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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
2章 神出鬼没の発条人形

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空から美少女が降ってきた

 出航の日はすぐにやって来る。スーツケースを抱えた二人は気さくなおじさんが操縦する小さなボートへと乗り込んだ。話の聞くところによると彼は地元の漁師らしく、蝋火会が用意したたいそうな金額に目がくらんで引き受けたと聞いてもいないのに語ってくれた。


「それにしても、二人は何しにあの島に行くんだ?あそこには代々おかしな神主が訪れているっていう噂しかないぞ」


 あの島にあるという伝説についてはどうやら伝承すら行われていないらしい。伝わっていることとすれば神主が鎮めたということくらいだろうか。わざわざ訪れないから興味そのものが無いのかも知れないけれど。


「僕達はそれについて少し調べないといけないんです」


「そう。歴史学の研究で現地に足を運ぶことになったから。あそこには色々と歴史的価値のあるものが眠っているみたい」


「へぇー。それにしても二人はずいぶん若く見えるが本当に研究者なのか?」


 さすがに白瀬の誘惑には屈しても目の前にある胡散臭いものは信じられないのか、そんなことよりもおじさんは雪広の立場の方が気になっていた。


「そこを疑うの? 私が外国で飛び級で博士号を取ったからそう思うのも仕方ないけど。もちろん、私はそこにいる家接と同じくらいの歳だから」


 確かに当然浮かび上がる疑問だったが、まるで自分がそれを経験してきたかのように平然と言ってのけた。もちろんおじさんはそれを聞いて納得した。変に盛りすぎるよりはしっかりとありそうなラインに乗せながら言っているところが流石だなと思う。本当に肝が据わっている。僕だったらとてもじゃないけど、そんな涼しい顔をしながら流れるように嘘を言うことはできない。


 そんなことを思いながら隣に座る雪広を見ると僕を睨みつけていた。もしかして心を読まれてしまったのか。慌てて目を逸らして水平線が伸びる海を眺める。


 こうして海に行くという経験もほとんどなかった家接からしてみれば巻き上がる水しぶきも、風に運ばれる潮の香りも新鮮そのものでずっと見ていても飽きることがない。家接がずっと眺めているのを見て、雪広もそのとなりに座る。


「海を見るのは初めて?」


 近づいてきた雪広が尋ねてきた。ただ静かにぼーっと海を眺める僕が気になったらしい。


「そうだね。小さいころに一度あったか無かったかくらいだと思うな。だからほとんど覚えてないんだ」


「そうなのか? だったら捕れたての魚なんて食べた事無いだろう。そうと分かってればさっき取れたばかりの魚を食べさせてやったんだがなぁ」


 話を聞いていたおじさんが波に負けない声で話す。漁師の家で食べる海鮮かぁ。やっぱりスーパーとかで売ってるのとはまた違うんだろうな。頭の中で想像する新鮮な魚がきっと出てくるんだろうと思うと途端に食べたくなってくる。


「また機会があればごちそうになりたいですね」


「それなら、帰りに家によればいいじゃねぇか。たらふく食わせてやる」


「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」


「もちろん、嬢ちゃんもな」


「……ありがとうございます」


 おじさんは歯を見せなが笑うと速度を飛ばした。今日の天気は快晴。飛ばせば飛ばす程に波のしぶきが激しくなりキラキラと海を輝かせるように光った。


 しばらく一直線に進んでいると、ぼやけていた島の全体像がはっきりと見えてくるようになってきた。そしてその形はだんだんと大きくなっていき、遂には水平線を覆い隠すほどに大きな島が目の前に迫った。


「「ありがとうございます」」


 砂浜に到着して漁師に礼を言うと男は手を振りながらUターンをして去っていく。砂浜には置かれた二つのキャリーケース。入れるものを間違えたと二人は思いながらとりあえず拠点になりそうなところを探していく。


「にしてもこの島でかいですね」


「そうね。聞いていたよりもかなりでかい気がする」


 キャリーケースのキャスターは砂浜で引き摺っているうちに砂を飲み込んで使い物にならなくなり、ただ本体を傷つけるのを防ぐためだけのものになってしまう。そのまま砂浜を抜けて広がる木々の中を進んでいると、突然たくさんの鳥が鳴き声と共に飛び立つ音がした。


 何事かと思い、辺りを見回していると雪広の「上!」という叫び声が聞こえてくる。その言葉通り上を向くと、ものすごい高さから少女が落ちてきている。しかも見たところ着地する手段を持ち合わせていないように見えるし、何より問題なのはそのまま落ちると僕が下敷きになってしまうということだった。両手足を広げたままの少女は予想通りちょうど自分に被さる様に落ちる。


 なんとか受け止めようと家接も両手を広げたが、もちろん受け止めきれるわけもなく砂と彼女で板挟みになって衝撃を受けながらゴロゴロと転がっていった。


「イタい…………」


 押しつぶされたような声を出しながら目を開けると、遠くから走ってくる雪広が見え、自分に跨るようにして着地した小さな少女が慌てた様子で僕を引っ張り起こす。


「本当にごめんなさい」


 引き上げてすぐに彼女は腰が90度ぴったりに曲がっているのではないかと思うくらいに綺麗なお辞儀をして謝罪したが、別に無事なら良かったと家接はすぐに顔を上げるように言う。


「大丈夫だよ。ほら、どっちにも酷い怪我はなかったみたいだし」


 両手を上げて見せると痛みで顔を歪めた。怪我はしていないとは言ってないのでまぁ、嘘は言っていないね。


「何が大丈夫よ、怪我してるじゃない。ほら見せて」


「それなら任せてください」


 家接の怪我の具合を確認しようとした雪広の間に割って入った少女はそう言って両の手を僕の腕に当てると魔法陣が腕を包むように起動して淡い蛍光のような光が灯った。何が起こったのかよく分からなかった家接だったが、しばらくしてそれが僕の腕を治しているのに気が付いた。


「これは、治癒魔術なの?」


「はい。私はそういうものですから」


 治療に集中する彼女とは裏腹に、雪広は僕以上に衝撃を受けている。痛みがだんだんと引いていく感覚を味わいながら不思議だなと感心する。その横で雪広は慎重に彼女に対して質問を投げかけた。


「なんでそんな魔術を使えるの」


「なんで、と言われても私は生まれてこの方この魔術しか使ったことはないですよ?」


 純真無垢な瞳からはなんの悪意も感じ取ることはできない。島の奥から一匹の鳥が鳴く声がした。治療が終わって動作確認をすると、なんの痛みも感じない。自由に動かせ動かせるようになったお礼を彼女に言おうとすると、どういうわけか雪広は彼女に対して持参していたサバイバルナイフを突きつけていた。


「何をしてるの? 雪広さん」


 すぐに手をどかそうと手を伸ばすと「黙ってて!」と憤った様子の彼女の声が跳んできた。家接はそれに怯んで動きが止まる。雪広はさらに質問を続けた。


「あなた、あの魔術の正体を知っているのよね」


 彼女は温厚な顔をしたまま彼女の問いに答えない。沈黙している理由はそこに何かあるからだと、そう捉えられても仕方が無い状況だ。


「なんとかいいなさいよ」


 質問に答えない彼女の首筋にナイフを強く当てる。だが、少女の首元は切れることもなく血は一滴すら流れない。感じるのはシリコンのように柔らかな弾力を帯びた何か。雪広はさらに強くナイフを当てたが、やはり彼女の体には傷はつかなかった。


「知っていますよ。貴方が聞きたいことも私は分かっていますから」


 そう言うと同時に、雪広が抑えていた頭だけが残ったまま体が回転する。そのまま立ち上がった少女の両腕によって体を押さえられた雪広はそのまま体勢を崩して砂浜に押し倒される。ぐるりと回った首は温和な笑みを浮かべたまま力強くその両腕を押さえつけた。


「うっ!」


 見た目以上の力に雪広は苦しそうに声を上げる。強く握っていたサバイバルナイフは次第に手から離れていき、逆に少女はそれを拾い上げるとさっきされたように首に付きつけようと手を伸ばそうとしていた。だがその刃先が首元に着く前に少女の動きは止まる。


「待って。僕もその話ちゃんと聞きたいかな」


 助けてもらったうえでこんなことをするのは悪いと思いながらも、家接は少女を思い切り蹴り上げた。痛みで足が腫れ上がりそうだと思ったがなんとか二人を引き剥がす事ができた。顔を掴んでいた手は離れて、咳き込みながら雪広は立ちあがる。


「ごめんなさい。でもちゃんと話し合いませんか」


「…………意味ないわよ。あれは機械、蝋火会が依頼してきた封印されていた悪魔っていうのはきっとあれのこと」


 蹴り飛ばされた少女は首が元に戻った状態で立ち上がる。たしかにあれは人間じゃない。だけど敵意があったようにはどうも感じられない。ちゃんと話し合いが通じる相手だと直感ながらにそう思った。


「そういうことでしたか」


 目の前の少女は納得したように手を合わせた。「敵対関係だってことが?」と雪広が嫌みったらしく言ったがそんな彼女の言葉は聞こえてないかのように、置かれている二人のスーツケースを拾い上げると、一人森の奥へと歩き始める。


「あなた方は魔狩師ですね。どうぞ、案内いたします」


 立ち止まって振り返ると彼女は二人を手招きする。


「われらの里、からくり仕掛けの屋敷へ」


 そう伸びた道の先、森の奥では発条の音が響いている。

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