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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
1章 あなたはきっと、生きていく

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やられたら、全力でやり返しましょう

 昨日のことは昨日の事。僕の日常は再び戻ってくるはずだ。そう思って目覚めの朝を迎える。二人に言われた通り、自分は普通ではなくなってしまった。されど自分が普通ではないという自覚はまだない。だけど自分が何者なのかくらいは知っておいた方が良いんだろうなと心の隅では小さく感じていた。


「言うなら、あなたは釣り餌。あれだけ手痛い思いをしたのならきっとあいつはよりあなたに執着するはず。それを私が釣り上げるっていう戦法。分かった?…………ねぇ、聞いてるの?」


 よく分からないがかなり手荒い方法で昨日の人を追っ払ったことで僕は狙われているらしい。だけど話を聞いている感じ、僕はただ二人と関わる前のようにしていればいいみたいだ。


 まぁ、分かっても分からなくても僕はやらなくてはいけない。家から大学に通うこの道も、二年目にもなれば日常に溶け込んで歩ける。幸いなことに学校にいる間はそういった事件に巻き込まれることもなく平穏に過ごせた。


「じゃあ、今から僕はバイトがあるので学校を出ますね」


 雪広さんにそのことを連絡してから電話を切る。バイトの前には電源が鳴らないように機内モードにする。いつものようにバイト先に向かう途中でそれを済ませると、鞄に入っているポーチからiPodを出した。やっぱり音楽を聴くのはこれが一番落ち着く。慣れた手つきで音楽を再生しながらバスに乗った。


「待ってよ、バスに乗るの?あんな閉鎖空間に入ったら外からじゃ干渉しにくいじゃない!もしあなたを狙ってる人が最初からそこに乗っていたらどうするつもり?って、電話につながらないし!」


 遠目で家接のことを観察をしていた雪広は慌てて高所から飛び降りた。ここからではとてもじゃないけど誘き出された獲物を捕まえることなんてできない。今は運び屋だって感知するほどに魔力を彼からは感じることはないけど、すでに力が覚醒している以上いつそうなるかも分からない。だからこそ雪広は気を緩めることができなかった。


「四方印、北」


 唱えて結んだ印に従い、彼女の姿は空中で分解されたように消える。そうして建物から降りた彼女の存在は誰に認識されないのだ。


「行ったぞ」


「了解」


 ニヤリとした笑みが無線を通さなくても聞こえてくる気がする。男は無事に報告を済ませると消えた彼女を追うためにバイクのエンジンをかけると魔力の痕跡を追って走り出した。


 そして無線を通して会話をしていたもう一人。笑みを隠しきれない男は雪広が危惧していた通り、すでにバスの中に潜んでいた。一番後ろの席で家接の様子を見物するほど余裕に満ちた男は、彼を見ていると次第に昨日のことを思い出して怒りが湧いてきた。


 男の魔術は自身の姿かたちを他人に誤認させる、いわゆる幻覚を魅せることができる。光を屈折した彼の魔術はあまり万能というわけではないが、普通に生活していればかなりの効果を発揮する。

 そして今現在、誰にもばれることなく彼は男子高校生として席に着いていた。


「あいつが昨日の……」


 邪魔が入った昨日のことを見越して、今回は限りなく魔狩師が介入しづらい状況を作り出した。これそれも相方の明鏡止水と名付けられた魔術のおかげだ。昨日の今日で立てた計画、だが慎重に慎重を極めた。ここで狩れなくては魔狩師の名が廃る。あの女に劣っているのは認めたくないが、今は自分の尊厳の方が大事だ。


 握った掌を袖に隠す。降りるボタンを押すと停留所の前でバスが路肩に寄ると停止する。プシューッと扉の開く音がして数人が席を立ちあがった。その一番後ろで男はゆっくりと足を進める。


 タイミングは一度きり。だが、彼を殺すことだけで他に支障はきたさない。騒ぎになって扉を閉められでもしてしまえば計画は失敗だ。


 彼は立ち上がってゆっくりと階段を降りる。ガラガラの優先席に座る彼が一瞬こちらを向いた。だがそんなものは気にしない。彼に”自分”は見えていないのだから。掌を閉じて袖からゆっくりと出すと、すれ違うと同時に光を放った。


 光で見ることはできなかったが、確実に攻撃を受けたのは見えた。それが届いているかどうかなど確認する間でもない。誰もが一瞬、後ろを振り返ったが何もないことを確認してすぐにバスを降りていく。


「ありがとうございます」


 バスの運転手がお礼を言って扉が閉じた瞬間、何かが倒れる音と同時に女性の叫ぶ音が響いた。そのままバスは発進することはなく中では惨事が発生しているはずだ。その間に男はその場から逃げるように去っていく。


「ははっ、勝った。勝ったぞ女!」


 勝利の悦に浸りながら走っていると、目の前に見覚えのある女と出くわして足を止めた。だが、今の彼にとってそれは些事でありむしろ幸運とさえ言える。なぜなら彼女は男を守れず、自分は魔狩師として仕事を達成することができたのだから。


「また会ったな」


「そうね。………まさかあなた!」


「一足遅かったみたいだな。魔狩師が運び屋を守る道理は知らないが、自分の仕事にもう少し責任を持った方がいいと思うぞ」


「あんたに言われなくても私は仕事を全うしているわよ。『正しく狩る』。それが私の信条だからね」


「笑わせる。何が正しく狩るだ」


 狩る者を選んでいる時点で正しさなどないだろと鼻で笑った彼だが、雪広はすでに彼を見ていなかった。会話が終わったと思った彼女は、そんな優越感に浸っている彼の隣を過ぎ去ろうとするもすぐに袖を掴まれる。


「何?まだ何か用があるの」


「お前、何も思わないのか」


 自分が男を殺したというのに何の感情も表に出さない。まだ可能性があるかもしれないと思う彼女に対して男はその態度が深く気に入らず、苛立ちを募らせた。


「思わないことはない。けど、本当に彼をあなたは殺せたの?」


「何を言ってるんだ。当たり前だろ。俺は確かに心臓を貫いて」


「じゃあこの魔力は何」


 そう言って彼女の指を差すバスの方を見ると、確かにはっきりと形が見えそうなほど感じることのできる魔力がバスから溢れていた。さっきまであった自分の確信に一抹の不安がよぎる。


「すみません。撒かれました。そっちから運び屋の魔力を感じますけど、大丈夫ですか?」


 遅れて息を切らした様子で慌てた無線が入るが遅い。それに反応が無いことを心配して何度か声がかけられたが男はそれを無視してバスに向かって走り出す。


「私を差し置いて先に行かせるわけ無いでしょ」


 それを追いかけようと雪広も走り出すが、その最中で彼女は指でシャッターを作ると瞬きで斬った。


「四方印、東西」


 その瞬間、その視界に入っていた男は空間に切り抜かれた何かに四方八方を囲まれてその場から動くことができなくなる。


「これが私の魔術だから。しばらくはそこから動けないから、自力で脱出するまで見ておいていいよ」


「な、お前出せ!」


 どんどんと何度叩こうが、それは空間を断絶しているのだから何をしても意味がない。しばらくそこにいてもらうだけ。なんにも悪いことはしないから。バスの前までついた雪広は、そこから溢れる魔力を目の当たりにして立ち止まる。


「さて、一体キミはどんな先祖返りをしたのかな?」


 バスはゆっくりと霧に包まれていき中を窺うことはできなくなる。魔力がどんどんと強くなっている。やっぱり自分の力に目覚めたばっかりで制御することはできないのかな。しかもさっきの男が余計なことをして刺激をしたせいで若干暴走気味になっている。


「これは、無理だね」


 雪広は納得したと同時に距離を置かなくてはいけないと判断を下した。少なくともこれは一人でどうにかできる事案じゃない。カラ爺ならどうにかできるかもしれないけど、未熟な私じゃどうにもならない。引き際に、男に向かって左右の手を反転させてもう一度シャッターを斬ると今度は空間の断裂がなくなる。


 どんどんと叩くこともなくなったが、さっきまで敵対関係を築いていた彼女がいきなりそんなことをしたのに不信感を抱くと離れていく彼女を追って男は尋ねた。


「どうした。お前じゃ手に負えないって分かったのか、『四季』」


「また古い呼び名を出す。でもまぁ、そういうこと。カラ爺には悪いけど、これは私でも手に負えるか分かんないからさ。キミのせいで目覚めたと言っても過言じゃないんだから少しは手伝ってよね」


「落とし前はつけてやるよ」


 逃げたと言ってもここから彼をどこかに行かせるわけにもいかない。ここにいる私たちでできることは全力でやる。一定の距離を取って体を再びバスの方へと向けた。霧の奥、だがはっきりと誰かがバスから降りて来る。そこには先祖返りの力を解放し、それに飲み込まれたことで意識を失った家接孝也が立っていた。

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