あなたは知っている
翌日の朝、家接と雪広は居間で朝食を食べていたがその目から疲れが取れた形跡はない。
あんな状態でちゃんと休んでくださいと言われてもそんなものは無理だと雪広は声を高々にして言いたい気分だったが、疲れすぎてそんな気力も起こらない。
「そういえば湯本さんのことだけど、今朝退院することが決まったそうだ」
「随分と早いですね」
「別に意識がないとかじゃないからね。普通にその部分を包帯で巻いて固定して様子見してたんだと思うよ。それに彼女が撃たれたのは利き手じゃないわけだし、この間に相手がまた彼女を連れて行こうとしたらどっちみち公安が出ないといけなくなるのは必至なわけだ。人員が多くないのが公安の唯一の弱点だから」
今日の天気はあいにくの雨。外の様子はそこまでよくない。
雨の空気にしとしとと響く雨音。人の営みはその音に溶けて消える。
「会うのは、また明日にしようかな」
カラ爺はそう言いながら家の固定電話の方へと歩いていく。意味もなく流れているニュース、流れていた星座占いは最下位だった。朝食を終えて着替えると、会う約束は持ち越しになったもののカラ爺は外に出るみたいだった。
「どこかに行くんですか?」
「一応だけど結界を張りに行こうと思ってね。二人の魔力を感知する瓶はあるし、雨の日っていうのは人が動くには一番いい時だから」
ただでさえ人が外に出ないのだから、暗闇を糧に生きている人からすればそれは日中に動き回るのにうってつけの天気。おそらく公安も見張りをつけてあいるだろうけど、保険はかけておいて損はしない。
「てことは、私も行くってことか」
「わるいね。帰りに好きなもの買ってあげるからさ」
「子供じゃないんだから良いよ別に。………やっぱりプリンが欲しいかな」
「うん、そう言うと思ってたよ!」
「やっぱいいっ!」
「嘘嘘、冗談だって」
そんなやりとりをしているとカラ爺の携帯が鳴った。画面が見えて相手は楪と書かれている。……読めない。誰だろう。
「はいもしもし。…………うん。そうだね。……分かった。じゃあ、彼女と?…………なるほど。了解です」
体感一分に満たないくらいに急ぎ足の電話だったような気がする。電話が終わった後も別にその内容を気にした様子じゃなかったので聞いてみることにする。
「どうしたんです?」
「今の?公安の人だよ。ほらあの物静かな男の人いたでしょ?彼からの電話。もうNo.0が動き出しちゃったみたいでさっそく湯本さんが現場に向かっているんだって。できればもう一度バディを送ってくれないかっていう連絡の電話だったんだけど。そうだな、二人でそっちの加勢に向かうかい?」
「良いの?一人で」
「別に大丈夫だよ、僕には式神がいるから。ちょっと時間がかかるかもしれないけど要は前回の術式を再利用するだけだし。ただこっちの瓶はまだ一度も触媒に利用してないから僕が持っていくことになるんだけど、そこは雪広ちゃんがいるから大丈夫だよね?」
「……あとで座標だけ送っといて。私がそこから繋げるから」
「ありがとね」
湯本さんが今いる場所を楪さんから教えてもらい、雪広はその座標を見て術式の範囲内だと分かるとすぐに四方印を使う。
「じゃ、また後で」
雪広がカラ爺に向けて言いながら空間の歪に足を入れ、続いて家接もそこに入っていく。二人がいなくなってからカラ爺はガレージを開けて車のエンジンをかけた。八枚の札を同時に投げて、その内四枚の札が鴉に変化して札を咥える。
「頼んだよ」
車のドアを開けて運転席に乗り込む彼が鴉たちに言うとそれぞれが場所に向かって飛び立った。
それを追いかけるようにカラ爺もアクセルを踏む。
二人が四方印で飛んだ先は、たまたまではあったがちょうど湯本が運転している車の中だった。
「え、何?」
運転していた彼女は右手でハンドルを握りながら、左手で抜いた投げナイフを寸止めで当ててきた。
息を飲んだ二人に、バックミラーでその正体を確認した湯本さんはゆっくりとナイフを引く。路肩に停めて後ろを向いた湯本さんがもう分けなさそうな顔をしながら雪広に謝る。
「ごめんなさい。確認する前につい手が動いてしまって」
「そういう仕事ですから気にしないでください」
ただ、この時雪広は二度と四方印を彼女と合流するためには使わないようにしようと思った。
そんなこともありながら湯本さんは運転を再開する。向かっていた先は夢原さんの住んでいたアパート。相手も目的のために動いているので、猶予を与える隙はない。
「そうだこれ、カラ爺から渡されてたので」
助手席にあの瓶を置く。これでスナイパーの方だけではあるけれど、魔力を感じれば反応を起こす。
「もう一つの瓶は今カラ爺が結界を張るのに使ってます。それが終わったらまた湯本さんに返せると思います」
「ありがとう。でもごめんね急に加勢して欲しいなんてお願い。私があんなところで被弾してなかったらこんなことにはならなかったのに」
「あれは僕のせいでもあるんで」
むしろこうして数日で復帰している時点で再生能力がとんでもないことが分かる。さっきのナイフの動作にしろ、あれが怪我人の動作なんて到底考えられない。
走らせていると目的地に着く前に瓶が反応を示した。
雪広と周りを見渡すが、どこにも人の姿はない。そんなすぐそこにいるはずもないか。
視界があまりよくないというのもあるけど、逆に言えばスナイパーの本領はこの状況下では絶対に発揮されないわけで。ただあの少女は接近戦でもあれだけ戦えるので油断は全くできない。
「そろそろ降りましょう車の音で反応されるのは嫌なので」
少し距離を取ったところで車から降りる。傘を差しながら歩いていく。
傘は日本しかなかったので僕と雪広で一本使うことになる。
「そういえば、お二人はそういう関係なんですか?」
ふと気になったかのように彼女が尋ねた。
「そういう関係って何ですか?」
そう家接が返したことでおおよそを理解した彼女は無粋なことを聞いてしまったと、代わりに話題を自ら変えた。
「いいえ、なんでもないです。それよりお二人はすでに無くなった夢原さんにお会いしているんですよね。どういった方でしたか?」
どういった方か。改めてそう言われるとどう返せばいいか分からないな。
友達思いの良い人だったという印象だろうか。
「何かを隠している素振りは無かったです。むしろ死に対して無頓着すぎる気がしたのが私は気になりましたけど」
それは僕よりもずっと魔狩に関して経験値のある彼女が言ったことなのだからきっと正しい。後半の部分については僕も少し思うところがあった。
「死に対して無頓着というより、たぶんですけど鹿内さんに依存しているんじゃないかと思うんです」
「それはどうして?」
「いくら親友だからって、自分の死んだ原因がその友達だったら湯本さんは許せますか?」
「……むずかしい、かな」
「普通の人はそうだと思うんです。むしろ恨んでしまう人だっているはずなのに、彼女は本当にそんなこと気にしていなかった。それよりも彼女は自分との友情が破綻していないかを確認したんです。そんなのどう考えたっておかしい」
彼女が地縛霊としてこの世に留まり続けているのも、彼女自身がその理由も分からないまま成仏できないでいるのもそれが理由なのかもしれない。それは彼女にとっては当たり前で、疑う余地のないことだから。
「なるほど。親愛もまた愛か」
愛ほど純粋で、それでいて歪んで縛られた呪いは無い。
鹿内さんはどう思ってるんだろう。湯本はふと気になったけど、今はその夢原さんの方を守らなくてはならない。
アパートの周りに着く。相変わらず雨は降っていて瓶も反応を途切れさせない。この辺りにいるのは確定的だがきっと夢原さんが現れるのを待っているのだろう。
「纏、空の器」
グローブを嵌めていつでも迎撃の体制を取れるようにして二人に指示を出す。
「雪広さんは夢原さんが出現したら速攻で転移の魔術を使って離脱してください。それまでは狙撃されないように隠れていて欲しいです」
「分かりました。四方印、南」
彼女が魔術を使うと、その姿は景色と同化して見えなくなる。
初めて見たその魔術に湯本も感心する。やっぱりこの子の魔術は万能すぎるな。
残った家接とは前回と同じくペアで行動する。
「また二人ですけど、前回みたいなへまは絶対にしませんので」
「僕も今回はきっちりけじめをつけますから」
そんな二人を屋上から覗く影。包帯を巻いた左手の少女がそこにはいる。
「借りは必ず返すからさ、早く来てよ」
あらかじめ置いておいたロケットランチャーを斜めに構えて左足で支えた。
「固定、加速、拡散。ま、来れたらの話だけどね」
一発限りの特大花火、容赦なく地面に向かってぶっ放す。
会話をしていた二人は警戒していたとはいえ上空から来た弾丸に直前になって気が付いた。あまりにも早いその一撃だったが、湯本はもちろん反応した。右手でその弾丸を受け止めながら前に押し出して粉砕する算段。
しかしそれを相手は読んでいる。拳との拮抗数秒の間に弾丸が爆発する挙動を見せた。
「家接くん、離れて!」
彼女はそう言うと突き出していた拳を右に振り切って同時に左の拳にそれをぶつける。拡散の直前に両方から弾丸を圧縮して事なきを得ることができた。
カランッ、と弾丸のかけらが落ちて発射した位置から相手の場所も把握できた。
「上ですか」
「満たして隠せ、フォッグ」
家接の魔術で一帯を霧で隠す。ロケットランチャーなんてそんなどかどか打てるもののはずがないので今のうちにそのマンションの中に入ってしまう。便利なことにエレベーターがあったのでそれを使って屋上近くまで上がる。屋上に続く階段をあがれば、待ち構えていた少女は扉が開いた瞬間もう一発のロケットランチャーを放つ。
「纏、塵の器」
弾丸にその拳をぶつけると弾丸が触れた瞬間にボロボロになって崩れ落ちた。対単体の攻撃ならこれでほとんど相殺できるレベルの魔術だ。
実質不発に終わったのを見て少女は軽い舌打ちをする。
「二発も通らないとはさすがに思わなかったな」
「前回の私を見て油断をしすぎたのでは?」
「へー、言うじゃん」
見たところ彼女の手持ちには銃としての大技はもうない。しかしそれでも彼女の足元にはあの狙撃銃が置いてある。近距離戦を想定したうえであれをもってくるということは本当に自信があるんだろうな。
「あなた、油断しましたね」
「はっ?」
一瞬、彼女の体勢が崩れた。彼女の足元が砕けて足が嵌ったのだ。
まるで弾丸が散り散りになったのと同じように。
その一瞬を見逃さないで湯本は速攻で彼女の前まで接近する。右手が大きく振るわれた。
「これは前回の分です」
彼女の左肩に向かって渾身の一撃を湯本は叩き込んだ。




