テンプレートに引きずられ
飛行機の中、席に座った二人はそれぞれがそれぞれのことをしていた。雪広は窓の外を見て家接は本を読む。
どうしてカラ爺がいないのか。たぶん彼が一番楽しみにしていた気がするけど、話は先日海外に行くことを知らされた日に遡る。
ちゃっかり旅行気分に浮かれていた彼は呼び出しになんの気兼ねもなく応じた。
「はいもしもし。……うん。……うん?………………はい。分かりました」
それが終わると彼は持っていたチケットを一枚ビリビリに破り捨てた。
「残念ながら僕は本部に召集だ。雪広ちゃんにも伝えておいて。僕はこれからしばらく缶詰生活確定みたいだから、これとパスポートは無くさないように」
そう言ってとぼとぼとカラ爺は家を出た。あとから聞いた話だと、大掛かりな術式を展開するのにカラ爺の高度な札作成術がいると言われたみたい。カラ爺ほど丁寧に札に細かく術式を刻める魔狩師は他にいあいらしく、今回の件の償いというか補填というかとにかく責任を取ると言う体でただ働きだった、と愚痴をこぼしていた。
「ああそうだ。この箱。中身はもちろん見ちゃダメだけど、ちゃんとあっちに着いたら渡してね」
「誰に渡すとか、聞いてないんですけど」
「それは心配しなくても大丈夫。あっちに着いたらちゃんと全部わかるから」
そして現在。向かう先はチケットに書かれていた。
イギリスのロンドン。その町でこの箱を受け取るのを待っている人がいる。
真っ黒の箱。すごく開けてみたい欲がそそられるけど袋に入れてしまう。となりの雪広はすでにアイマスクをしてピクリとも動かない。僕も時間差とかありそうだし寝ておこうかな。
袋を抱えたまま、離陸のアナウンスがして目を閉じる。
イギリスのごはん事情というものを事前に確認して、どうなんだろうと思いながらゆっくりと意識が薄れていく。次に目が覚めるのはイギリスに着いたときかな、なんて思うわけだけど。
しかしながら睡眠を阻害したのは、目的地に到着したわけでも、自然と目が覚めてしまったわけでもなかった。
「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいますか?」
何度も聞いたことのあるテンプレのようなそのセリフが耳に入って、家接の意識は覚醒する。
隣の雪広は寝ぼけた顔でアイマスクをずらす。
キャビンアテンダントは何度も乗客に声を掛けていたようで、医者を探して後方の座席まで確認している。日本発のその便、多くの人が寝ていたみたいで目が覚めた中の一人が手を挙げて彼女についていく。
「………?」
歩いていくその青年の姿を目で追っていると、ふと彼が足を止めた。
靴の紐がほどけていたみたいで結ぼうとしゃがみこむ。結び終えると彼はポケットから傾注時計を取り出して時間を確認する。
「………!」
家接は声をあげるわけにはいかなかった。だけどあれは確かにみたことのある時計。絶対に見間違えることのないもの。隣に座っている彼女に伝えようとして肩を叩くと鞄からペンとメモ帳を取り出して筆談んで彼女に彼の持っていたものを伝える。
「それって本当?」
「うん」
筆談で交わしながら周囲を伺うが、魔力の気配はない。飛行機自体にしかけはないのかな。
そういえば彼はいったいどこに連れていかれたんだろう。いつの間に彼の姿は無くなっている。
「さすがに機内じゃ何もしないとは思うけどね」
下手すれば自分自身も死んでしまう可能性があるのに、攻撃してくるなんてことはないはず。
それに僕たちに気づいていない可能性もあるわけだから。
「もう少しだけ見ておこう。さすがにここじゃ戦えない」
「うん。僕もそう思っていたから」
しばらくして彼が操縦席から出てくると、キャビンアテンダントは丁寧にお礼をして席まで送る。途中、偶然僕と目が合ってすぐに逸らそうとしたけど彼はただにこやかな笑みをこちらに向けてきただけなので会釈をするしかなかった。
その笑みは貼り付けられたものでもなんでもなく、ただ純粋なもののように感じて本当に聖人のよう。
それが脳裏から離れなくなって、残りのフライトの間家接は眠りにつくことができなかった。
到着のアナウンスがされて、お医者様を呼んだ理由は明らかにされなかったけど無事に時間通りに着くことができた。降りるとそこは日本ではない土地。
気持ちの問題か、空気が肺に通るときに違う空気を味わっているような感覚に浸る。
「なにしてんの。早くいくよ」
外国の土地を噛みしめようとしているとそんな気持ちを放っておいてはやくこいと雪広にせかされる。
何度も来ているからなの?全然驚きもしない。
僕はイギリスに来るのは初めてなんだからもう少し楽しんだっていいじゃないか。
ロビーを出て荷物を受け取る。空港を出るとそこはイギリス。右を見ても左を見ても外国人。
当たり前なのは分かってるけど改めて実際に見るとなぜか感動する。
だけどこれはあくまで仕事。感動もそこそこに人を探さなくてはならない。
「そういえば、着いたら分かるって言われたけど……」
「早く、こっち来て!」
いつの間にかキャリーケースを引きずって歩き始めていた。着いたら分かるって、雪広が分かるってことなのか。
彼女についていくだけの簡単なお仕事をして数分。
「これに乗せて行ってもらうから」
そう言って彼女が手配したのはタクシー。僕は義務教育課程をすべて放棄した人間なので、彼女と運転手のやり取りはほとんど分からなかった。
「なんていったの?」
「ロンドン市内までって言ったの。中学校で簡単な英語くらい習ったでしょ?私だって簡単な英語しか話せないんだから」
そこからタクシーで数十分経ってようやく市内にたどり着く。降りると今度こそ空気かんとかではなく実際に写真で知っている風景が目の前にあった。
「これが、ロンドン」
「私たちの目的地はあそこ」
雪広が指したのは時計が壁についている大きな塔。
「時計塔。あそこが魔術協会の本拠地。その箱はそこにいる人に渡すのよ」
橋をあるいて渡る二人。和やかな風景に身を乗せながら近づくたびに顔をあげほど大きい建物に目を奪われる。
「だから、ぼーっとしてないでさっさと入るわよ」
雪広が扉を叩くと出てきたのはこれまた実在しているんだと思う存在。シスターだ。
どういった御用件ですか?彼女はそう聞いたらしい。雪広が説明すると、協会の方へは向かわずに時計塔の内部に通される。
扉を開けた瞬間、あふれだす魔力の渦に一瞬のみ込まれそうになるがすぐになれる。
「ここが魔術協会。さ、さっさと届けて観光するわよ」
スタスタと歩いていく彼女を、僕は必死に追いかけた。




