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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
3章 消したい邪心、消えない純心

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後手必勝

 だんだんとその形をとどめていけなくなっていく。何度もその体を抱き寄せようと涙を流して声をあげて泣きながら夢原は空中に分解されて消えていく。

 雪広は急いで倒れた鹿内のところに向かって意識を確認するために手を握ったが、そこにはわずか温もりしかなくすでに脈を打っていなかった。血が背中から滲んでいき、いつしか雪広の靴も赤く染めている。

「……私のせいだ」

 彼女は涙を溜めこんだ涙を拭うと、立ち上がって両の手を構える。

「四方印、東西」

 雪広の視線の先、捉えたのは狙撃銃で結果的に鹿内を撃ち抜くことになった少女。

 彼女の狙いは間違いなく雪広だった。それは絶対と言ってもいい。ぶつけようのない思いは、彼女を捕まえることで少しは晴らすことができるか。

 そんなわけがない。

 ただ、もう誰も死んでほしくないだけ。

「くそっ、なにこれ」

 四方印で閉じ込められたときに持っていた銃も手から離れている。ただただ自分の手で殴っているだけでそんなものは彼女の魔術の前ではないものと変わらない。

「纏、波の器」 

 湯本は空間が分断された少女の前に立つ。スーツ姿の彼女が黙って目の前に来ると少女は彼女の顔を見て押し黙る。引き攣ったその表情を見たままゆっくりと後ずさりしようとしたがその手は一歩も動く前に空間の壁に触れた。

 薄いようで長いその壁の向こうで、彼女は拳をもう一度少女に向ける。

 もちろん湯本のその拳は彼女には届かない。だけどその攻撃は波打って彼女の脳髄を揺らして意識を飛ばす。ゆるゆると崩れ落ちる少女を見て湯本は雪広に言う。

「彼女は拘束して警察で取り調べを行います。念のためこの状態のまま公安まで転送させることはできますか?」

 極めて冷静に彼女は淡々と雪広に指示を出す。

 はっとした雪広は彼女の指示通り公安のあの会議室に転送させる。そうして、三人だけが残った河川敷で一人目を覚まさない少女の前で手を合わせた。

「こんな終わり方なんて……」

 誰も臨んでいない最後に、言葉が出てこない。

 夢原さんの望んだものは「鹿内さんとずっと一緒にいること」だった。だけどそれを彼女もこんな形で迎えると思っていなかっただろうし、それを望んでいるはずもない。

 残った者だけがそれに気づくというのも実に残酷なことだ。

 亡くなった彼女はその最後を見送ることすら許されなかったのだから。

 血の気を失った彼女の体と激しくなっていく雨。鳴り響くサイレンは、耳から離れなかった。


 まさか、そうなるなんてね。

「どうやら私たちはもうやり合う必要はないみたいですよ?」

 男はカラ爺にそう語りかける。地縛霊が成仏してしまうとは完全に想定外だった。

 もうボスには報告するしかないかぁ。Ⅰならその結果を聞いたとしてもさして気にしないとは思うのだが、惜しいもの無くしたと少し残念そうに言うのが目に見ている。………いっそのことあの先祖返りの子を連れて帰る?

 札によって止まない彼の攻撃を避けながら、それは難しいかなと諦める。

 予想はしていたことだが公安が出張ってきた時点で短期決戦をしないといけなかった。それなのに地縛霊はゆらゆらと何処に現れるか分からない。引き時はすでに決まっていた。

「そろそろ私はお暇したいんですけどね」

「僕がそれを許すと思うのかい?」

「思うというより、そうするんですけどね」

 カラ爺が結界を張った瞬間にこの男は前回同様に攻撃をしかけてきた。反撃用の札を用意していたので刀の間合いに入らせずに拮抗したまま現在をむかえている。すでに何枚か札を使って遠距離から攻撃する手段を展開しているカラ爺の方が有利には見えるが、彼はこの期に及んでも魔術を見せようとしない。よっぽどの理由があるのか、それともただ単に使えないのか。

「あなたを倒すというのは本当に骨が折れるので気が進まないんですよ。どうにかその手を引いてはくれないんですか?」

「それは頷けない話だ。あの山にある遊園地の少年、あれは君達の仲間だよね」

 確認するカラ爺に男は笑いながら懐かしむ。

「そんな子もいましたね。いつのまにか帰ってこなくなったので死んでしまったかと思っていましたが、あなたにやられていたとは。納得がいきますね。貴方の強さは私が本気を出して勝てるかどうか。力を隠しているのであなたも本気であればその限りではありませんけど」

「残念だ。僕は本気にはなれないよ」

「それはまた、残念だ。いつか本気で手合わせをしようと思っていたのに」

 そう言いながらも彼は少しづつ移動しながらではあるがカラ爺と距離を取っていた。恐らくタイミングを見計らって離脱するつもりだろうな。

 それに彼のさっきの話。地縛霊が成仏したということは、雪広ちゃんたちが彼女の願いを見つけたのかな。もしあのスナイパーがいたとしても三人相手にはさすがに負けることはない。

「……おっと。頃合いです。私はここで引かせてもらいますよ」

 耳に手を当てて何かを確認すると刀を反対の手、左手に握りなおした。

 それが何を意味するのかカラ爺は知る余地もなく、だが目も離さない。

「これは、置き土産です」

 彼は走るのを止めて目を瞑る。その刀を半月のように回転させて動きが止まった瞬間に目を開いた。

「雲隠、燿く」

 踏み込みでカラ爺の目の前まで来ると、右に一歩ずれて刀を振るった。カラ爺は腰に携えた短剣を抜いて彼の攻撃をいなす。だが彼が横を向いたときには、踏み込む前に振るった斬撃が遅れてくるように彼に襲い掛かる。咄嗟に鴉を誘導して身代わりとしたことで難を逃れたが彼はそのまま逃げるように建物を飛んでいき、見えなくなった。

「なんだったんだ」

 彼だけ目的がよく分からない。何がしたかったんだ。

 カラ爺は短剣をしまって家接や雪広の魔力を感じる方に向かって走っていく。

 河川敷に着くと、彼は立ち尽くしている三人を見つける。降りて確認するまで彼は気づかなかった。

「…………そういうことか」

 彼は頭の中ですべてを理解した。

 したうえで、この場に雪広がいないということがどういうことなのか分かった。

「カラ爺。その、僕は」

 家接が何かを言おうとしたが、何も言わなくていいよと優しく彼をなだめる。

 湯本もぼくに謝っていたけれど彼女は何も悪くない。

「少し、席を外すよ」

 目を開けない少女に手を合わせて、僕は高架下の方へ歩いていく。

 体育座りで顔を伏せた少女の隣に腰を下ろした。

「少しいいかい。雪広ちゃん」

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