帰りなどない
「お前達!」
低く責め立てるように明らかな敵意を13は向けてきた。その先にあるものが何なのか、それは言うまでもないだろう。開けた場所はとても大きな空洞になっていて、彼女の叫びは一層大きく聞こえてくる。
正座をして祈りを捧げていたではずの13はすぐに立ち上がるともとより自分の傍らに置いていた長刀を振るとゆっくりと鞘から抜いた。ここから先には通させないという強い意志を彼女から感じて、二人は後ずさりせざるを得ない。
「別に私たちは争うつもりなんて」
「黙れ、最初からお前たちは私の敵だ。事実ここにお前たちがいるのがなによりの証拠。私の悲願を邪魔させることは絶対に許さない」
「待って、僕たちの話を」
せめてどちらかの話は聞いてくれるだろうと家接も制止するように求めるが、言い終わるよりも早く13は握っていた長刀を振るった。雪広は説得しようとした家接の手を引いて洞窟の入り口の方に向かって逃げる。刀のリーチが長いからか斬撃の軌跡にあった周囲の岩壁を崩しながら彼女は二人を追ってくる。
完全に洞窟から出た二人を見て、まだ奥にいる彼女はこれでやっと邪魔がいなくなると安心した顔をしながら岩の奥底に取り残されたままこちらを見据える。
「交渉は決裂だね」
「でもこの先に封印があるなら13を止めてでも通るべきなんじゃ」
封印されている今なら悪魔を狩るのはそこまで難しいわけではない。それは雪広とて理解していないわけではないが、それよりも底が分からない怒りに満ちた彼女に対してさらに油を注ぐのは得策ではないと判断する。何よりまだこの島の秘密は明らかになっていない。
姿が見えなくなった彼女はきっと、今もあの中で引きこもって何かを考えているのだろう。だけどそんな彼女をどうにかする暇があるのだとしたら、島のことをもっと調べて彼女に対抗する方が早い。
「家接、相容れない人に寄り添う必要なんてこれっぽっちも無いんだから。彼女は私たちを敵だと言ったんだよ? それなら敵らしく彼女を追い詰めればいい」
洞窟を出て集落に戻った二人。木々のざわめきはまるで封印がもう少しで解かれてしまうのを恐れているかのよう。二人が戻っても人々の中で作業の手を止めている者はいない。かといって彼らの態度が変わることもなく、13と彼らは別に同じ考えのもと動いてるわけじゃないんじゃないかな。
日も暮れ、街灯すらないこの島では家の中で一番安全とも言える。動力源が不明の魔術によって光が家の中を灯していて、それだけがこの島の光源だった。再びリビングの真ん中にある椅子に向き合って座りながらこれからどうするかを二人で考えた。
「そういえば二階には絶対入ってはいけないって言われていたけれど、もう敵になったんだったら別に覗くくらいならいいんじゃないかな」
「そうね。今さら何をしても敵になるんだったらそれくらいいんじゃない?なら早速行ってみましょう。きっと覗かれるなんて13も考えていないはずよ」
塞ぐように置かれていた本棚をどかして階段を一段ずつ上がっていく。電気がついていないので何があるのか全く見えないけれど、どうやら二階は部屋では区切られていないみたいだ。すべてが一間になって部屋になっているが、何かが奥でチカチカと光っているのが見えた。階段を上ってすぐに電気をつけるスイッチがあったのでそれを試しに押してみると天井に設置された電気がついてそこにあるものがバッと照らされる。
二階がなんだったのか、どうしてここが入ってはいけない場所なのか。それはこの光景を見れば一目瞭然だというのも頷ける話だった。
「これは……」
絶句する家接の目の前にある壁には一面にモニターが何枚も貼り付けられており、映し出されているのは今も作業を行っている人々の姿と、閉ざされたあの洞窟の先で13が何かをしている様子だった。さらに部屋の中央には意味深に置かれた円卓と、それを取り囲むようにして置かれた椅子の前には12の平皿が置かれていた。
よく見てみるとその皿の上には瓶の中にホルマリン漬けにされた12の心臓がそれぞれに置かれていて、円卓の中央には今も鼓動を続ける心臓が一つ、宙に浮いていた。これほどまでに気味の悪い光景を二人は見たことが無かった。
「何これ」
雪広はそれを見るなり後ずさりをして壁に手をつく。彼女は明確に怯えていた。人との戦いで血を流そうともそんな表情を見せなかったあの雪広が怯えている。
尋常ではない様子の彼女を見て、家接はすぐに彼女の目を塞いで一階急いで降りた。自分の心臓が逸っていることなんか忘れて、雪広を落ち着かせるために椅子に座らせると温かい飲み物を淹れて彼女の前に置く。二人はそれをゆっくりと飲みながら冷静になろうとするが、やはり視線はどうしても階段へと向いてしまう。
「大丈夫?」
「ありがとう、もう大丈夫だから」
「僕一人で行ってこようか?」
「気にしないで、もう覚悟はできたから。あれが何なのかちゃんと確かめておきたいし」
そういって立ち上がる雪広は残りのお茶を飲み干して階段へと向かった。決心したとは言っても、もう一度二階へ向かう足がすんなりと動くわけでは無い。階段を超えた先にある景色はやっぱり何度見ても不気味だ。
あれが一体なんのためにあるのか分からないうえに、そもそも魔術なのかすら一見しただけでは分からない。周りには結界のように何か薄い膜のようなものが張られているのでどれだけ手を伸ばしても心臓には届かない。
「四方印、東西」
雪広は試しに中央で動いている心臓に目がけて魔術を放つ。シャッターで斬ることができれば周りの結果を破壊したうえで動く心臓を直に調べることができるからだ。だが、彼女の魔術は空間を斬り取ろうとした瞬間にガラスが割れるような音と共にキラキラと割れて消えてしまう。
「うそでしょ?」
彼女の魔術は空間に直接干渉する魔術だ。そのため魔術同士のぶつかりで負けない限りでは一撃で破壊することもできないし、そもそも魔術が起動した瞬間に壊れるという事象を雪広は今まで見たことが無かった。が、それが破壊されてしまった。
つまりそれが意味することは何かといえば、
「これも空間魔術ってことね」
これで実際に心臓を調べるという方法は失われてしまった。斬り取れないならきっと転送させることもできないだろう。四方印ではどうにもならない。
その間、家接はと言うと何か手掛かりがないかと部屋を物色していた。そもそもが異質な部屋ではあるものの人の痕跡のようなものは少なからず残っている。それを示すように、部屋の端には置き忘れたかのように一つの段ボール箱が置かれていた。
早速箱を開けて中を確認すると、そこにはいくつもの束ねられた資料が無造作に投げ入れられていた。ここに済んでいる人達の資料なのか、分からないまま一つずつ取り出していると、底に何か金属製の物があるのを手触りで感じとる。
「なんだろう」
そのまま箱から出して何かを確認した瞬間、家接はここには誰が来ていて、あの円卓に置かれている心臓が誰の何の目的であるのかを理解した。
それは見たことのある懐中時計、意味のある紋様、この場所に何がいたのかを表す標。それならこんな所業にも納得がいくと家接は冷静に考える。
だけどこれはあくまで過去の記録。ここには彼らはいないはず。
家接は取り出した資料の中から一番上にあったものに目を通す。そこにはこの事業に対して撤退するという決定が書かれた報告書があった。破られてこの箱に捨てられていた資料はくしゃくしゃでその人の怒りのようなものが伝わってくる。
「何か見つかった?」
雪広はこちらに近づいてきて家接の見ていた資料を一通り確認する。そして家接が手に持っていた懐中時計を見ると、彼女はそれをポッケにしまって他の資料を漁り始めた。
「これはカラ爺へのお土産。それよりも今はあの魔術が何なのかを明かさないとでしょ」
彼女に言われて家接は本来の目的を思い出す。幸い、その資料は箱の中に残されていた。
それによると、この魔術は島に封印された発条人形の状態維持を半永久的に行うという目的で作られた魔術らしい。そしてその技術に協力するためという名目で訪れたのがNo.0だった。彼らの協力によって発条人形の封印維持は滞りなく行われ、12の人間の心臓を触媒として半永久的に動き続ける心臓を生み出すことに成功した。
その心臓が動力源としているのは12の心臓の持ち主たちの活動であり、機械化した体となった彼らが動くことによってそこから生み出された魔力を触媒とした心臓を介して13番目の心臓へと送られる。つまり、生み出された魔力は心臓が動き続けることを維持すると共にそれを保護する空間魔術の展開へと用いられるということだ。
「ということは13があの場所にいたのは封印を維持するため?」
じゃあ外で今も懸命に作業を行っているあの人たちこそが12の心臓を捧げたという人達? まさか封印を維持するために13を生きながらえさせるという選択を選んだというのか。どうしてそこに人の意思を介在させたんだ。
やっぱり分からない。亡くなってしまった主と呼ばれる人も、13の目的も。




