壊れている郷には従うな
嘘偽りなく物事を述べる人なんてほとんど居ないと私は考えている。裏を返すなら、全てを真に受けて信用する人というのはたいていは信用に値しない人ということになる。
嘘を嘘と見抜けない人が電子の海で泳ぐことを許されないというが、それは現実世界だとしても同じ。知ってて踊らされている愚者は例外だとしても、そう呼ばれる者と同じことをしているということは………お察しの通りだ。
「さて着いたな。ここが噂のホテル、コーストライン」
三人はタクシーから降りて入り口に立った。一見して普通のホテルと変わらない。強いて言うとするのであれば少しだけ古びた様子だということくらい。でもそれすら趣がある様に感じるのでそこまで変ではない。
中に入ると受付に立っている女性に目が行った。
どう見ても普通の受付の人のように見えるけれど、彼女も夢原さんのように死んだ霊なのだろうか。そんなことも気にせずにサイドゥンはチェックインを済ませると鍵を渡されたので家接は彼女に腕を貸して部屋に向かった。
中はシングルのベッドが三つに窓際の席が一つ。設置されたテレビにそれを見るための椅子と机がある。
もちろん玄関なんて存在しない。サイドゥンはそのままベッドに腰を下ろすと鞄を置く。
「さて、二人はどう思った?」
入って見ての感想を尋ねられる。今のところどこもおかしなところを感じないので彼女の言っていた話とはずれていると思うだけで、それはそれで解決しているということだからいいんじゃないの?と返そうとしたがそれはたぶん彼女の期待している答えではないんだと思う。
考えていると雪広は迷うことなく彼女に向かって答えた。
「あんたが相変わらずかくしごとをしているってことはよくわかった。で、ほんとはここに何しに来たの?」
少しいらいらしながら雪広はベッドに寝転ぶ。
「祓いに来たのが目的じゃないなら、何しにこんなところまで?」
言っちゃあ悪いがお世辞にもこのホテルは立地がいいとは言えない。車の止まっている数や、宿泊名簿を見る限りどうしてここまで多くの人がこのホテルに泊まっているのか不思議なくらいだ。
それに、サイドゥンさんは僕たちと一緒に来ることを想定している。じゃないと三人でこのホテルに予約はしないから。
彼女はそこまで想定したうえで僕たちを誘ったんだ。
「私の趣味に付き合ってもらうためだよ」
呆れた雪広は布団を被った。それ以上は言わなくても分かるということだろう。だけど僕は椅子に座っていたので彼女の饒舌なる演説を最後まで聞かざるを得ない。
「どうしてこのホテルに死人しか出ないなんて噂が立ったのか、君は気にならないかい?」
「それは……気になりはしますけど。今のところ異常も見られないんですから普通に帰ってもいいんじゃないですか?噂は単に噂だったってオチなら」
火のない所に煙は立たない。そうは分かっていても、その火を見つけられないなら離れた方がいい。いつの間にか火に囲まれているときになって焦ってもそれは手遅れってやつだろう。
彼女はその状況にすら嬉々として飛び込んでいくのだろうけど、僕はそこまで楽観主義者じゃない。
安全策があるならまよわずそれを選ぶ。
「しかし残念な話だよ。私たちはこのホテルに入って時点ですでに明日の朝まで出られないんだから」
「どういうことですか?」
「言葉の通りさ。ここまでの道のりを君は覚えているのかい?」
タクシーできた。つまり、その足で帰る手立てはない。
もし彼女も一緒に帰るのだとしたらなおさら。盲目の人の安全を確保したまま帰るなんてもっと難しい。
「どちらにせよここで一泊するしかないから、それなら楽しんだ方がいいっていうのがあなたの主張ってことですね」
「キミも私の思考回路を理解できるようになってきたみたいだね。嬉しい限りだよ」
僕はちっとも嬉しくない。観光するっていう話がどう転んだらこうなるんだ。
「安心して。それなりの報酬は払うつもりだから。趣味に付き合ってくれるお礼だよ。観光はいつでもできるけど君たちなりに言えば、運び屋との出会いは一期一会じゃないか」
僕はもう会話するのが疲れて、一番奥のベッドに体を預けた。
横を向くと雪広と目が合って彼女がすぐそこにいるのにもかかわらず彼女の悪口を言い始める。
「あんなんだから、あいつの言うことはあんまりあてにしない方が良いよ」
「今回のでよく分かった。参考にするよ」
すると彼女は突然立ち上がって雪広に向かってダイブした。
見えていないはずなのにその狙いは的確で、彼女の胴体に直撃するとさっきまで緩んでいた彼女の表情が一瞬で苦悶に変わって飛び込んできたサイドゥンに反撃する。
「なにしてくれんの、この盲目バカ!」
「うるさいよ奥手ちゃん。君の攻め方こそ盲目なんじゃないの?」
「あんたには関係ないでしょ!」
取っ組み合いになりながら布団が崩れていく。
そんな二人の喧嘩に僕が割り込むとどうなるのかは大体想像がつくので潔く靴を脱いで目を瞑った。
だけど、罵倒しながらベッドの軋む音が響くので眠れるはずもない。
結局起き上がって見ると服が乱れるのも気にせずにくんずほぐれつしていたようで、その本人たちの一人が目が見えないせいで余計に無頓着になっているのか。
先にシャワーを浴びるという離脱手段を用いて時間稼ぎをする。
仲が良いのか悪いのか分からない。でも、こうして付き合っているんだから嫌いではないんだろうな。
外国の友達っているのはなんだかうらやましく感じる。一度は憧れるものだ。
「そろそろ終わってるかな」
さすがに喧嘩が終わっているだろうと思い、長めに浴びたシャワーから出てタオルで髪を拭きながら戻ると二人は何事もなかったかのように一緒にテレビを見ていた。
副音声というものは外国にもあるみたいでさっきの喧嘩していた様子はベッドにすら残されていない。
「そんなぼーーッとした顔してどうしたの家接?」
「………いや、なんでもないよ」
こういうものだと分かればそこまで考えなくていい。それよりも今は眠気が勝っていた。
「そうだ。さっきい言い忘れていたことがあったよ家接くん」
彼女は僕が寝転んでいるベッドの方を向く。手にはどこからくすんできたのか、ホテルの地図がある。
「このホテルには私以外に魔眼持ちがいる。実に面白いことになってきたよ」
愉快そうに笑う彼女は、まさに魔女だった。




