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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
3章 消したい邪心、消えない純心

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音もなく、消えていく

 悲痛なその叫びは、断末魔のように消えていく。残響が廊下を伝って消えると、三人は今の光景に驚いて次の言葉が出てこない。しばらくしてやっとカラ爺がその沈黙を破った。


「今のが、おそらく依頼にあった消える少女だね」


「突然家接くんが押し倒すから、何事かと思ったわよ」


「雪広さんが危ないと思ったから……。でもそのおかげで危険は免れたので、許してくれると嬉しいです」


 消えた少女だと思われる相手の姿は既になく、魔力の痕跡すら残さない程にその存在は希薄だ。二人はもう一度部屋に戻って、手掛かりがないかをくまなく調べようとした。


 だがその場ですぐに死体になった鴉と、それに付随して散乱したガラス片が視界に入って気分が悪くなっていく。血の付着したガラス片、特に死骸の周りには血の海のように滲んだものが畳に染みついていて、時間の経過で赤褐色のような色褪せている。


「机に椅子、小さな本棚。どうやら一人暮らしだったみたいだね」


 さっき玄関ポストを見た時には大量にチラシが押し込められていた。既に人が住まなくなってから時間が経っていると考えられる。それなのに退去命令が出ているわけでもないというのは不思議な話だ。


 鴉の死臭に耐えながら部屋を調べていくと、クローゼットには綺麗に折りたたまれた衣服と布団。女性ものなのを見るとやはりさっきの少女が住んでいた部屋なんだと見当がつく。


 逆に言うと、それしか手掛かりがない。もう少し彼女自身について分かるものがないんだろうか。そう思って小さな本棚を漁っていると、後ろから雪広の声がする。振り向くと彼女の手にはリュックがあり、その中からファイルのようなものが顔を覗かせていた。


「これ、もしかして学校に通ってたリュックじゃない?」


 血で汚れないように綺麗な場所でその中身を取り出すと、筆箱やら折り畳み傘と一緒に何か分からないファイルが一冊出てくる。その中身は、丁寧に仕分けされたプリントだった。教科ごとに丁寧に仕分けされていて、そのうちの一枚には夢原花菜と名前が書いてある。


「これが少女の名前」


「みたいだね」


 そのあとも手掛かりがないか調べるのを続けたが、他に彼女に繋がるものは特には見つからなかった。


「どうして身元を示すものがこんな極端に少ないんでしょうね」


「それは私も気になったわ。もしかしてどこかに出かけていた時に亡くなったんじゃない?」


 二人で考えていると立ち上がったカラ爺がこちらを向いた。どうやら魔術の痕跡がないかどうかを調べていたらしい。見ると彼の手の指には血が付いていた。


「どうやら、ここは誰かに知られてるみたいだ。この鴉はたぶん操られてここに突っ込んできたんだと思うよ」


 つまり鴉の死は事故ではなく意図的に引き起こされたもの。冷静に考えてみれば、普通にぶつかっただけじゃ鴉なんかの質量でガラスを粉々にするほどの衝撃を与えられるとは思えない。魔術によって引き起こされたものだというのは自然と納得がいく。


「名前は分かったんだよね。それなら一度帰ってその子について調べようか。ガラスの割れた音でたぶん、そろそろ誰か来そうな気がするし」


「それなら私が入り口を塞いでおくけど」


 鍵を中から閉めると、少し玄関から離れた位置から両手でシャッターを斬る。


「これで普通の人なら入ってこれないよ。戻ってきたときにそれが解かれてたら誰かに入られたってことだから目印としては分かりやすいんじゃないかな」


「それならこっちもそうした方がいいんじゃないの」


「そうだね。念には念をってことで」


 鴉によって粉々に砕けたベランダ側も同じようにがっちりと侵入経路を塞ぐと、そのまま彼女の魔術で部屋から脱出。パーキングに出ると車に乗ってその場から離れた。その間にちゃっかりカラ爺は壁に札を貼っていたようで、探知札として紛れ込ませておいたという。


「でも、前回と前々回と続けてNo. 0絡みの事件だっただけに気は抜けないね。とはいっても、いち幽霊の事案に首を突っ込むほど無差別に手を入れてくるとは考えれらないけど」


 無事に帰宅を果たした三人は、そのままあの少女周りについて調べ始める。カラ爺は鴉に施されていた魔術についての解析を行い、僕と雪広は夢原花菜についての身辺調査だ。


「名前検索でも、そう簡単には出てこないね」


「まぁそれはそうよ。見た目の年齢からして未成年だし、事件にしろ事故にしろ実名で報道されるってことはあんまりないんじゃないかしら」


 結局、数時間かけて調べたがめぼしい情報は名前を調べただけでは見つけることができなかった。だがここで諦めるわけにもいかない。部屋の様子から判断して、彼女が亡くなったのが直近10年以内だと仮定して、その間に起きたあのマンションのある地域の事件事故について調べることにしてみた。


「うーん。それでも結構多いね」


 僕たちが思っていたよりも事件や事故で亡くなっている人々は多いんだなと改めて認識した。このうちにどれだけの人が運び屋によって亡くなったのか。それを考えれば、この仕事にも意義があるんだなとなんとなく思う。


 そう思ったのも一瞬で、感慨に耽っている間もなく一通りどれくらいの数があるのかを調べ終えることができた。


「これ、一日で終わりそうにないね」


「多すぎるのよ」


 10年間の死亡事件や事故は大まかに地域を絞ったとしても百数十件あった。これを一日で捌くというのはさすがに無理すぎる。ひとまず結果としてカラ爺のところに報告に向かう。


「もしかして終わったところかな?」


 居間に行くと、ちょうどカラ爺も集まろうとしていたみたいだった。


「ふたりとも仕事が早くて嬉しいね」


「カラ爺のほうが大変なの知ってるんだから。褒めても意味ないよ」


 雪広が机にある米菓を頬張りながらぼやく。僕らじゃできないことをやっているあたり彼の方が負担が大きいのは確かだ。


 僕は集めることのできた資料をタブレットにまとめて表示する。この中に彼女に関わるものがあるといいんだけど。カラ爺もさっきの採取した血を使って魔術を解析できたみたいだ。


「なるほどね。ここから地道に調べるしかないと」


「カラ爺の調べた結果によっては変わるかもよ?」


「そうかなぁ。でも、あの鴉は操られていた。原理的にはあれは死霊術だ。ネクロマンサーがあの近くに潜んでいて僕たちが入るのを窺っていたって考えるのが妥当だと思うけどね」


 そうするとこの話は一気に自殺したという考えは無くなる気がする。その相手を探した方が早く終わるんじゃないかと思うくらいだ。


「こういう時はどうしますか?」


「どうするの?」


「僕に振るの?」


 明らかに雪広に振られていたであろう会話なのに突然自分に飛んできて困惑する家接。茶化しだとでもいうように「冗談冗談」とカラ爺が笑いながら手を振った。


「こういう時は頼るべき場所に頼ればいいんだよ。ということで、二人とも行こうか」


 どこに移動するのかだろうか。すでに時刻は午後を回ってからかなり経っている。おもむろに携帯に手を当てながら部屋を出ていくカラ爺は誰かに電話をかけたかと思うと、最初は気さくに話していたのが急に腰が低くなる。電話を切るころには正座をしているのかと思わせるほどに丁寧にお礼を言いながら切る始末。


 電話が終わると、緊張が解けたように息を吐いた。


「誰と話してたの?」


「それは着いてからのお楽しみだよ」


 彼は笑顔を見せると車の鍵を持って車庫に向かった。三人とも車に乗り、すぐに彼は運転を始めた。その間に飲み物を置く場所に置いておいた携帯が振動したので雪広が代わりにとることになる。


「え?」


 一瞬雪広は戸惑ったものの、すぐに耳に当ててその向こう側にいる相手と会話を交わす。


「もしもし。……はい、…………はい。分かりました」


 ゆっくりと電話を切って元に戻す。


「裏から入ってくれたら迎えに来るみたいよ」


「そうか、ありがとう」


 彼はそれを聞いてアクセルを踏む。加速しだした車はビルの立ち並ぶ場所を通り、見たことのある建物

の地下へと入っていく。エンジンを止めると静かな空間に放り出されてとたんに緊張する。


「そんなに気を張らなくてもいいよ。彼女は味方だからさ」


 しばらく待っていると地下駐車場にその人物が現れる。まるでこちらの事を品定めするために時間をかけていたのか、突然柱の陰からその姿を現す。


「久しぶりです、空咲さん」


「そうだね。六年ぶりくらいかな」


 彼女は隣の二人を見ると、初対面の相手がいると分かり改めて挨拶をした。


「お二人は始めましてですね。私は湯中火依。警視庁公安特務課の刑事です。どうぞよろしく」


 彼女はクールな見栄に反して柔らかな笑顔でそう言った。

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