常世に導かれて
雪広は以前にも会ったことがあるのか、その足取りに迷いはない。
廊下をスタスタと歩きながら何人かとすれ違う。当たり前だけど全員外人だ。三つほど部屋を越えたところで彼女は足を止める。
三度ノック、一拍おいて四度ノックして彼女は扉をあけた。
「失礼するわ」
「はいはい」
中に入るとそれはもうひどい有様だった。包み隠さず言うのであればゴミ屋敷。
あちらこちらに資料や本が散乱していて、出入り口からですら返事をした人物の姿が見えない。
ガサゴソと何かをどかしながらこちらに向かってくる影。目隠しをして杖をついた少女が入り口まで出迎えに来てくれた。
「遠路はるばるイギリスまでありがとう。私はエスファント・サイドゥン。ここで魔術師的なものをしている者だ。よろしくね」
そう言って初めましてであろう僕に笑顔を向けると、握手を求めてきた。
僕は空に手を出す彼女の手を握る。ゆっくりと上下にゆすって離して自分も挨拶する。
「家接孝也です。よろしくお願いします」
「よろしく。話をする前にさっそくで悪いんだけど、この部屋を片付けるの手伝ってもらえないかな。私はこの通り盲目でね。現状部屋が大変なのは分かっているんだが見えないので片付けようがなかったんだ。いつもは誰かに手伝ってもらってるんだけどあいにく最近は誰もここに訪れなかったものだから」
「サイドゥン、そう言ってるだけで本当は自分で全部片づけられるよね?」
そう言うと、彼女は慣れていない下手くそな口笛を吹いた。
「静はそうやってなんでも思ったことを口にしますが、それは良くないことですよ?」
そうはいってもこのままだと落ち着いて話もできないので家接と雪広は彼女に言われた通りに書類や本を片付けていった。
ある程度片付けが終わったところで見えてきた机にはお茶と、器に入れられたお菓子が用意されていた。彼女はすでに椅子に座っている。
まるではじめからそうであって、今入ってきた客人をもてなすような態度で「どうぞかけてください」という。……振り切れてるなぁ。
「そうだ、確認しておかないと。例の箱はちゃんと持ってきてくれましたか?」
「はい。開けてもいないから安心して」
念押しして雪広は彼女に渡す。受け取った彼女はそれを丁寧に机に置くと自身の目隠しを外した。シュルリとほどけたその下から出てきたのは、瞳孔もなにもかもが白い二つの眼球。その瞳孔の輪郭が青く変色して彼女は箱の中を覗くように手で持つ。
十数秒間それを見つめ続けて確認を終えたようでまた彼女は瞳を閉じて目隠しを付けた。
「確かに。これはホンモノだね。ありがたく受け取っておくよ」
彼女は掛けていた杖を手探りで持つとゆっくりと窓に面した作業机に移動して引き出しの中にそれをしまった。
好奇心として気になった家接は彼女にさっきのものが何だったのかを聞いてみる。
「その箱の中には、何が入っていたんですか?」
彼女はただうっすらと微笑んだだけで、返事をはぐらかす。
そんな態度に雪広は気だるそうに答えた。
「箱の中は魔眼が入ってるの。サイドゥンさんは稀代の魔眼収集家で、カラ爺が処理に困っていた魔眼があったから休暇ついでに持っていこうとしたんでしょ。まぁ当の本人だけこれなかったけど」
思い出しても可哀想になってくる。だが、箱の中身は分かった。そんなもの初めて知ったけど、やっぱり魔眼っていうからには凄い力が秘められてるんだろうなぁ。
「私が魔眼を集めている理由はただ単に希少だからというわけじゃないけどね。さっき見てもらった通り私の目も魔眼だ。幽世の魔眼。悪魔、魔物、精霊、天使。非生物のみを見通す魔眼。だからこそ私は日常生活においては盲目の美少女というわけなのさ」
「美少女?」
「そうだよ。私はキミたちと同じまだ10代なんだから」
確かに若く見えたけど、20~30代なんだと勝手に思い込んでいた。それを聞いてからだと確かにしっくりくる。でもそんな年でこんな場所の一部屋を貸し出されるくらいなんだから、この人は見た目以上に凄いんだろうな。
「そんな冗談はさておき、君たちはこれから予定でもあるのかい?もしかして、静はこれからでーとというものをするつもりだったのか?それなら今の話は聞かなかったことにしてくれ」
彼女は今の話は聞かなかったことにしろという強い意志の籠った拳が机を叩いた。耳を赤くしながら「違うからねっ!」と言いながら僕に訴えてくるけど、今のどこに僕が関わっていたんだ。
部屋を片付けるのよりも疲れたように息を切らす雪広は頭を冷やすためにいったん部屋を出る。
二人きりになった彼女はその真意を確かめるために机を乗り出して顔を近づけた。彼女にはそのつもりはなかったのだろうが、その距離は拳一つ程度。そんな距離で彼女は囁くように尋ねる。
「その実、君はどう思っているんだい?」
「どう思っているとは?」
「静のことだよ」
改めてそう言われるとどうなんだろう。仲間とも、友達とも違うし。家族まで仲が深まったかと言われたらそうなのか微妙なのかな。でも僕にとってはかけがえのない存在だ。
なので答えはシンプルだった。
「………あえて言えるなら、たぶん特別な人だと思います」
これにはウキウキ質問をしていた彼女の方も反応に困った。
ないし話が嚙み合っていないのでただたサイドゥンの方は興奮しているだけなんだが、そんなことに家接が気づくはずもない。
そうこうしているうちに頭を冷やした雪広が戻ってきたが、サイドゥンは彼女の耳元で「頑張れ」とささやいていた。それに彼女はまた怒っていたがきりがないので話を進める。
「それで、予定は結局あるの、ないの?」
「何か仕事があるならそれを済ませてからでもいいけど」
「そうか。それはちょうどよかった。実は先日私のもとに仕事が舞い降りて来てね。できれば仕事は最小限にしようかと思ったんだが、内容を見るととても興味が湧いたから受けることにしたんだ」
「へぇ、どんな内容に仕事なの?」
「死者のみが泊まるホテル、というものが存在するらしい。そこの場所を突き止めて祓うのが今回の仕事。どうだい、私ひとりじゃ荷が重いだろ?」
「………重いなら受けなければいいんじゃないの」
「そう言わないで。これも何かの縁だよきっと。ささっ、準備して準備して。早速行こうじゃないか」
三人は立ち上がるが、よく見ると仕事に行く準備ができていなかったのはサイドゥンだけだった。
「ははは……。すぐに着替えてくるよ」
そう言って彼女は隣の部屋に入っていった。
「外で待っておきましょう」
「そうだね」
あれからすぐに彼女が出てこなかったのは、言うまでもない。




