について調べる方が良いと考えて切り替えた。サイドゥンはゆすっても起きなかったので書置きだけ残して先に行ってしまうことにした。
二人は気まずい雰囲気のままご飯を食べることになるかと思ったけど実際はそんなことはなかった。そんなことを話す必要がないほどにそこには分かりやすく異変が見られたから。
二人は適当にお腹に収まる量の朝食を取って席に着く。彼女が起きた時のために四人席を選んで座っていると他の人達も次々と朝食会場にやってきた。
彼らは朝から元気な人もいれば静かな人もいてまばらだが、家接と雪広はその全員に異変を感じる。
「ねぇ、気づいてる?」
「絶対に変だよ、これ」
訪れる人の大人から子供まで、全員が魔力を放っていた。
それは普通の状態では絶対にあり得ることのないこと。
一般人が魔力の流れを感じ取ることはあったとしても、それを外に放出するということは魔術を使うということとなんら変わりは無い。つまりその原理が通ずるのであれば彼らは魔術師ということになるがそんなのはありえない。
「すぐに出よう。なんかここはヤバい気がする」
雪広の嫌な予感をそのままに、二人はすぐにご飯を食べて会場を出る。
その間にもすれ違った人すら魔力を放っていてすでにこのホテル全体が魔力に覆われているような感じだ。
部屋に戻るとサイドゥンは起きていて、メモのことは見ていたらしかったけどこの魔力の変化に気がついて先に調べようとしていた。
「おはよう二人とも。朝食ビュッフェは楽しかった?」
「いや、そんなにだよ」
雪広はそう返すが、デザートを食べれなかったことを悔いていたのを僕は聞き逃していなかった。
サイドゥンは二人にと情報共有をして手立てがないことを知って三人で決めたのが、魔眼を持っている人物を探し出すこと。この原因がどこにあるかと言われたら、ひとまずはそれを疑うべきだと考えた。
「今から探すから少し待ってね」
二人は念のために攻撃が無いか辺りを警戒する。
サイドゥンは魔眼を開く。すぐにその持ち主の場所を見つけると思ったが、彼女の口からでたのは驚愕の声だった。
「魔眼を持っている人が、いなくなった」
すべてはふりだしに。辿る術は、放出された魔力の中へと放られて。




